WIth THE EFFECTS OF AGE NOW CLEARLY VISIBLE AND POLITICAL ASPIRATIONS CALLING, MANNY PACQUIAO’S LOSS TO YORDENIS UGAS MIGHT FINALLY BE THE LAST PERFORMANCE IN ONE OF BOXING HISTORY’S MOST REMARKABLE CAREERS.

計に勝てる人間など、どこにもいない。 それは、たとえマニー・パッキャオでも変わらない。

ファイターとしての炎が弱く小さくなる一方で、政治的な野望は大きく膨張していた。ヨルデニス・ウガスに敗れた一戦は、史上最高のボクサーの1人にとって最後の試合になったのかもしれない。
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20年前の夏。

マニー・パッキャオがフィリピンから米国にやってきた。

もちろん、そのとき、伝説の序曲など誰の耳にも聴こえていない。

元フライ級王者だったが「元」で「フライ級王者」なんて、米国では誰も知らないと言い切って差し支えないだろう。

全く無名の小さな若者には、二つの探し物があった。

一つはトレーナー。

そして、もう一つは、とにかく大きな成功のチャンス。

 
2001年6月初旬、パッキャオは、ジムを探すためにバスでサンフランシスコからロサンゼルスに向かった。

いくつかのジムを訪れた。

そして、最後にカリフォルニア州ハリウッドにあるフレディ・ローチが運営するワイルド・カード・ボクシング・クラブに辿り着いた。

神の配剤。

そんなことが、現実の世の中に、本当に起こりうるのか? 

マニーは「自分の拳を正しく受けて、正しくコーチが出来るトレーナー」を探していた。

フレディがジムを開いたのは「もしかしたら21世紀のモハメド・アリがこの扉をノックするかもしれない」と夢見たからだ。

二人はよく似ていた。

パッキャオの友人たちは「お前の速くて、強くて変な軌道で打つパンチを正しく受け止めるトレーナーなんて、いるわけがない」と笑った。

フレディの助手や知人も「21世紀のアリ?そんなのいるわけがない。リストン、フォアマン、スピンクス…アリは信じられない番狂わせを何度も起こした。そんな規格外のグレートがこのつまらない21世紀に現れるわけがない」と呆れ果てた。

すでに売れっ子トレーナーだったフレディはジムにいないことも多かった。ジムにいるときは有名選手へのコーチで手が離せなかった。

それなのに、その日に限ってなぜか手持ち無沙汰だった。

そして、英語を満足に話せない小さなフィリピン人がやって来て、たどたどしい言葉で「私のパンチを受けて欲しい」と頭を下げてきたのだ。

パッキャオが満足出来るミットを受けてくれるトレーナーは、まずいなかった。

何ラウンドもミットを受けているうちに、完璧なタイミングを見つけてくれるかもしれないと期待するのだが、誰も真っ直ぐに受け止めてくれなかった。

「そんなに体重をかけるな」「踏み込みが大き過ぎる」「バランスが悪い」「そんな打ち方はカウンターの餌食だ」。

誰も彼を理解してくれなかった。 

しかし、フレディとの最初の1ラウンドが終わってコーナーに戻ったパッキャオは「ついに見つけた」とひとりごちたことを今でもハッキリ覚えている。

「フレディのミットは素晴らしかった。そして私へのアドバイスも最高だった」。

当時、英語はほとんど理解できなかったはずなのに、フレディが何を言っているのか、最初から正確にわかったとパッキャオは断言する。

あの小声で早口で滑舌最悪のフレディの英語を、当時のパッキャオが聞き取れたとは到底考えられないが、伝説の始まりとはえてしてそういうものだ。

フレディは笑っていた。

「もっと体重を乗せてみろ!」「もっと踏み込め!」「バランスやフォームを気にするな!」「頭の中で考えすぎるな!」。

マニーも笑っていた。 

こんな出会いが本当にあるのか?

信じられないが、本当にあったのだから仕方がない。


その日のフレディの記憶も、パッキャオと同じだった。

「探してたものが、向こうからやって来た」。

 This guy is sensational. We have a new fighter.


「私のアリが本当にやって来た。アリよりも身長が約1フィート低く、体重122ポンドで、英語はほとんど話せなかったが、アリと同じ、普通じゃないことはすぐにわかった」。

「1ラウンド3分間で十分だった。コーナーに戻って、今日はとんでもない伝説の初日になる」とローチは笑ったが、誰もが「あの小さな子供が伝説?」といわんばかりの表情で戸惑っていた。



そして、伝説はいつだってせっかちだ。

神が配剤した出会いからまだ2週間しか経っていないというのに、神がまた運命を配剤したのだ。

幸運の大盤振る舞いだ。

本当のところ、身もふたもないが、神様などいない。

チャンスは誰にでも、どこにでもいつでも、すぐそばに転がっている。

ただ、それに気づくかどうかだ。

そして、多くのチャンスは刺々しいリスクの姿をして目の前に現れる。

火中の栗が最も美味しい。

そのことはアリとパッキャオが紡ぐ伝説のページを少し開くだけでよく分かる。

当時の世界最大のメガファイト、オスカー・デラホーヤvsハビエル・カスティージョのセミファイナル、PPVにも組み込まれた世界ジュニアフェザー級タイトルマッチで王者リーロ・レジャバの挑戦者が故障を理由にキャンセルした。

階級最強の呼び声高いレジャバに準備期間もなく、急遽挑戦するーーそんな無謀な試合を受けるボクサーは世界中探したって一人もいない、はずだった。

ところが、パッキャオは二つ返事で快諾した。

「パッキャオ?誰だ?」「挑戦資格はあるのか?」「本当にラスベガスに来るのか?」。

HBOとプロモーターは心配を募らせた。

マッチメーカーのブルース・トランプラーだけが2週間前に結成された奇妙なコンビを知っていた。

「コーナーに付くのはフレディ・ローチだ。奴らは必ず来る」。

リングアナウンサーもHBOのコメンテーターも、いきなり現れた「Pacquiao」をどう発音していいのかわからないまま、試合が始まった。

軽量級事情に詳しくない米国のボクシングファンは「レジャバは想像以上にすごいファイターだ!」と驚いたスペクタクルな試合は6ラウンドで終わる。
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彼らがレジャバと勘違いしていたのが、マニー・パッキャオだった。

嵐のような戦い方だった。勝ち名乗りを受けたパッキャオの笑顔は、台風一過の突き抜けた青空のようだった。


「映画のような話だけど、これは実話だ。私たちは一目惚れで恋に落ち、その2週間後にマニーは世界チャンピオンになっていたんだ」(フレディ・ローチ)。

伝説にふさわしい、最初の大番狂わせだった。※フシ穴注釈:あくまで米国では初めての大番狂わせです。

That fight changed my life,” Pacquiao said.

「あの試合から全てが始まった」(パッキャオ)。

それは、世界中のボクシングファンにとっても同じことだった。

当時は、フレディ・ローチ以外、まだ誰も伝説の幕が開けたことに気づいていなかった。

そのフレディですら、まさかこの伝説が20年も続くなどとは夢想だにしていなかった。

フレディが確信していた「伝説」も、所詮は軽量級のスター選手という規格の中だった。


そして、神はパッキャオに対して幸運の大盤振る舞いをやめようとしなかった。

火中の栗を、それも鮮やかに燃え盛ったどでかい栗を、小さなフィリピン人の足元にいくつも転がし続けることになるのだ。