那須川天心が昨日、来年年3月にキックボクシングを引退して、ボクシングに転向するとを発表しました。

ボクシング人気などに刺激を受ける形で、野口修が1966年に〝発明〟したキックボクシングは「キックの鬼」沢村忠が火付け役となり大ブームを巻き起こし、ボクシングに並ぶプロ格闘技に発展しましたが、80年代には完全に没落。

それでも、1993年に石井和義がK1を〝考案〟。1996年には東京キー局で地上波ゴールデンタイムに進出するなど、一部人気選手はボクシング世界王者を凌駕する人気を博しました。しかし、このムーブメントも10年持たずに瓦解してしまいます。

そして、2015年にRIZINがMMAやキックボクシング、女子も包含するボーダレスな格闘技団体として立ち上がり、その看板スターに添えられたのが天心でした。
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キック55年の歴史の悲劇的な特徴は、刹那のブームを繰り返すたびに代表的な団体が変わる一貫性の欠如です。

団体分裂や脱税事件、ファイトマネーの不払いなどの不祥事がブームを短命に終わらせてきたという見方もできますが、没落の本質的な原因はそこではありません。

社会的に認知されていない、悪い意味でショーの枠を破れなかったこと、破ろうとしなかったことが、この格闘技の継続的な成長を阻んできたのです。

ムエタイの日本支部のような形で、ムエタイとの完全統一ルール、ムエタイをメジャーと認めてそこを頂点とする本物のスポーツとしての輪郭を形成し、真摯に真剣勝負を管理する統括団体を早い段階で発足させていれば、社会的な認知を得ることができたかもしれません。

しかし、それではほんの一部のマニアに支えられながら細く長く一貫性のある超マイナー格闘技として延命してきたかもしれませんが、ボクシング人気を脅かすようなフィーバーは巻きおこせなかったでしょう。

漫画的な「ヒーロー」を作り上げることで誕生したキックボクシングは、K1であるはずもないキックの「世界」を提示し、RIZINでも一貫性のない蜃気楼の競技で「神童」を見せることで一過性のブームを繰り返してきました。

漫画的なヒーロー、ありもしない世界、一貫した歴史がない競技の神童。それらは、いずれも捏造された「幻想」でした。

もちろん、あらゆるエンターテインメントは幻想を提供することで成立しています。しかし、キックの悲劇は、実体を幻想が装飾していたのでは無かったということでした。

実体が無かったのです。

幻想が崩落し、蜃気楼が消えてゆく…。そのたびに幻滅と再生を繰り返してきたキックボクシングは、ある意味で文学的な妖しい魅力に溢れていますが、多くの選手は唯物的で真剣なスポーツとして取り組んでいます。

それでも、社会的に認知されていないキックボクシングで頂点に立った魔裟斗はラスベガスでのビッグファイトを渇望し、天心はボクシング転向を公言してきました。

それは幻想ではない、実体を掴み取ろうと必死にもがく亡霊のようでもありました。

生身の実体のある人間が亡霊になることはあっても、逆はありません。

落ちぶれたボクシングのスターがカネのためにキックに転向する〝都落ち〟は、あります。

しかし、ラスベガスでメガファイトを繰り広げているカネロ・アルバレスとマニー・パッキャオがキックボクシングに興味を示すことはありえません。

井上尚弥が「対戦相手がいなくなった」と、新しいステージにキックを選ぶこともありえません。

ボクシングとキックの間には〝泪橋〟が架かっています。

これまでは、夢破れたボクサーが下を向いて渡る悲しい一方通行の橋でした。



この〝泪橋〟を逆に渡ろうとしているのが天心です。

キックボクシングで看板を張った天心とは少しニュアンスが違いますが、武居由樹も一足先にボクシングデビューしました。


現代の4−Belt Eraでは、オリジナル8の時代よりも団体は4倍、階級は約2倍に増殖しました。ゆえに、世界王者になる難易度は8倍になったというのは、あまりにも楽観的すぎる掛け算です。

王者の価値は限りなく軽くなり、王座返上や安易な複数階級制覇が当たり前。さらに、承認団体のランキングの度を越えた我田引水的な杜撰さ。

8倍どころではありません。世界王者のバーゲンセール、階級制覇の叩き売り状態を見れば「実力は州王者レベルでも承認料を払えるスポンサーがつけば世界王者になれる」と馬鹿にされるのも当然です。


天心や武居が世界王者になっても何も驚くことはありません。

もちろん、ボクシングでも世界王者になれたなら、泪橋を逆にわたって見せたのですから、彼らの〝偉業〟には拍手喝采を送るべきです。

ただ、願わくば4−Belt Eraでより鮮明に浮かび上がった真実、ボクシングは「誰に勝ったか」が全てという命題に挑んで欲しいと思います。

フロイド・メイウェザーやマニー・パッキャオらのメガファイトにタイトルマッチの色彩が薄いのは何故なのか?

日本では歴代PFPキングと信じている人もいるマイク・タイソンが、どうして欧米のPFPでは箸にも棒にもかからないのか?


蜃気楼の世界からやって来た彼らが、日本ボクシング界が目を逸らす「誰に勝ったのか」に激しく迫ってくれることを願ってやみません。