キコ〝La Sensacion〟マルチネスが圧倒的不利の予想を覆して、英国シェフィールドで大番狂わせを起こしました。

IBF世界フェザー級王者キッド・ギャラハーvsキコ・マルチネス12回戦。

ボクシングマガジンは「ガラハド」、ビートでは「ギャラード」と表記され、米国では「ギャラヘド」と発音されるKid Galahadは特別な物語を持つ31歳の世界王者。ここでは地元英国の「ギャラハー」に統一します。

そして、特別なものは何も持たないがゆえに、世界中をアンダードッグとして漂流してきたマルチネスは、42勝29KO10敗2分の傷だらけの戦績を繋いできた35歳。

https://www.dazn.com/en-GB/news/boxing/kid-galahad-vs-kiko-martinez-live-updates-results-and-highlights-from-sheffield/y7jipc8awq4y1wzsdr79ejuj9


英国ヨークシャーはシェフィールド。この町の名前を聞いてSteel City(鉄鋼の町)やサッカークラブ発祥の地だと連想する人は、ボクシングファンではありません。

ボクシングファンがシェフィールドと聞いてまず思い浮かべるのは、ブレンダン・イングルです。

そして彼の薫陶を受けたエロール・グラハム、ジョニー・ネルソン、ナジーム・ハメド、ジュニア・ウイッター、ケル・ブルック、ビリー・ジョー・サンダース…個性的な世界王者たちです。

そして、ギャラハーは偉大なブレンダンが送り出した最後の世界王者。

イエメン人の両親が移住したシェフィールド、鉄鋼産業が廃れた町は錆び付いて、ギャラハーも「俺の人生なんてどうせろくなもんじゃねぇ」と自暴自棄になるしかない素行の悪い少年の一人でした。

12歳のとき、母親に無理矢理に連れて行かれたモスクで運命的な出会いがありました。札つきの不良少年に一人の小男が近づき、こう囁いたのです。

「聖トーマス教会に行け」。

イスラムのモスクで、キリスト教の教会に行けと言われたのですから、凶悪な不良少年でもあっけにとられたのは当然です。

そして、その小さな男が地元の有名人であったことも「どうしてあの人が俺なんかに声をかけてくれたんだろう?」と、ギャラハーは不思議な気持ちになりました。

聖トーマス教会。見かけはどこにでもある教会ですが、ボクシングファンにとっては世界で最も有名なジムを内蔵する〝聖地〟です。

そう、言わずと知れたブレンダン・イングルのジムです。

そして、声をかけてきた男はナジーム・ハメドでした。

あのとき、運命の歯車がゴトンッと音を立てて、確かに回り始めました。

喧嘩ばかりしていた少年は、自分にボクシングができるかどうか不安でしたが、偉大なブレンダンの前でも虚勢を張ってしまいます。

「世界チャンピオンになりたい」。

ブレンダンは彼の目を真っ直ぐに見つめて「お前ならなれる」と答えてくれました。

ブレンダンの弟子たちのほとんどがそうだったように、ギャラハーが世界王者になれるなんて誰も考えていませんでした。

しかし、ブレンダンは最後までギャラハーを信じ抜いてくれました。

ギャラハーは「自信がないのは変わらなかったけど、ブレンダンは私を信じてくれた初めての大人だった。この人だけは裏切れない、絶対に裏切っちゃいけないと死に物狂いで練習した」と振り返ります。

ブレンダンの健康状態が芳しくないことを知ったギャラハーは「早く世界王者のベルトを見せなければならない」と、デビューから無敗の快進撃を続けて世界挑戦をアピールします。

しかし、2018年5月25日にブレンダンは天国に招かれます。

恩人の訃報に、元不良少年は「間に合わなかった」と一晩中泣き通しました。

翌年、ジョシュ・ウォリントンのIBFフェザー級王座への挑戦は惜敗しますが、今年8月7日にジェームス・ディケンズを切り刻み11ラウンドストップ勝ち、ついにIBFフェザー級のストラップを掴み取ります。

IBFフェザー級、ハメドも保持していたタイトルです。

「ハメドが声をかけてくれなかったら、ブレンダンが信じてくれなかったら、私は牢屋の中で死んでいた」。ギャラハーは「このベルトをブレンダンに捧げる」と両手に持ったチャンピオンベルトを天に向かって突き上げました。


「伝説のブレンダン・イングルが育てた最後の傑作はハメドの後継者」。


英国のファンとメディアにとって、最高の物語が始まった、そのはずでした。

今日未明に地元シェフィールドでゴングが打ち鳴らされた初防衛戦。相手はスター選手の踏み台、咬ませ犬と言っても良いキコ・マルチネス。

ブレンダンの教え子は3ラウンドにロートルのスペイン人の右目上を切り裂き、物語を順調に進めます。

5ラウンド2分45秒までは、何もかもが台本通りでした。しかし…。

マルチネスの大振りの右フックを顎に直撃されたギャラハーは背中からキャンバスに叩きつけられます。

なんとか立ち上がった王者ですが、テンカウントが過ぎてもファイティングポーズがとれないほどのダメージ。地元でなければKO負けです。

このラウンドはゴングに救われますが、深いダメージは回復しません。

第6ラウンド開始早々に、同じ右フックが王者の顎にヒット、英国人は棒のように硬直したままやはり背中からダウン。

両目を見開いたまま失神したギャラハーを見たスティーブ・グレイ主審はノーカウントで試合を終わらせました。

 Tear up the script!台本が引き裂かれてしまった!

「信じられない。また英国ボクシング界に悪夢が起きた」。

英国メディアは頭を抱えていますが、これは悪夢ではありません。

リングの上では、悪夢などが付け入る隙はありません。リングの上にあるのは、常に現実だけです。

即席のスターを安易に作りたがる英国が、普通にしっぺ返しを受けただけです。

ジェフリー・マセブラ、長谷川穂積に続く3度目の大番狂わせもノックアウトで飾った〝La Sensacion〟マルキネスは2階級制覇、7年ぶりの世界王座返り咲き。

マッチルームとギャラハーは再戦条項を行使して、雪辱を果たすでしょう。そう、台本通りに。しかし、その台本は、昨日までのものとは違います。

キッド・ギャラハーの線路は、大きく脱線しました。 


“It may be a surprise for everyone else but not for me,” said an elated Martinez (43-10-2, 20 KOs) during his post-fight interview with DAZN. “For the last three years I’ve been living like a monk. I’ve had no holidays, no time with my family, no days off, I’ve been working 365 days a year.”

マルチネスは意気軒昂に巻くしたてました。「みんな驚いてるだろうが、全部予定通り、驚きでもなんでもない。この3年間、修行僧のような生活を、家族と団欒することも1日の休みもなく続けてきたんだ。全ては今日のために! 」。