フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: ヘビー級が動くが如くボクシングは動く

今日も暑かったです。

渋谷で会議、昼休みに外に出るとあまりの熱気に部屋に逆戻り。出前を注文することに。

窓から見下ろすと薄汚い貯水タンクの上で鳩が日陰でジッとしてました。
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さて、BOXING NEWS24のBoxing Survey Series「オリジナル8」での各階級歴代特集もPart8、最後の8階級目、ヘビー級です。

このシリーズの傾向が掴めないまま、最後のヘビー級。私の予想はジョー・ルイスでしたが、モハメド・アリでした。
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ちょっとだけ話が逸れますが、リング誌の80年代PFPは1位がシュガー・レイ・レナード。

4位がマイケル・スピンクス、7位がマイク・タイソン。タイソン信者の一部は「圧勝したのにスピンクスより下はない!」と騒ぎましたが、彼らは「旬の強い相手に勝たないと意味がない」という真理がどうしても理解できないバカなのです。
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ラリー・ホームズの3位、レノックス・ルイスの4位は唐突な唯物主義ですなあ。この物差しを当てるならクリチコ兄弟はもっと上です。

いろんな人のポイント投票制だから傾向も主義も物差しもないんですが、実際は。

タイソンはこのランキングでは意外と評価が高く9位と10傑入り。1位票を投じた勇気あるボーターも一人います。スピンクスはまさかの圏外(ライトヘビー級では3位)。

さすがヘビー級と思えるのは、他の階級がオリジナル8ではない〝水増し階級〟 を主戦場にしたボクサーも目に付いたのに、30位まで綺麗にヘビー級で戦った「巨人」が居並びました。
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健康を維持しながらの減量とリバウンド。

それが理想ですが、実際には井上尚弥らが告白しているように「(脱水症状で)足が痙攣する」ことは。ボクサーの減量では珍しくありません。

適正体重は、まさに個体差があるものの典型ですから、多くの指標は絶対的な意味を持ちません。

それを踏まえながら、ざざっと「指標」を並べると…。

BMI=体重(Kg)÷(身長m)の二乗
例えば…
18.5未満 → 痩せ型
18.5~25 → 普通体重
25以上 → 肥満


標準体重(Kg)=22×(身長m)の二乗
身長150cm → 体重 49.5Kg
身長160cm → 体重 56.3Kg
身長170cm → 体重 63.6Kg 


美容体重=BMIが20となる体重。
身長150cm → 体重 45Kg
身長160cm → 体重 51.2Kg
身長170cm → 体重 58.8Kg 


モデル体重=BMIが19となる体重
身長150cm → 体重 42.8Kg
身長160cm → 体重 48.6Kg
身長170cm → 体重 54.9Kg


それでは、ここでデオンティ・ワイルダーとアンディ・ルイスJr.という、両極端なサンプルをBMIで〝診て〟みましょう。

ワイルダーは身長201㎝の長身ですがタイソン・フューリー第1戦(212.5ポンド=96.4kg)のように100kgを大きく下回る体重で計量することも珍しくありません。

一方のアンディ。身長188㎝と巨人の森では埋もれてしまう小人ですが、アンソニー・ジョシュアとのリマッチではなんと283.7ポンド=128.7kgで体重計を軋ませました。

BMIを当てはめるとワイルダーは「23.86」で、意外かもしれませんが「瘦せ型」ではなく「普通体重」なのです。
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ワイルダーは、幼い頃に川で溺れかけたところをクジラに助けられたそうです。

「信じられないなら信じなくていい。ただし!信じた方がハッピーになれるぜ!」。…おっしゃる通りです。だから私も信じてます、淡水の川にクジラがいたということを!
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ボクサーとしては「瘦せ型」に見えるワイルダーでも、BMIは適正体重とはいえ「重め」。骨皮筋男に見えても、やはり筋肉の塊です。


そして、きっと、軽量級ボクサーは「瘦せ型」だろうなと思いきや、井上尚弥で前日計量(つまりバンタムリミット)のBMIは「19.47」。

ギリギリとはいえ「適正体重」なのです。それで、減量が厳しいということは井上もまた、118ポンドの筋肉の塊ということです。

BMIをボクシングの適正体重と考えるのは愚の骨頂ですが、健康体の目安としては井上は59.9kgがど真ん中。

もし、井上がサッカー選手など無理な減量と無縁のアスリートならフェザー(126ポンド=57.15kg)〜ライト(135ポンド=61.23kg)が 最もスタミナとキレを高次元で結晶できるウエイトレンジと考えられます。

もちろん、この領域に踏み入れるということは相手のタフネスやパワーもバンタムとは桁外れになるわけですが…。
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そして、注目のルイスJr.。真打登場!です。

BMIでは適正体重77.76kgに対してなんと51.24kgオーバー。

BMIは「36.5」で「肥満3度」です↓ 。いや、今度は「肥満4度」を突破して欲しいですね、ここまできたら。
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適正体重とのギャップが+51.24kgって…フライ級より重いやん.…。

BMIで「19.47」の井上、「23.86」のワイルダー、そして「36.5」のルイスJr.が〝同居〟しているスポーツなんて、他に例はありえません。

「アンディさんが特別なだけでボクシングが特別じゃないだろ!」という声も聞こえてきますが、他のスポーツにアンディさんみたいなのは出現しません。

サッカーW杯のフィールドにあんなのが姿を現したら、スタジアムは悲鳴(歓声?)に包まれるでしょう。

ボクシングファンは普通にビールを飲みながら「バタービーンはもう少し産まれるのが遅ければ 世界王者になれたのに」と笑うだけです。
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ヘビー級の大型化は今に始まったことではありません。

ヘビー級が始まってから、ずっとこの傾向が続いています。

それが無差別級である限り、彼らは永遠に巨大化していくでしょう。



では…。



ジャック・デンプシーやロッキー・マルシアノのような、185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会はもうありえないのでしょうか?
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「アリが現代に生まれていたらクルーザー級で戦っていた」という見方は見当はずれもいいところ。アリが無差別級以外で戦うわけがない!


確かにベスト体重が185ポンドのデンプシーやマルシアノが現代に生きていたら、クルーザー級(200ポンド)で戦っていたでしょう。

それにしても良かったです!デンプシーがクルーザー級がない時代に生まれてくれて!

しかし、デンプシーやマルシアノが、2メートル/250ポンド(113kg)を超える巨人の森となってしまった現代のヘビー級に迷い込むと、多くのファンが考えるように跡形もなく粉砕されるだけなのでしょうか?


おそらく、それも思い違いです。


「現在のボクシングシーンは『17』階級だが、実際には20階級はある」という見方があります。

もちろん、「18」「19」「20」の3階級は「スーパーヘビー」「スーパー*2ヘビー」「スーパー*3ヘビー」です。

現状の「17」(ヘビー級)はもちろん「16」(クルーザー)でも小さく軽いデンプシーやマルシアノが「20」で通用するわけがない…これは一見、正論に聞こえてきます。

デンプシーやマルシアノがそのフレームだけなら「Boxing−20」はおろか「17」のクラスの住民票すら持っていないことは誰にだってわかります。

マイケル・スピンクスやイベンダー・ホリフィールドは「17」の通行手形を手に入れましたが、そこで待ち構えていたのは「18」「19」「20」の洗礼でした。

体重85kgは、そもそもがクルーザー級(90.7kg)にすら10ポンド以上もショートしているわけですから、そんな才能がもしいたとしてもヘビー級に挑戦することは常識ではありえません。


そう、normal(日常)では。


しかし、ボクシングはパンデミック以前からabnormal(非日常)の世界です。

そして、私たちはすでに〝85kgでヘビー級を無双する〟レベルの現実をついこの間まで、目の当たりにしていたのです。

もしも、彼らのような傑出した才能が185ポンドなら、躊躇なく無差別級に挑んだことでしょう。

185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会は、十分ありえます。



世界的にも「ヘビー級回帰」が顕著な時期です。いろいろな持ち札から〝85kgでヘビー級を無双する〟を考えていきます。
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リング誌7月号はゲスト編集長にタイソン・フューリーを招いた「二人のタイソン特集」。

1988年8月12日。父親ジョン・フューリーから、6ヶ月半の早産でわずか1ポンド!で生まれた赤ん坊は「強くなれ」と「タイソン」の名前を与えられました。タイソン・フューリーです。

1966年6月30日。ニューヨークの治安が今では考えられないほど劣悪だった時代に、最も危険なエリアとされたブルックリン区ベッドフォード・スタイベサントでこの世に生を受けたのがマイク・タイソン
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タイソン一家が住んでいたブルックリン区ベッドフォード・スタイベサントの178号棟アパート。

二人のマイクの見た目は肌の色だけでなく、何から何まで対照的です。

フレームは、フューリーは身長206㎝/リーチ216㎝。対するマイクは178㎝/180㎝(諸説あり)。

そしてウェイトは、フューリーが先日のデオンティ・ワイルダー戦で273ポンド(123.8kg)で仕上げたようにヘビー級史に残る重量なのに対して、マイクは多くの試合を220.7ポンド(100kg)を下回る軽量でリングに上がりました。 

そんな二人の特集をご紹介する前に、マイク・タイソンの歴史的評価について火曜日の昼休み、ちょっと時間を割いてみます。

一言でいうと、日本での評価が異様に高いのがマイク・タイソンです。

2度の来日での過剰な報道に、プロレスや総合格闘技のタイソン招聘への煽りが過大評価を積み重ねていったのです。

リング誌の評価では年間PFPと見て差し支えないBEST FIGHTER POLL で1988年と1989年にトップ評価(ただし全盛期のパックメイのような〝満票〟は集めることはできませんでした)と、無敗時代はその実力が高く評価されていました。

ただ、レベルが激落したヘビー級シーンで突出しているだけで強豪とは戦っていない、という無双状態のボクサーに付き物の批判からは免れませんでした。

とはいえ、ヘビー級です。フライ、バンタムならともかくヘビー級でそれを持ち出すと、他のスポーツでも「今年のペナントはレベルが低かったから首位打者の価値は下がる」ような戯言も言えちゃうことになります。

リカルド・ロペスや井上尚弥には「上のクラスに強いやつがいくらでもいるだろ」とケシかけることは出来ても、ヘビー級でそれを言うのは不条理です。

ただ、マイクの場合は強い相手にはことごとくノックアウトされ、恐怖から反則行為に走るなど精神的な脆さは歴史上でも他に類を見ないレベルでした。

マイクのキャリアで最強はイベンダー・ホリフィールドとレノックス・ルイスですが、その二人にことごとく破壊されたこと、その何もできない戦いぶりは多くの専門家を幻滅させるのに十分でした。

実際に、マイクが活躍した80年代と90年代の「10年区切りのPFP」では80年代で7位に入るのがやっと。タイソンの上にはシュガー・レイ・レナード(1位)、マービン・ハグラー(2位)、サルバドール・サンチェス(3位)、マイケル・スピンクス(4位)、トミー・ハーンズ(5位)、フリオ・セサール・チャベス(6位)が名前を連ねました。

おそらく日本のタイソン信者は「スピンクスより下なんておかしい!」と怒るかもしれませんが、海外では「9位のホームズはタイソンより上でしょ、普通は」というのが多くの見方でしたが、リング誌は「これは80年代区切りのランキング。80年代のホームズは衰えが激しかった」としています。

実際に、現在生きている「存命PFP」ではホームズは10位、タイソンは圏外です。

タイソンについては、自分で考えて練習することができないマイクにあくまで練習の一環としてナンバリングシステム考案したテディ・アトラスが「愚かなケビン・ルーニーは試合でもそのまま打たせている。チェスで先に打ち手を教えるようなもの」「マイクはイメージを膨らませながら練習ができない。ロボットと同じ。しかも心臓が触れたら砕けるほど弱い」と見放しました。

しかし、アトラスは「素質だけなら最高の選手」と認め「考えながら練習ができて、強いハートを持っていたらホリフィールドやルイスにも勝てた」と評価しています。

もちろん、アトラスの評価もタイソンについて回るタラ・レバのオンパレードなんですが。

タイソン信者が名トレーナーと盲信しているルーニーは風見鶏なだけでなく、アトラスの理論を間違って応用する最低トレーナーでした。

ビニー・パチエンザを指導したりもしましたが、他の有名選手からは無視され、悪い話しか聴きませんでしたが、やはりタイソン伝説の恩恵で日本のドキュメンタリーでは「稀代の名トレーナー」と紹介されることが多いのは笑うしかありません。

殿堂入りの際も、タイソンの評価については①強い相手にことごとく負けている。その負け方が最低。②凶悪犯罪の前科が多すぎる…ということから殿堂クラスの業績じゃないと議論されました(結局は一発殿堂)。

個人的には前述のように「ヘビー級は特別」です。そして、80年代後半から90年代にかけて世界のボクシングを盛り上げたのはタイソンです。その功績はあまりにも大きく、一発殿堂が議論いなる方がどうかしています。

この、マイクと現代ヘビー級最強と目されるヒューリーのexhibitionが一時期噂されましたが、このご時世でのチャリティとしてならアリとは思いますが…。
 
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リング誌5月号の扉ページ、ダグ・フィッシャー編集長による「RING SIDE」のご紹介です。

米国ヘビー級の最後の砦、デオンティ・ワイルダーへの応援歌です。

ワイルダーのスタイルは、日本人はもちろん世界中のボクシングファンが大好きですが、米国では「ヘビー級」「黒人」というプリズムにも通されて、特に黒人ファンにとっては特別な存在です。

米国ボクシングの世界では「白人がマネジメントして黒人が戦い、白人がその果実のほとんどを得る」システムが基盤にあります。

「白人のマネジメント」にはプロモーターやメディア、コミッション、承認団体などリングの外でファイターから搾取する全てのシステムが含まれます。

フィッシャーは黒人ですが、本来は「白人側」のメディアで仕事をしてきた中で、不条理な差別に苦しんだことも少なくなかったはずです。

黒人歴史月間への思いを込めたコスチュームで入場し、そのコスチュームを敗北の言い訳に使ってしまったワイルダーには複雑な思いもあるでしょうが、心の底からのエールを送っています。

青字は私の加筆です。
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▶︎▶︎▶︎タイソン・フューリーに敗れたデオンティ・ワイルダーは「45ポンドのコスチュームを着たことで、試合前の時点で両足が弱ってしまっていた」と敗因を語った。

ワイルダーの言い訳は「マーク・ブリーランドのタオル投入が早すぎた。KOする自信があったのに」→「40ポンドのコスチューム」→「45ポンドのコスチューム」と変遷してきた。

*なんとなく、次はコスチュームの重さが50ポンドになってそうな気がするのは気のせいじゃないでしょう。

ボクシングで敗者が言い訳をするのは珍しいことではない。

*そういえば、辰吉丈一郎はビクトル・ラバナレスに敗れたとき「あれは弟だった」と言い訳していましたね。

この言い訳は、特にヘビー級チャンピオンにおいて顕著に見られる。

かつて、世界ヘビー級チャンピオンはボクシングの枠を超えてスポーツの王様であった時代が存在した。

そんな時代に、世界ヘビー級チャンピオンは理由もなく敗北することは許されなかった。

1919年、ジェス・ウィラードは58ポンドもの体重差がある小さなジャック・デンプシーに3ラウンドで粉砕され、敗因を聞かれると「デンプシーはグローブの中に異物を仕込んでいた」と答えた。

そのデンプシーは1927年、ジーン・タニーとの再戦で敗北したことを「ロングカウントがなければ勝っていた」と嘆いたが、その原因は新ルール(ダウンを奪った選手はニュートラルコーナーに下がらなければいけない)を失念していた自分にあった。

1974年「キンシャサの奇跡」に沈んだジョージ・フォアマンは「試合前にアリのトレーナーから飲まされた水の中に毒が守られていた」と口走った。


どうでしょうか?ワイルダーの言い訳はかなり「マシな方」でしょう。

最近でも、ウラジミル・クリチコは2004年、レイモン・ブリュースターに衝撃的な逆転KO負けを喫すると「セコンドが足に塗りたくったワセリンのせいで全身が熱くなってしまって、うなされたようになってしまった」と言い訳。

そのウラジミールに2011年に完敗したデビッド・ヘイはピンク色になった爪先を見せて「このせいで足を使えなかった。まともな状態なら勝てていたけど言い訳はしない」と〝ちょっと何言ってるのかわからない〟迷言を残している。

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親愛なるワイルダー。君に伝えたい。

言い訳するのは構わない。悔しさをバネにやり直せばいいだけだ。

幸いなことに、初黒星で深刻なダメージを負わずに済んだ。マーク・ブリーランドは素晴らしいタイミングでタオルを投げたんだ、君のために。

実は、非常に興味深い仮説がある。

パンチャーの最高傑作は、無敗をストップされたあとに生まれているということだ。

トーマス・ハーンズがロベルト・デュランを沈めた恐怖の一撃は、シュガー・レイ・レナードにTKOされたあとのことだった。

ジュリアン・ジャクソンがテリー・ノリスをカンバスに送り込んだのもマイク・マッカラムに初黒星をなすりつけられたあとだ。

二人に共通しているのは、試合に向けた一点集中ぶりだった。彼らは周囲の雑音や、対戦相手のトラッシュトークに過剰に乗ることを慎んだ。

フューリーとの第3戦ではヘッドホンをして記者会見に臨むんだ。彼のペースに乗ってはいけない。

もちろん、ファンサービスのために会見を盛り上げることはプロとして大切だ。しかし、自分のペースを乱す必要はない。

試合前2週間は、SNSを遮断しろ。メディアのインタビューもなんでもかんでも受けるんじゃない。それらは君のエネルギーを吸い取ってしまうからだ。

追い込んだ肉体から疲労を抜き、リラックスしながら試合だけに意識を集中するんだ。

君とフューリーでは、試合に向けての集中のスタイルが全く違う。

黒人である誇りを胸に戦うことは悪いことじゃない。黒人の歴史をリスペクトするメモリアル月間に試合をする意味を考えて、あのコスチュームを選んだことも、私は同じ黒人として感動した。

しかし、そのことが君の意識を散漫にさせていたんじゃないか?

フューリーに勝つこと、それだけに100%集中していたか?

フューリーは君との対決を「白人vs黒人」だなんて本当はこれっぽっちも考えていない。

目の前に立ち塞がる強打の敵として、どうやって君を攻略するのか、それだけを考えて周到な準備をしていたんだ。

君は(黒人の全てを代表して戦った)ジャック・ジョンソンじゃない。フューリーは(黒人退治を指名付けられた)ジェームス・J・ジェフリーズでもない。

君はブロンズ・ボンバー(ジョー・ルイス)ではなく、ブラウン・ボンバーだ。大西洋を越えてきたといってもフューリーはマックス・シュメリンクではない。アメリカvsナチスの代理戦争を戦うわけじゃないんだ。

君はデオンティ・ワイルダーなんだ。

そのままの君を、100%の君をリングで表現すればいいんだ。
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地球上で最も厄介な色は、人間の肌の色です。

長い長い間、欧米において有色人種には活躍のチャンスが与えられませんでした。

他のスポーツよりも遥かに早い段階で有色人種に門戸が解放されたボクシングですら、肌の色への差別は根深く残っていますが…。

水曜日の昼休み。ESPN の THE UNDEFEATED(敗れざる者たち)。デビッド・デニスJr.の記事から、拙訳です。



  Black America watched Deontay Wilder lose and it hurt 
The history of race in boxing – and in life – meant more was at stake than a championship belt


第7ラウンドに純白のタオルがリングに投げ入れられた瞬間、「Black History Month(黒人歴史月間)と英国アカデミー賞の白人至上主義への批判まで吹っ飛んだ(やっぱり白人の方が頭が良くて優れている)」というたちの悪い冗談が飛び交ってしまった。

Black History Month はアフリカ人の不幸なディアスポラと、逆境に立ち向かった偉大な先人の歴史に敬意を表するイベント。この一大行事にちなんで、デオンティ・ワイルダーは黒人の戦いの歴史を表現した甲冑の衣装で入場していた。

試合後、タイソン・フューリーを讃えて潔く敗北を受け入れていたアラバマの巨人が、数日後に「負けたのは重い甲冑コスチュームのせい」と吐き出したのは何とも皮肉でやりきれない言い訳だった。

ボクシングはマイナースポーツに成り下がってしまったが、英国アカデミー賞でホアキン・フェニックス(「ジョーカー」で主演男優賞を受賞)が「候補者全員が白人なのは恥だ」「白人は最初から優遇されている」と、受賞スピーチでアカデミーを痛烈に批判したことは多くの人が知っているだろう。
 
もちろん、ワイルダーは公平な条件で戦い、多くの人が証人となる中で明白に敗れてしまったのだ。

それでも、フューリーvsワイルダーは米国に横たわる人種差別の忌々しい実態、黒人たちの終わることのない苦悩も透かしていた。

黒人アスリートが白人に敗北するときはいつも、黒人たちはプライドを打ち砕かれた気分になり、白人への不信感を募らせ、それを見た白人たちは溜飲を下げてきた。

マジック・ジョンションとラリー・バードの対決は、ある場面では純粋なスポーツとして見られなかった。

アメフトの司令塔QBを白人が担うことが圧倒的に多い理由は、英国アカデミー賞と同じ仕組みがそこにあるからと言って、誰か反論できるだろうか。

しかし、球技と違いボクシングは1対1の決闘だ。

球技では、悪意のあるチームメイトが黒人にボールを回さない、扱いにくいボールを投げるなど観客がすぐにはわからない差別が当たり前に出来てしまう。

四角いリングの中で2人が二つの拳で殴り合うボクシングの世界には、人種差別がああだこうだと御託を並べる隙は全く無い。

よしんばレフェリーやジャッジが白人に有利な判断、採点をしたとしても、会場に集まった観客とテレビの前の視聴者には〝都合の悪い真実〟を隠し通すことは出来ない。

1910年7月4日、現在のボクシング界で空気のように当たり前になっている大げさで過剰な宣伝文句とは全く違う正真正銘のFight of the Century(世紀の一戦)が行われた。

ジャック・ジョンソンvsジェームス・J・ジェフリーズ

白人至上主義の作家ジャック・ロンドンらがけしかけて6年間のブランクから復帰したジェフリースは語った。

“I am going into this fight for the sole purpose of proving that a white man is better than a Negro.”

「私がリングに戻った理由はたった一つ。白人が黒人よりも優れていることを証明するためだ」。

ジェフリーズに約束された最低保障の報酬は15万8000ドル。「フロイド・メイウェザーの方が沢山もらっている」と勘違いしたあなたは、これが100年以上前の話だということを思い出さなければならない。

※現在、多くのプロボクサーはもちろん、軽量級では世界王者でも10万ドルを手に出来ることは珍しい。

ジョンソンが勝利した瞬間、ネバダ州リノに特設されたスタジアムに集まった2万人の大観衆は「納得できない」と騒然となった。

そして、「フェフリーズ敗れる」の方が全米に伝わると各地で暴動が起きた。

歓喜に沸く黒人は白人から酷い暴行を受け、射殺される事件まであったのだ。

しかし、リンチにあおうが射殺されようが、黒人たちの心の中には小さなライトが灯った。絶対消えない、ライトが。

「ジョンソンが勝った」。
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ジョンソンが何度も殺害予告を出されるなど白人から憎悪されたのに対して、ジョー・ルイスは違った。

ヒトラーの寵愛を受けたマックス・シュメリンクと繰り広げた1勝1敗の戦いは、国家とイデオロギーを代表する戦いとなった。

1930年代という時代背景まで考えると、1936年6月19日の初戦でルイスが12ラウンドKOに沈んだときにアメリカに走った衝撃、そして何よりも黒人たちの悲しみは、黒人作家ラングストン・ヒューズの自伝に生々しい。

「7番街では大の男がわんわん声をあげて泣きながら歩いていた。何人もの大人の女性が両手で頭を抱えて歩道にしゃがみ込んだまま動けないでいた」。

1938年6月22日、やはりヤンキースタジアムで行われた再戦はアメリカのルーズベルト大統領と、ナチスのヒトラー総統がそれぞれ「必勝命令」を下す代理戦争だった。

試合は、わずか124秒で終わった。
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そのとき、ヤンキースタジアムが飲み込んだ大観衆は7万人を数え「世紀のリマッチ」のチケットはプラチナと表現された。

アメリカが歓喜に沸き立った。黒人も白人もなかった。ルイスの勝利は肌の色を超えたのだ。

しかし、それでも融解できないから人種差別はたちが悪い。

ジャック・ジョンソンの生涯からインスパイアされたThe Great White Hopeはトニー賞とピューリッツュア賞に輝き、映画化もされた。

1970年代の大ヒット映画「ロッキー」は傲慢な黒人チャンピオンに不遇の白人が立ち向かう、使い古された物語だったが、アメリカは人種の戦いについつい惹きつけられてしまう。

ワイルダーの敗北を目撃して、私たち黒人にはかつてのような感傷はない。

誤解を恐れずにいうと、今の私たちにはもはや、白人よりも優れていると証明する必要はないのだ。

ルイスがシュメリンクに敗れた時代とは、世界が全く違う。何よりもアメリカが全く違う。

私たちは教育から就職、政治参加に至る、あらゆる社会的局面で差別と闘ってきた。

今は1910年代でも30年代でもない、2020年だ。もちろん、まだ闘いは終わっていない。人種差別はいまだに、私たちの生活と人生にこびりついて離れようとしない。

それでも、ボクシングは100年以上も前から人種を超えて平等だった。

リングの中では二人の男が闘っているように見えるが、実は人種やイデオロギーなどあらゆる異文化が全く平等に共存してきたのだ。

社会生活はもちろん、野球やフットボールのフィールドにまで吹き込んできた忌々しい人種差別の風だったが、リングの中だけは吹くことが許されなかったのだ。

どんなに不平等な時代でもリングの中だけは、白人特権も黒人専用のトイレもレストランもなかった。

Nothing matters but who is better

そこで問われるのは人種でも肌の色でもない。どちらが強いか?それだけだ。

ワイルダーとフューリーもまた全く平等の条件の中で戦い、決着を付けた。リングの中では、どんな言い訳も許されない。

そう、100年前と変わらずに。
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Did Deontay Wilder's costume actually hamper his performance?

デオンティ・ワイルダーの敗北は、ヘンテコリンなヨロイのコスチュームが原因だったのでしょうか?
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「重かったのはコスチュームではない」。さすがESPNの分析です。

2月に該当する「アフリカ系アメリカ人歴史月間 (Black History Month)」を意識して作られたコスチュームが40ポンド(18.14kg)もあったことを聞かされると、WBC王者の動きに悪い影響を及ぼしたという本人の言い分は、もっともらしく聞こえてきます。 

もっとも、そんなものを着て入場したのが悪いのですが、それがパフォーマンスに重大な影響を与えたというのは事実でしょうか?

ワイルダーはESPNのインタビューで「40ポンド以上の重りをリング入場の10分から15分前から着込んでいた。 入場のときにはヘルメットまでかぶった、このヘルメットも重い」「3ラウンドには足が動かなくなった」と告白しています。

UFCのパフォーマンス担当の副社長であり運動生理学の博士号も取得しているダンカン・フレンチは「スポーツ疲労には大きく2つのタイプがある」と説明。

ひとつは、表面的な筋肉の疲労で3〜5分で回復できることが多い。

もう一つの疲労は神経システムにまで及ぶもので、体のバランスや反射に悪影響がある。これは、完全な休息を30分程度は取らなければ回復できない。

フレンチは「40ポンドのコスチュームを着てリングまで歩くだけなら、表面的な疲労だけ。しかし、それを15分近くも着ていたとなると、神経系まで疲労が及んでいた可能性がある」としながらも「科学的な検証の前に、大前提として予想外の惨敗を喫した選手は必ず逃げ道を探すことを忘れてはならない」とワイルダーが敗因に挙げた重いコスチュームは言い訳である可能性が一番高いと指摘しています。
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バンダービルド大学リハビリセンターの共同責任者カール・セリックは「体重の20%の重量を負荷されると足のパフォーマンスは5〜20%は減退、乳酸などの代謝に使われるエネルギーは5〜50%増となり相当量の疲労物質が蓄積されるという研究データがある。これはワイルダーのようなトップアスリートだろうが、普通のサラリーマンだろうが関係ない」とワイルダーに同情。

一方で、ワイルダーはウェイトを使ったトレーニングを好み、45ポンドのベストを着てランニングやミット打ちなど様々な練習を普段から行っていることも明らかにされています。

ワイルダーは重りを着込むのは慣れっこで、これまでに何度も重いコスチュームを着込んで入場しているのはボクシングファンなら誰でも知っています。

着脱できる重みを、ワイルダーが積極的に楽しみ、非常に扱い慣れていたことは間違いありません。

あのコスチュームにしても試合直前の控え室で初めて着たわけがなく、これまでと同様に何度もリハーサルを行っているはずです。

3ラウンドに足が動かなくなったのは、10分以上まえに脱いだコスチュームの影響が突然現れたということでしょうか?

その質問をするとワイルダーは前言を撤回、リングインしたときから違和感があったと主張しました。

もし、何らかの重みがワイルダーの足に影響を与えたと考えるなら、その〝容疑者〟として真っ先に挙げるべきは、直近のルイス・オルティス戦から11.5ポンド(5.2kg)とキャリア最重量にバルクアップした肉体そのものしかありません。

40ポンドのコスチュームはすぐに脱ぐことができますが、肉と骨と血はそうはいかないのです。

あの勝敗に、コスチュームは全く関係ありません。

「逃げるフューリーを強いパンチで追いかける」展開を想定してしまったワイルダーと、「フリッカージャブで体を起こして右で倒す」作戦を遂行したフューリー。

ヘビー級で非常に重要になるウェイトデザインに失敗したワイルダーと、成功したフューリーの結果でした。 

ウェイトデザインまで含めた大きな作戦構想において、ワイルダーとブリーランドは、フューリーとシュガーヒルに完敗したのです。 
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ラップアップです!

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◉MGMグランドガーデンアリーナのシートはソールドアウト、1万5816人が詰めかけました。


◉ゲート収入は1700万ドル(約19億円)を超え、ネバダ州で開催されたヘビー級の記録を更新(「ヘビー級」の但し書きが付いてしまうのが悲しいところですが…)。


◉シュガー・ヒルは対戦が決まるや、フューリーに増量とフリッカージャブを起点にしたパワーボクシングを指示。極めて早い段階で試合展開をグランドデザインしていました。


◉試合終了は7ラウンド1分39秒。ケニー・ベイレスは大きな目をまん丸い見開き、ワイルダーの表情を凝視するだけでなく、コーナーも見ながら無言でタオル投入のサインを送る最高のレフェリングを見せました。


◉もし、ベイレスがワイルダーだけを見ていたら、ブリーランドがタオルを投げるのが遅れたでしょう。いいえ、それ以前の問題として、タオルを投げてもすぐに気づくことが出来なかったはずです。

ベイレスは好きなレフではありませんでしたが、今日は本当に素晴らしかった!


◉そして、共同トレーナーのジェイズ・ディースの反対に、耳も貸さずタオルを投げたマーク・ブリーランドも素晴らしかった!

「トレーナーの最も大切な仕事は選手を勝たせることではない。選手を守ることだ」。エマニュエル・スュチュワードの教えが骨まで叩き込まれていたのです。


◉6ラウンドまでの採点はデイブ・モレッティとスティーブ・ウェスフェルドが59−52で全てのラウンドでフューリー(60−52でないのは減点1のため)。もう1人のグレン・フェルドマンは58−53、第2ラウンドをワイルダーに与えました。

リング誌とESPNは59−52。私のフシ穴スコアは58−53。
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◉自己顕示欲の塊に見えるフューリーが最初に口にしたのは対戦相手のことでした。

「ワイルダーはチャンピオンだ。何発も最高のパンチをお見舞いしたが、ものすごい根性で立ち上がってきた。私が戦っているのが本物の戦士であることが嬉しくて、誇りだった。やつは必ずまたチャンピオンになるだろう」。


◉ストップされた瞬間はベイレスに殴りかからんばかりに怒り心頭だったワイルダーは、ブリーランドから諭されるとブリーランドに「ありがとう」と感謝すると、ベイレスにも同じ言葉をかけました。

そして「今夜は強い奴が勝った。何の言い訳もない。フューリーに負けたんだ、恥ずかしいことじゃない。そして私はこの敗北でもっと強くなって戻って来る」と潔く結果を受け入れました。


◉ワイルダーは耳からの出血が止まらず、すぐに縫合手術のために病院に急行しなければなりませんでしたが、VADAの検査員に尿サンプルの提出を求められ足止めされてしまいます。

しかし、ワイルダーは「なかなか(尿が)出なくて待たせてすまないね」と検査員を労い、文句の一つも言いませんでした。


◉フューリーはパッツィー・クラインの「クレイジー」をバックに神輿の上の玉座に乗って登場。

ドン・マクリーンの懐メロ「アメリカンパイ」(というよりマドンナがカバーした曲と言った方が通りが良いでしょうか)を歌いながらリングを去りました。

生粋のエンターテイナーです。アメリカへのサービスを徹頭徹尾、貫いてみせました。


◉しかし、リングで歌ったアカペラは3箇所で音程を外してしまったのを、私は見逃していません。今日のジプシーキングは、3つだけミスを犯したのです。


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両者の入場が長すぎて、最初はどうなることかと思いましたが、素晴らしい試合でした。
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ESPNが煽ってくれています。

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ボクシングの世界で最も特別な階級、ヘビー級。

それなのにヘビー級はもう20年もUndisputed Champion、完全統一王者が現れていません。

そうです。その刻が来ました。

タイソン・フューリーとアンソニー・ジョシュアが完全統一王者を賭けて戦う刻が。
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 ーナード・ホプキンス(生涯戦績55勝8敗2分:ミドル級の完全統一王者にしてライトヘビー級のLineal Champion)

…ヘビー級はもう随分と長く眠れるクラスだった。この絶対的なタイトルがバラバラにになってしまってからどれくらいの歳月がながれたことだろう?

今こそ全てのピースを元に戻すのだ。 


ョージ・フォアマン(生涯戦績76勝5敗:五輪金メダリストにしてヘビー級王者返り咲きも達成)

… フューリーvsジョシュア、こいつは凄いことになる。史上最大のバーナム・アンド・ベイリー・サーカスが町にやって来るようなもんだ。

つべこべ言わずに、やれ。


ベンダー・ホリフィールド(生涯戦績44勝10敗2分:史上唯一の4度戴冠のヘビー級王者) 

… 史上最大の戦いになるだろう。ジョシュアは敗北を知っている、それはプラスにもマイナスにもなる。本物のヘビー級王者が誕生するんだ。

そう、Undisputed. 議論する余地がないヘビー級王者が。


ディック・ボウ(生涯戦績43勝1敗:史上初の4団体ヘビー級王者)

… 途轍もない試合になる。なぜなら勝者はThe Undisputed heavyweight Championになるからだ。



イケル・モーラー(生涯戦績52勝4敗1分:WBOライトヘビー級王者にしてヘビー級のLineal Champion )

… 大型化したヘビー級は「ヘビー」と「スーパーヘビー」に分割すべきかもしれない。もちろん、フューリーvsジョシュアはスーパーヘビー、最強を賭けたとんでもない試合になる。

本当のボクシングファンならわかっているはずだ、最強階級に王者は1人しか必要でないことを。
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凄いスポーツを目の当たりにしてしまうと、居ても立ってもいられなくなる性分です。

思いっきりサンドバッグを叩きたいけど、いまはそんな環境にありませんから、わーーっと横浜まで走って来ました。

途中で河川敷に入って1km走。3分28秒。今は、これが一杯一杯。

横浜スタジアムへ。
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かつて横浜市議会で「街のイメージダウン」とまで指差された不人気球団も、いまは女性客も増えてフルハウスになることも珍しくありません。

大規模な改修工事でスタンド席も6000席も増設しています。

と言いつつ、横浜までダッシュしたのは、今日のワイルダーvsフューリーのイベントでジミー・レノンJr.が何度も連呼、リングのカンバス中央でもデカデカと広告していたアイリッシュウィスキー「プロパー・ナンバー・トゥエルヴ (Proper No. Twelve) 」を入手して、そいつを飲みながら録画を見直そうと思いついたからです。

これを知ってる人は酒飲みではなかなかいないでしょう。聞きなれない銘柄なのは、それもそのはずUFCファイターのコナー・マクレガーが2年前にプロデュース、販売したばかりのウィスキーだからです。

しかし!…心当たりの酒屋を何軒か回りましたが…残念!発見できず!

仕方がないので「プロパー・ナンバー・トゥエルヴ」と同じ蒸留所で作られている「ブッシュミルズ」にしようかと迷いましたが、やはりアイリッシュの「ウェストコーク」のカスクストレングスにしました。

「ウェストコーク」は、蜂蜜系の旨味が魅力のシングルモルトでは何度か飲んでいましたが、スパイシーで個性的というブレンデッドのカスクストレングスは初体験。

というか、ブレンデッドでカスクストレングスというのも珍しい。これにしたのはアルコール度数62度、ほとんど加水していないパンチの強さです。

まさにウィスキーのヘビー級です!ヘビー級はボクシングのカスクストレングスなのです!
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前置きが長くなりました。


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今日の試合は試合内容が最高だったこと、そしてクロンクの血が沸騰したことでも非常に興味深いものでした。

エマニュエル・スチュワードの薫陶を受けたマーク・ブリーランドやジョナサン・バンクスの話は、すでに何度か書いていましたが、ここではクロンクの隆盛と滅亡、そして再生にスポットを当ててゆきます。
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細身の選手がリードの手を下げる。その時点でデトロイト・スタイルは破綻している。

トーマス・ハーンズもマーク・ブリーランドも素晴らしいタレントだったが、クロンクが潰した。勝負弱い選手の工場だ。

クロンク・ジムに激しい逆風が吹いた時期がありました。

確かに、トーマス・ハーンズとミルトン・マクローリーが、もしあの大勝負で勝利を収めていたら、クロンクの評価が暴落するなんてことはありえませんでした。

「ボクシングは結果論」(今日のジョー小泉)というのは、まさしくその通りです。

敗者には何も与えられないのです。敗北は罪でしかないのです。

“Javan (SugarHill) is now a training star. Brilliant plan brilliantly executed.”

「フューリーは素晴らしい。台本通りに実行できるボクサーはほとんどいない。そして、今夜はその台本も本当に素晴らしかった。シュガーヒルの作戦が最高だった」と新トレーナーを絶賛したジム・ランプリーは、鬱病に苦しんでいたフューリーをスチュアードが「大丈夫。あいつは絶対に自分の力で立ち上がる」と信頼していた言葉を紹介。

それにしても、幼馴染で兄弟同然だったベン・ダビソンからシュガーヒルにスイッチしたフューリーの判断は普通は出来ません。

もはや〝霊感〟です。

フューリーが幼い時から悩み続けている心の病、それと引き換えに神様が贈ったギフトが、恐るべき感性なのかもしれません。
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左からシュガーヒル、フューリー、スチュワード、アンディ・リー。今日の大勝負でスチュワードだけがリングにいませんでした…いいえ、いました。彼は確かに、あのリングにいました。

「一度、ダメになるかもしれないが、そこからも立ち上がる。そしてきっと最強になる」。

フューリーについてどうしてそこまで思い入れがあったのか、残念ながらもうそれを確認する術はありません。

しかし、その言葉は預言のようにピッタリ当たっているのです。
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