すでにご紹介済みかもしれませんが、リング誌2018年3月号「POUND FOR POUND ISSUE GENNADIY GOLOVKIN:FROM KO−KING TOP P4PKING」(PFP特集 ゲンナディ・ゴロフキン〜KOキングからP4Pキングへ」の拙訳です。

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Pound for Pound。それは、脳内妄想の世界だ。

そもそも、スポーツの世界でそんな妄想やら、想像に意味などあるのか?実際に戦って、白黒つければいいだけじゃないか。

ヘビー級が目立って、小さな階級は無視されるのはおかしい。だから pound for poundは人気のない階級にとっては必要だ…よく言われるPFPの存在理由だ。

なんじゃ、その理屈は?無理やり減量して半病人になる前に、自分が一番強い体重で戦うべきじゃないのか。減量で脱水症状起こして、足が痙攣した状態でリングに上がるとか、そんなもの、スポーツじゃない。 

スポーツは自分が一番強い状態で戦うのが大前提。より小さくてより弱い相手を求めて、自分も弱体化するような行為はスポーツの思想に反する。 

しかし、それがまかり通っているのがボクシングの世界だ。 

No.1は誰なのか?

この問いかけこそが、スポーツを動かす。それこそが競技の基本であり、選手が答えを求めて努力するゴール。

アスリートはNo.1になるために努力し、ファンその競争に熱い声援を送る。

チームスポーツでは「No.1」の問いに対して、シーズンが終わると明白な答えが出る。

ところが、プロボクシングではビジネス上の取引や、政治的な事情により、この質問の答えがでないことが普通に起きている。

しかし、ボクシングでも、極めてまれに答えが出ることもある。

それは、その選手が自分の階級でNo.1であることを証明した場合。

2017年8月にテレンス・クロフォードがジュリアス・インドンゴを3ラウンドで倒して4つの世界タイトルを統一したとき、クロフォードは自分が世界最高のジュニアウェルター級であることを〝議論する余地のない〟形で証明したのである。

しかし、議論する余地のないチャンピオンが滅多にいない時代では、人々は脳内であれこれ想像を掻き立ててしまう。つまり、パウンドフォーパウンドが議論の対象となる隙ができてしまうのだ。

正解も不正解もないPFPに「権威」や「名誉」を求めるのは狂乱の愚行だが、正解も終わりもないPFP議論は、SNS時代のボクシングファンやジャーナリストの暇つぶしにとっては好都合であるのも事実。

全米ボクシング記者協会(BWAA)は、最もレベルが高いウェルター級にも進出しようとしているクロフォードをPFP1位に選出した。

一方で、RING誌とESPNの脳内妄想ランキングでは、統一ミドル級に君臨するゲンナディー・ゴロフキンがトップ。

クロフォードを支持する人々は「2階級制覇」と、ゴロフキンがダニエル・ジェイコブスやカネロ・アルバレスに「苦戦したような経験がない」と主張する。

GGGサポーターの意見は「レベルの低い軽いクラスのクロフォード」はジェイコブスやカネロのような「才能と実績のある相手と対戦したことがない」と指摘する。

また、一部のファンやメディアは「プロ7戦で2階級制覇」「アマチュアで史上最高」のワシル・ロマチェンコこそがNo.1だと信じている。

RING誌のPFPランキングでゴロフキン、クロフォードに次ぐ第3位のロマチェンコはプロ戦績が10試合しかないことは、熱狂的な支持者にとっては関係ないのだ。

ロマチェンコの技術と運動能力はPFPの考え方では最強というが、そもそもPFPの考え方とは何なのか?

ゴロフキン、クロフォード、ロマチェンコの優劣を議論するとき、誰の意見も間違いではない(正しくもない)という、そもそも答えがないこと、議論が尽きないことが、PFPが広く受け入れられている理由の一つだろう。

HBOのボクシングアナリストであり、妄想ランキングをたびたび口にするマックス・ケラーマンは「PFPランキングを持ち出すたびに他のメディアやファンから嘲笑されている」と話す。

「PFPなんて何の意味もない」と。

「しかし」と、ケラーマンは反論する。 

「これはとても楽しい作業だ。ボクシングはエンターテインメントだ。これは、大学フットボールで誰が全米チャンピオンになるべきかを議論するのと同じ。完全に主観的で偏った意見に基づくもの、それこそがPFPであり、誰がNo.1かが全くわからないボクシングファンにとっての気晴らしの娯楽になっている。権威があるなんて誰も思っていない、そんなやつがいたら世界一の愚か者。いろんな人がいろんな見方を披露し合うお遊びなんだから」。

それでも、つまりボクシング中継でPFPなんて言葉が語られなかった時代のファンは、ケラーマンの中継に眉をしかめる。

スポーツなら「お遊びランキング」を軽々しく持ち出すなと嘆くオールドファンが懐かしむのは、ラリー・マーチャントがまだHBOのアナリストだった70年代までの時代だろう。

しかし、マーチャントが35年間HBOに在籍した後半、パーネル・ウィテカーやロイ・ジョーンズ・ジュニア、オスカー・デラホーヤが1位の座を争った1990年代後半にはPFPは当たり前に話題にされていた。

それどころか、マーチャントが新聞のスポーツコラムニストだった70年代以前にも、PFPは存在していたのだ。

マーチャントはRING誌に「40年代か50年代にもPFPランキングは探せばあるかもしれない」と語っている。

「優れたプロモーターや、広報担当者、作家、誰がそのアイデアを思いついたのかはわからないが、私はいつも、ジョー・ルイスやロッキー・マルシアノに比べて日陰に甘んじていたシュガー・レイ・ロビンソンを見て、小さなファイターにも光を当てようとしたのがPFPと言う考え方が世間に広く紹介されたのだ」。

「80年代以降は人気のない軽いクラスに注目を集めるプロモーションの一環として使われるようになり、ランキングも一般化した」。

ウィテカーをプロモートしたMain Events社のCEOキャシー・ドゥバは「イベンダー・ホリフィールドやマイク・タイソンらヘビー級が注目されていた90年代で、PFP最高のボクサーと認められることはデラホーヤに代表される軽量級ファイターにとって有効なマーケティングツールだった」と、認めている。

亡夫ダン・ドゥバがニュージャージー州にあるMain Events社を経営していた頃、広報を担当していたキャシーは「パーネルがPFPという言葉を広めた」と回想している。
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1993年にフリオ・セサール・チャベスと対戦したウィテカーのためにRING誌がPFPチャンピオンベルトを初めて作った。その後も断続的に作ったり、作らなかったりを繰り返し、今は作っていないが、最後に作ったものは2017年にGGGに贈られている。

キャシーもPFPジャケットを作り、この言葉を広める活動を積極的に展開した。

ボクシングライターやHBOも同様に、それを受け入れた。PFPはメディアとファンの間に効果的に浸透した。

もはや、シュガー・レイ・ロビンソンの代名詞ではなくなっていたのだ。

イベンダー・ホリフィールドやリディック・ボウがHBOで試合をしていた時代に、軽量級の素晴らしさにスポットライトを当てる方法が必要だったが、その一つがPFPだった。

「ボクシング界が取り戻そうとしているカジュアルスポーツファンに、ウィテカーのような軽量級のディフェンスマスターをどのように受け入れてもらい、人気のあるヘビー級の選手と比べても見劣りしないようにするには?その答えの一つがPFPだった」(キャシー)。

PFPランキングは、ついに最終地点に辿り着きます。

ウイテカーやデラホーヤよりもはるかに軽いローマン・ゴンザレスがPFPに登壇したのです。

ボクシングファンは、リカルド・ロペス、マーク・ジョンソン、ウンベルト・ゴンザレスなどそれまで全く光の当たらなかったサブ−バンタム級の選手を、 RING誌のPFPランキングやKOマガジンのダイナマイトランキングで初めて知るようになった。


RING誌ではPFPについての考えを、ボクシング関係者やソーシャルメディアを通じてファンに投げかけた。


▶︎私はP4Pリストには注目していません。P4Pリストは所詮はどれもデタラメなファンタジーの考え方で作られているからです。#dealwiththereal@_InwardLook_909
 
 
▶︎トーマス・ハウザー(モハメド・アリの伝記作家、『There Will Always be Boxing』の著者)。"Pound for pound "はシュガー・レイ・ロビンソンのために発明された。世界のヘビー級チャンピオンがスポーツ界で最も尊敬されていた遠い昔の時代に、RING誌編集長ナット・フライシャーがロビンソンの特別さを示したのだ。

しかし、その後のPFPは衰退していった。注目されない軽量級選手にとってPFPはありがたい賞讃だ。それでも、意味不明な投票がランキングも数多い。PFPランキングは、現在の実力ではなく、数年前の活躍や、これまでの実績が陽炎のように評価される矛盾も孕んでいる。


▶︎ラリー・マーチャント(殿堂入りした放送作家、元HBOのコメンテーター)。第二次世界大戦後には、多くの優れた小柄なボクサーが大活躍していた。誰が一番強いのかを議論するために、誰かが知恵を絞って生み出されたのがPFP。

現実の世界では、ヘビー級に勝てるフェザー級はいない。しかし、PFPならフライ級やバンタム級でもヘビー級に勝てるのだ。

もともとは、プロ2年目の若きシュガー・レイ・ロビンソンが偉大なパフォーマンスを見せていたことを賞讃するためだった。


▶︎フランク・バートリーニ(ウォール・ストリート・ジャーナル紙)。どんなスポーツでもメディアでも、自分が賢いと信じたがるライターがいる。PFPのリストを作って「私は専門家」と悦に入っているのだ。

PFPは最強の理論です。どんなデタラメでも論破できないのですから。


▶︎バーナード・ホプキンス(元ミドル級・ライトヘビー級チャンピオン)。パウンドフォーパウンドのリストは、ファイターを正確に評価していると思う。

しかし、その信頼性は発信者が誰であるかにかかっている。リストを作成した個人やメディアが、RING誌やESPNのような信頼性を持っていなければ、何の信用も得られない。

私はPFP1位になることを目標にしてきた。選手にとっては承認料が請求されるわけでもなく、悪い話じゃない。


▶︎リッキー・ハットン(元ジュニアウェルター級&ウェルター級王者)。若い頃、世界チャンピオンになることを夢見て、それを達成したときには、自分の階級で最高の選手になりたいと目標を上げた。

世界タイトルを獲得しても、その階級で最高の選手になれるとは限らないのがボクシング。140ポンドでRING誌のベルトを手にしたとき、それが叶った。

次はPFP最高のファイターになることを目指した。PFPは選手にとって励みになる。


▶︎キャシー・ドゥバ(メインイベント社CEO)。パーネル・ウィテカーがライト級王者になり、後にウェルター級に転向した時代は、マイク・タイソン、イベンダー・ホリフィールド、リディック・ボウ、レノックス・ルイスというヘビー級ボクシング四天王がいた厳しい時代だった。

彼らは人気があり、誰にでもわかる圧倒的な強さを誇っていたので、軽量級の選手をファンに知ってもらうにはPFPという言葉が役に立った。

デラホーヤ戦では試合の公式タイトルにも使い、約20年後では軽量級ではないセルゲイ・コバレフとアンドレ・ウォードの初戦にも使った。PFPは非ヘビー級の興行には有効なマーケットツールの一つだ。

ぶっちゃけいうと、P4Pリストはプロモーターの人気投票の意味もある。リング上でのボクサーのスキルよりもはるかに多くのことを基準にしている。つまり、やはり大局的には意味はない。

もっと言うと、誰もPFPの明確な基準を持っていない。オレクサンダー・ウシクを2位にした人は、ウシクを苦しめたジョシュアを10位内に入れようとはしない。それどころか、再戦ではジョシュア有利と考える人もいるでしょう。

あの試合はクルーザー級のウシクがヘビー級のジョシュアと戦ったわけではなく、ヘビー級同士の戦いだったが、専門家も含めて多くの人はウシクに優しく、ジョシュアに厳しい目で見つめていたのだ。

※編集部注:デュヴァは、THE RINGのパウンド・フォー・パウンドのNo.1ボクサーを決定した3つの試合(ウィテカー対チャベス、ウィテカー対デ・ラ・ホーヤ、アンドレ・ウォード対セルゲイ・コバレフの再戦)を共同プロモートしている。
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▶︎@Barcham2015 私が面白いと思うのは、みんなのPFPリストにハリー・グレブが入っていること。彼の試合映像はないというのに。

ジーン・タニーに勝ったことは知ってるし、ミッキー・ウォーカーにも勝っていて、とても有名なファイターなのはわかる。それでも、新聞記事や誰に勝ったかだけで、彼がPFPにランクされるのかがわからない。

そもそもが何の基準もないランキングだから、誰を入れようが間違いではないということでしょう。


▶︎ナイジェル・コリンズ(元 RING編集長)。シュガー・レイ・ロビンソンが史上最高のファイターだという意見には賛成だが、それは美学にもとづく。

シュガー・レイ・ロビンソンの記録と功績は素晴らしいが、それ以上に彼のスタイルは美しく完璧だった。彼のスタイルには、賞讃せずにはいられない美学があった。
 

▶︎ホプキンス  今の時代、PFPリストに載るために多くの試合をする必要はない。20年前、30年前、40年前に比べて選手層が薄くなっているから。

しかし、レベルは落ちていない。今のトップレベルのファイターは、どの時代でも戦うことができる。ただ、その素晴らしいファイターの絶対数が少ない。


▶︎マーチャント。私はPFPリストに興味はない。メディアにとって、PFPに価値があることは理解しているし、時には自分を楽しませるために、あるいは自分がどれだけ馬鹿になれるかを試すために目を通すこともある。

それでも私自身はPFPを作る気はない。


▶︎キャシー・デゥバ パーネルの場合、プロモーション用のタイトルやマーケティング用のギミックだけではない。

PFPは彼と一体だった。彼はいつもそう信じていたし、フリオ・セサール・チャベスと戦ったときにそれを証明してくれた。

チャベスと戦うためにはShowtimeで行わなければならなかったが、パーネルが契約していたHBOはこの試合を望んでいなかった。HBOは1試合500万ドル(約5億円)を保証、ショータイムに出ないならもっと多くの金額を用意すると交渉したが、パーネルはお金の問題ではなく、プライドの問題だと譲りませんでした。

彼が電話でダンに「簡単な試合はさせないでくれ!」と怒鳴っていたのを今でも覚えている。私にとって、PFPとはパーネルの姿勢そのものだった。


▶︎マーチャント(HBOが大きく取り上げたロイ・ジョーンズ・ジュニアをパウンド・フォー・パウンドのNo.1と呼ぶことについて)

ロイは全盛期には素晴らしいファイターだったが、大きな集客力はなかった。

ボクシングの世界では、PFPには何かしらの意味がある。人気のない選手や、注目されない軽量級への慰労賞的なものかもしれない。

そして、人気がなくても軽量級でもその人を選んで褒めてあげたいと思うような選手は間違いなく存在する。


 
▶︎スティーブン・エスピノザ(ショータイム・スポーツのジェネラル・マネージャー)。PFPはあまりにも恣意的で、さまざまなバイアスを受けやすい。

私たちがフロイド・メイウェザーとビジネスを始めたのは、彼がボクシング界でNo.1のスターだったから。彼は偶然にもPFPでNo.1ファイターだった。

結局、PFPのトップ5やトップ10に入れるボクサーを記憶しているファンはいない。今の1位は知っていたとしても、少し前は忘れているか、そもそも知らない。

ほとんどのファンにとって、どうでもいいことなのだ。

しかし、私たちは、あなたのお気に入りのファイターをShowtimeで放映したい。そのファイターを6位だとか2位だとか評価されるのは、ファンにとっては嬉しいはず。

そういうファンは、それまで「馬鹿らしい」と見向きもしなかったり、そもそも知らなかったPFPランキングをチェックするようになるかもしれません(井上ファンらが好例です)。


▶︎ハットン  史上最も偉大なファイターの一人として語り継がれるであろうメイウェザーとPFPのタイトルをかけて戦えたことは、信じられないことだった。

3万人の英国人がラスベガスに詰め掛けてくれたんだ。会場に入れないファンはホテルのクローズドサーキットで応援してくれた。

今後、こんな素晴らしいことは、ヘビー級でもないかもしれない。試合は負けたが、私にとっては最も誇らしい瞬間のひとつだ。


 

PFPのリングは一人一人の脳内に存在する。

RingTVのFacebookのフォロワーから、「Pound-for-Poundのリストは重要か」という質問に対して、次のようなコメントが寄せられた。

「ハードコアやカジュアル層がP4Pリストに注目するのは、ゲームの状況を把握できるから。多くのチャンピオンがいる現在、誰が誰なのかを総合的に把握する必要があるが、P4Pリストはそれを可能にしてくれる」- フランク・ジャクソン


「私はフォローしていますが、ランキングはあまり重視していません。1つのリストを読むよりも、10人の異なる見解を見る方が興味があります」 - マイケル・グリーン 


「試合が面白いかどうかしか興味はない」- ヒュー・リチャード・ドレイパー


「P4Pランキングは、率直に言って、ボクシングのことをあまり知らない人たちがまとめているので興味がない」- ダグ・オークス 


「P4Pのリストは絶対フォローしている。P4Pランキングのトップファイターの条件:対戦相手の質、現在の部門での優位性、活動レベル。考慮に入れないもの:誇大広告(カーン要因)、プロモーション所属、ノイズレベル、フラッシュとキャッシュ(ブローナー要因)」 - Pául Wíckés


「私はP4Pリストを全く気にしていません。それらはすべて、会話や議論をあおるために使われる、くだらない妄想に過ぎないから」 - ジェームズ・セイヤー 
 

「P4Pリストは、各部門のチャンピオンになるだけでなく、ファイターに目標を与えるもの。かなり正確に見えるものもあり、ボクサーは評価されることに感謝していると思う」 - ピート・エドモンズ 


「PFPは、冗談リスト」 - ウバルド・フローレス 
 

「どう考えてもただのお遊びだ」- スティーブ・カズ 
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PFPに明確な基準や、形ある名誉は存在しない。

ただ、それは人々の頭の中にある。

パーネル・ウイテカーは誇り高いボクサーである。イベンダー・ホリフィールドは勇気あふれるファイターである。

誰の脳内をも支配した(満場一致で1位に選ばれた)フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオは、幻覚をのはずのPPFに生命を吹き込んだのかもしれない。

そして、2017年、私たちはゲンナディ・ゴロフキンをPFP1位に選んで、PFPベルトを贈った。

PFPに意味はない、偽物、だれも覚えていない、ただのお遊び…。全部その通りだ。

しかし、PFP1位のゴロフキンには意味がある、本物だ。誰もがずっと覚えている。

そして、トリプルGのボクシングはお遊びではない。