私はプロはもちろん、アマでも「まともな公式戦」のリングに上がったことすらありません。

中学時代に近所(といっても電車に乗らないと通えない距離)のジムに誘われて、高校も大学もかじりましたが、後から思えば格好つけてただけで、本当は怖くてたまりませんでした。

ジムのスパーリングはそこまで怖くなくても、大学時代の「公式戦」デビューは〝絶対強くない大学〟相手の対校戦、52㎏級でガリ勉のもやしみたいなのと思ってましたが、コーチが「インターハイでてるけど野球で言ったら市大会レベル」と怪しいことを口走り出し「帰国子女やからアメリカに叩き返したれ」と言われた時点で私は「外人ですか?僕のデビュー、外人?」とひるみました。

「そう、外人」というコーチに、私は「僕、陸上部で選手ですし、準硬式野球部もやってるし、言い方悪いですがボクシングで勝負しようとは思ってないんです」みたいなことをやんわりと伝えて「じゃあ、やめるか?」という期待してた返事はしてくれません。

当時は情報なんて口コミと紙ベースしかありません。
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「コレラの時代の愛」。
あの当時、ガブリエル・ガルシア・マルケスの小説に凝ってました。。。高校図書館になかった作品も、私が知らなかった作品も大学図書館では当たり前に待っててくれてました。それにしても、こんなパンデミックが来るとは…自分の想像力の貧困さにあらためて幻滅する日々です。

試合当日。5人くらいの団体戦、私の相手の52㎏やつなんてすぐわかります。そもそも体格じゃなくて、外人です、俺の相手、ダンスパートナー。しかも黒人でした。

心の中で「おいーーーーーーッ!!!」と叫んでました。

ストレッチしてる私にコーチは「見た目は関係ない。スピードと喧嘩根性ならお前が勝ってる」と耳元で囁いてくれますが、私は緊張で固まってしまい、心の中で「待て待て、待て待て!スピードと喧嘩根性で勝ってる…?テクニックとパワーで負けてるってことやないかーーーッ!」とパニックになっても口には出せずに、吐き気を覚えるような恐怖に怯えるばかりでした。

今となっては、楽しい思い出でも当時は「今この瞬間に、巨大隕石が東京に直撃してくれ」と思うほど、逃げ出したかったです。

それでも「さすが落ち着いてるなあ、絶対勝てるって」とお世辞と励ましを受け、グローブはめてもらって、ヘッドギアかぶせてもらい、マウスピースを洗って入れてもらい、ウォーミングアップと緊張の汗をガビガビのタオルで拭いてもらうと、もうどんなに怖くても、このコーナーに絶対勝って帰るしかないと、負けたらこの人たちをがっかりさせてしまうと、とりあえず勝つしかないと、覚悟が決まってくるんです。

コーチは練習から「リングは四角いけど、まぁーるく使え」と教えてくれてました。「丸く使う」というのはコーナーやロープに詰まるなということです。

その試合までは、ボクシングなのに、パンチではなくフットワークだけしか教えてもらえてなかった気がします。ミットやサンドバッグ、マスボクシングでも、ほとんど何も指摘されず。

本当は最初に教わる「ジャブ」をちゃんと指導してもらえませんでした。

まあ、パンチの打ち方は自由なんです、オーソドックスの構えからでも「右ジャブ」はありえます。でも、それは「ジャブとは何か」があってのことです。

それを教えてもらえずに、リングに上がったのです。

ブザーが鳴る少し前から、もう吹っ切れてましたが刺し違える覚悟でした。「技術とパワーで負けてる」と味方に言われてる試合です。

全然ダメで、ジャブの手応えはあるけど、打たれっぱなしで、コーナーに戻って口をすすぐと濃いピンク色、口の中が切れてる感覚がなかったから、戸惑います。

。。。実は、私が左拳で打ってたのは、ジャブではありませんでした。

最近も、中谷正義がボディブローについて語ってましたが、それだけでなく「拳の角度」ってものすごい意味があるんです。


「左は世界を制する」ってサウスポー(「右は世界を制する」)でも同じことがいえるのか?
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天才(ホプキンス)の教え、歴史的名著、ボクシング入門、芸術の嘘…。それがジャブやねん。

「スポーツ教本」の話とも融合しながらと考えて書き始めました。そして絶対、終わらないと思ってましたが、やっぱり終わりません。続きます〜〜〜。