2年前の1月、ガーナの首都アクラで開催されていたダニー・ワンダースの写真展「This is Ghana」。

ワンダースの妹、シーラ・オウスはその会場をゆっくり歩きながら作品を見ていた。彼女の父親はアサンテ族、母親はアキェム族、生粋のガーナ人だが、ロンドンで生まれ、住んでいる。職業はミュージックビデオのディレクターだ。

ガーナに対する思いはそれほど強いものではなかった。

ふと、誰かの視線を感じた。それは、ある作品の少年の目だった。

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彼は、ボクシングのグローブをはめていた。 

シーラの中で、何かがザワめいた。兄に「この写真はどこで撮ったの?」と聞くと、ブコムという町だと教えてくれた。

そして、少し調べただけでこの小さな町がアズマー・ネルソンやアイク・クォーティー、ジョシュア・クロッティら、世界中のボクシングファンが知っている有名なチャンピオンが生まれた有名な土地であることもわかった。

それまでボクシングはもちろん、スポーツには全く興味のなかったシーラだったが、ブコム、つまりボクシングを通してガーナを描きたいという衝動を抑えることができなかった。
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2020年12月から2021年10月までの10ヶ月、ドキュメンタリー「City Of Bukom: The unassuming slum raising world boxing champions.(スラムから世界チャンピオンへ)」の製作に没頭した。

撮影開始からすぐ四輪バイクで事故に遭い、左鎖骨を骨折しながらも、カメラマン4人、音声担当1人の最小スタッフとわずか671ドル52セントという格安予算で、作品を完成させ、今週YouTubeに公開した。

ネルソン、クォーティ、クロッティだけでなくジョセフ・アグベコ、アイザック・ドグボエ、リチャード・コミーといった現役のトップ選手も出演オファーを快諾してくれた。

この作品を製作しながら、体の奥底に沈殿していたガーナへのわだかまりが少しずつ溶けていった。

ガーナの人々を勇気付けてきたチャンピオンたちが、この国からいかに軽視され政治的に利用されてきたか、ボクシングに夢を賭けるしかない少年が極貧の生活に悶え苦しんでいる現状を知るにつけ、やるせない思いに捕らわれたが、作品の中ではそんな暗部も躊躇することなく曝け出したつもりだ。

「あの少年がグローブをはめているのは、遊びやふざけているわけじゃない。少年は何かを覚悟して、グローブをはめたのだ」。

「苦労の末にアズマー・ネルソンに会ったとき、どうしてガーナの人々が彼を尊敬してやまないのかが、私にはすぐに理解できた」。

「ブコムの町には援助が必要。ボクサーを目指す子どもたちにも援助が必要。なぜ、この町から偉大なチャンピオンが生まれるのか、その理由をCity of Bukomでつまびらかにした」。 




▶︎▶︎▶︎ボクシングのドキュメンタリーが他のスポーツよりも特別な感動を呼ぶのは、どうしようもない極貧から脱出し、プロモーターやマネージャーに食い物にされながら、成功を掴み取るストーリーラインが当たり前に存在しているからです。

シーラ・オウスが語りかけているのは「ボクシングのドキュメンタリーが特別な感動を内包しないようになることが、目指すべき理想」ということです。

しかし、私たち富裕国のボクシングファンは、口先でしかそれには同意できません。私たちは、マニー・パッキャオに代表される〝特別な感動〟をもたらしてくれる〝どん底のスタート地点〟から疾駆するファイターを求めてしまうのです。

それにしても、素晴らしいドキュメンタリーでした。