2016年頃、前の年に挙行された「パッキャオvsメイウェザー」への幻滅からボクシングへの興味はどんどん冷め続けていました。

しかし、溜まりまくったリング誌を整理、売却しようとパラパラ読み直していると、このスポーツの面白さと奥深さ、そしてそんな魅力を、感動的に伝えてくれていたことに、あらためて気付きました。
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今では、ボクサーがカバーされることがまずなくなったスポーツイラストレイテッド誌でダブルカバーの大特集を打たれた「メイウェザーvsパッキャオ」。



洋雑誌の多くがそうであるように、リング誌も薄くて頼りない紙質に、すぐ落ちてしまうインク。高温多湿の日本では「取扱注意」です。

折れたり破れたり、酒をこぼしてインクが滲んでいたりするのを見つけると、当時のことまで思い出されて感慨深いものがありました。

家族や友人との思い出やら仕事で大失敗したことやら、まだ幼い子どもが目を離した隙にリング誌を舐められたり、飼い犬がやっぱり舐めて、大きな刷毛で払ったように見事にインクが滲みまくった表紙があったり…いろんなことが、それそこ雪崩のように思い出されました。

そういえば、奴らはボクマガなどは舐めようとしませんから、リング誌は犬や幼児にとっては舐めたくてたまらない香りを放ってるのかもしれません。

さらにいうと、同じような紙質、匂いに思えるスポーツイラストレイテッドには、なぜか見向きもしないんです。

犬になったり、幼児に戻って、リング誌の匂いを嗅ぎたくなってきました。

音楽もそうですが、感銘を受けた活字を読み直すと、ずっと依然の記憶が鮮やかに、イモヅル的に蘇ってきます。

私にとって、リング誌は絶対捨ててはいけない思い出の記憶でした。

そもそも、古新聞などと一緒に廃棄しようとしてたのではありません。

そうです、売ろうとしてたのです。

燃えるゴミとして廃棄するのは忍びない、捨てるには惜しい、この価値がわかる人に譲りたいと、心のどこかでわかってたのでしょう。

そう考えると、捨てる気なんて元々なかったのかもしれません。

単純にマニー・パッキャオとフロイド・メイウェザーへの衝動的な幻滅を、何かで表現したかったのかもしれません。

確かに、あの史上最大のメガファイトは、スーパースター対決という枠を超越した「現代ボクシングへの審判が下る大勝負」(CNN)でした。
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結果(試合内容)は、ボクシングと世界中のファンの壊滅的な惨敗。

勝者はわずか36分間の臆病者ダンスを踊って、3億ドルを稼いだメイウェザーとパッキャオの二人だけでした。


そして。

村田諒太が最初の世界戦に向けて助走していたのも、あの頃でした。

そんな心境で、このブログを立ち上げたのが2017年。

村田諒太という日本ボクシング界が初めて手に入れた「ゴールデンボーイ」への応援歌と、その黄金のコインの裏面に深く刻まれたこのスポーツの暗部、コインの表も裏も全部眺めていたいという思い、があったのだと思います。

タイミングが合えば、日本人でもミドル級やウェルター級に挑戦することが出来ます。

しかし、それは王者の肩慣らしに国外に引っ張られるのがデフォルト、超レアケースで欧米で需要のない王者を日本に呼べることが一度だけあったという、いずれにしても奇跡に近い幸運です。

しかし、村田の場合は違います。

「村田諒太」は、奇跡や偶然ではありません。良い意味で〝仕組まれた〟のです。

「パックメイ」から「村田」。

そこにある絶対や必然を、何か自分に対して書きたくて、それでこのブログを始めたのだと、ゴロフキン戦が正式に決まって、気付きました。

80年代に世界のボクシングに惹き込まれてから40年。

当時は村田諒太もゲンナディ・ゴロフキンも知りませんでしたが(そもそも彼らは生まれていない)、私はあのときからずっと40年間、この試合が、見たかったんです。