大番狂わせを起こすファイター。彼らは実は〝特権階級〟である。

帝拳ジムがプロモートする日本のエース、村田諒太や井上尚弥はもしかしたら一度もアンダードックで戦うことなくキャリアを終えるかもしれない。

もちろん、人気階級で戦う日本人である村田のマッチメイクが慎重になるのは当たり前。

PFP上位の評価を得ている井上も、冒険的な挑戦をしない限りは番狂わせを起こすのではなく、起こされる立場だ。

アップセッターには2種類のタイプがある。

ジャイアントキリングを起こすファイターはかつてのマニー・パッキャオのような、なんのコネもない極貧国の出身か、あるいは生まれた国が日本でも弱小ジム所属の木村翔のようなファイターが、ゾウ・シミンに選ばれたようなパターン。

どちらのタイプにしても、彼らは試合を作る(マッチメイク)Aサイドではなく、試合を〝作られる〟弱者だ。

それは、ある意味で特権階級である。

そして、日本人でも、沖縄で生を受け、あえて沖縄のジムから世界王者を目指した平仲明信のケースは、両方のタイプの性格を帯びた大番狂わせを起こしたと言えるかもしれない。

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1992年4月10日。メキシコシチー、エル・トレオ闘牛場。

WBAジュニアウェルター級タイトルマッチ12回戦。 

チャンピオンはのちの殿堂入り、プエルトリコの英雄エドウィン・ロサリオ。挑戦者は平仲明信。

チケットが2ヶ月前の発売直後にソールドアウトしたのは、メインイベントに登場するのが既にメキシコの国民的英雄になっていたフリオ・セサール・チャベスだったから。

前座のヘビー級(トニー・タッカーvsマイク・フォークナー)とミドル級(ジュリアン・ジャクソンvsロン・コリンズ)が終わって、いよいよ平仲の登場。

28歳のサムライは日の丸とメキシコ国旗、そして沖縄県旗を持つ旗手に続いて花道を行進。フルハウス1万6500人の大観衆の中、決戦のリングに向かう。

オッズは平仲から見て1-3。明白なアンダードッグ。

しかし、フリオ・セサール・チャベスとのメキシコvsプエルトリコの大勝負には敗れたものの、ヘクター・カマチョをノックアウト寸前に追い込み、リビングストン・ブランブルを軽く粉砕するなど強豪、ビッグネームとの対戦豊富なロサリオ相手に、この数字は平仲にかなり好意的に映ったのだが…。

第1ラウンド開始ゴングが鳴るや、挑戦者は100年前から決めていたとばかりに、偵察戦など知らないかのような猛攻を王者に仕掛ける。

打撃戦は〝チャポ〟ロサリオも望むところ、あまたの強豪を沈めてきた左右フックで応戦。

平仲明信の左フックがヒット、厳しい追撃にたまらずくりんちするロサリオ。主審が両者を分けても、平仲は強力な磁石のようにロサリオに飛びかかる。

沖縄の星が左右の強打をヒットさせ、王者をロープに追い込む。苦し紛れに応戦するプエルトリカンに、強烈なカウンター炸裂!

ロサリオは完全にバランスを失い、フラフラ。このチャンスを平仲が見逃すわけがなく、厳しい追撃に防御できない王者を見て主審が試合をストップ!
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そのとき、試合開始からわずか92秒しか経っていなかった。

メキシコと日本の国旗を手にリングに上った、このイベントをプロモートしたドン・キングは「カミカゼ、バンザイ!」と連呼。

ロサリオが怪我や不調で本調子でなかったことは戦前から多くのメディアが報道。

そして3年前の世界初挑戦以来(イタリア:ファン・マルティン・コッジ)キャリア2度目の海外遠征だった平仲の評価は非常に高く、テレビ中継したSHOWTIMEでは「平仲の凶暴なラッシュにロサリオは耐えられない」と予想するなど、番狂わせを予想する声は少なくなかった。

そうはいっても、あのエドウィン・ロサリオを92秒で粉砕したのだから、第偉業であることは間違いない。

日本人が勝利した世界戦で92秒決着は、もちろん史上最短記録。

この100秒を切る圧勝劇は、2018年10月7日に22秒更新するまでの26年間も、アンタッチャブルレコードとして守られ続けたのである。

当時の世界王者は辰吉丈一郎に井岡弘樹、鬼塚勝也。Aサイドの人気者たちの間に、世界挑戦をいずれも海外で強いられた生粋のBサイドが割り込んだ。

ボクシングファンは超軽量級とは違う層が厚い階級とはいえ、平仲なら短命で終わることはないと信じていたが…。