「SUPER FLY」への参戦から「WBSS」へ挑む井上尚弥。

今秋の「SUPER FLY」参戦が決定した井岡一翔。

長谷川穂積と西岡利晃の眼からは、世界へ踏み出す二人の姿はどう映っているのでしょうか。 

SUPER FLYはボクシング人気の凋落著しい米国市場で、HBOが低予算で興行を打った苦肉の策、という一面もあります。昨年このリングに上がった井上尚弥の報酬は18万2500ドルと、日本で防衛戦をこなしていた方がマシという金額でしたが、フジテレビをはじめスポンサーが約2000万円を補填、最終的には4000万円を手にしました。

HBOのボクシング予算が年々削減されていることから、井岡の報酬は井上以下になるのは間違いありませんが、高収益企業のサンキョーなどやはりスポンサーのバックアップがあるでしょう。

賞金総額50億円、優勝賞金11億円と喧伝されたWBSSにしても、バンタム級トーナメントの実態は相当に貧相になるはずですが、井上にはSUPER FLY のとき以上の支援が集まるでしょうし、決勝戦を日本で行えば1億円を超えるファイトマネーが自然発生するはずです。

米国市場の没落とHBOの低予算興行に加えて、マッチルームやK2プロモーションといった〝非米国〟のプロモーターが絶大な力を持ち挑戦的な試みを繰り返している現在のボクシングシーンは、軽量級選手にも世界進出の門戸が大きく開いています。

しかし、約10年前に「世界進出」を熱望していた長谷川穂積に、最初に届いた招待状はショウタイム主催のバンタム級最強王者を決めるトーナメントでした。
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ポーズを決めるペレスとアグベコ。背後にはアグベコのニックネーム「キングコング」の姿も。実力者がそろった「バンタム4」は白熱した試合が繰り広げられましたが、マレスの他はメキシカンでもプエルトリカンでもない不人気選手の寄せ集めで、報酬もマレス以外は劣悪でした。このスポーツは本当に不平等です。

スーパーミドル級の最強トーナメント「スーパー6」を成功裏に収めたショウタイムが、より低予算、より短期間で狙った二匹目のドジョウは、長谷川穂積やノニト・ドネアが「ありえない」と驚くほどの低報酬しか用意できずに空中分解してしまいます。

アブナル・マレスというバンタム級最高の人気選手は確保したものの、ジョゼフ・アグベコ、ヨニー・ペレス、ビック・ダルチニアンという超のつく不人気選手を寄せ集めた「バンタム4」。

盛り上がりに欠けたまま、マレスvsアグベコの決勝戦を迎えますが、勝ったマレスの悪質なローブローをレフェリーのラッセル・モーラがことごとく看過する後味の悪い試合になりました。
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「主審が試合を台無しにした」。忖度の人、モーラは人気者マレスが何度ローブローを繰り返そうが、ついに一度のペナルティも取りませんでした。この試合が注目を浴びる試合なら、炎上確実でしたが…米国で行われるバンタム級です、関心は悲しいほど低いのです。

あのとき、長谷川がトーナメントに参戦していたとして優勝できていたかどうかは極めて疑問です。

しかし、当時日本ですでに3000万円レベルの報酬を手にしていた長谷川がプロフェッショナルとして、10分の1以下の報酬に甘んじて危険な橋を渡る必要が、プロとしてあったとは思えません。

憧れた「軽量級のラスベガス」など、どこにもないことに気づいた長谷川は、日本にビッグファイトを呼び込む道を選びました。

その選択は間違っていませんでした。 

しかし、完全に劣化したウィラポン・ナコンルンアンプロモーションを倒したのが最大の勝利という長谷川は、防衛戦でもまともな世界ランカーと当たることはほとんどなく、防御面での重大な欠陥を露呈することがないまま、雑魚狩りを積み重ねていってしまいます。

そして、運命の2011年4月30日、日本武道館。

世界中のほぼ全てのメディア、ファンが「階級最弱王者」と認めていたフェルナンド・モンティエルを迎えた 長谷川陣営は、トレーナーまでが「オーラが出ていた、強いのがわかった」と戸惑い、長谷川もラウンド間に「過去最強」と認めてしまいました。

満場一致で最弱王者のモンティエルが脅威に見えるほど、長谷川穂積は雑魚ばかりと戦い続けてしまっていたのです。

その時点で負けていたのです。

本来なら10度防衛の絶対王者が、階級最弱王者を飲み込まなければいけなかったのに、現実は逆でした。

「4ラウンドのあの瞬間までは長谷川選手のスピードが試合を支配していた」(ジョー小泉)というのは、全くの妄想です。スコアカードこそ30−27で長谷川のフルマークでしたが、どちらも探り合いの段階で、「長谷川は速かったが、想定よりも遅かった(※モンティエルも長谷川のハンドスピードはキャリア最高だったと認めています)。フルマークで負けていた?日本は恐ろしい国だ」とモンティエルが驚いたのも無理はありません。

ちなみにモンティエルのキャリア最高の報酬は、長谷川戦の50万ドル(実際にはそれ以上だったとも言われています)。その後に戦ったノニト・ドネア戦がキャリア2位の25万ドル、その額は長谷川戦の半分でした。

階級最弱王者のモンティエルに失神KOで屠られた長谷川は、フェザー級王者決定戦を制して二階級制覇に成功しますが、フェザー級でも不安定な実力しか出せないジョニー・ゴンザレスの気まぐれな拳に倒れてしまいます。

長谷川が圧倒的有利とされたモンティエルとジョニゴンという「強豪だが世界王者の器ではない」二人にあっさりKOされたことで、リング誌100傑で11位まで登り詰めていた評価は「モンティエルだけでなくジョニー・ゴンザレスにまで惨敗したとなると、私達の過大評価だったと認めるしかない」(リング誌)と29位まで暴落します。 

その後、長谷川はやはり文句なしの階級最弱王者 ウーゴ・ルイスを破って三階級制覇を成し遂げましたが、そのキャリアで最大の勝利は劣化したウィラポンだったまま引退しました。 

長谷川の夢を打ち砕いた最大の原因は彼の実力不足でしたが、それでも彼は本来ならボクサーが悩むことではないことに悩み、階級最弱王者のモンティエルを招聘するのでさえ、大幅な譲歩を強いられました。

雑魚挑戦者を10人も退ける前にモンティエルと当たっていても結果は同じだったでしょうが、それでもそれを糧に正しい方向で巻き返すことが出来たかもしれません。

もし、長谷川の時代に WBSSが開催され、スポンサーのバックアップも充実したものであれば、彼は躊躇なく世界進出したでしょう。

長谷川の「日本に世界を呼び込む」(モンティエルが〝世界〟であったかどうかはさておき)選択は、苦渋の決断であり、それ自体は間違ってはいませんでした。

あの夜の、あの瞬間までの、日本武道館の盛り上がりを知っている者にとっては、あの選択は素晴らしい大正解だったとしか思えないのです。

ただ、結果だけが、違いました。日本中のボクシングファンが確信していた結果だけが…。