フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 東京2020

今は無きもの。

そういうのを見つけるのって、たとえ縁もゆかりもない場所であっても、不思議な郷愁と想像力が抑え切れません。

例えば、廃線。

木場駅から三ツ目通りを辰巳方面を走ると、まさかの廃線跡が!
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東京港湾局専用線で、貨物列車が往来していたようですが、周囲はマンションだらけ。

それにしても。この廃線跡の唐突さは半端じゃありません。

東京港湾局専用線なんて全く知りませんでしたが、かつてここを貨物の蒸気機関車が走り、戦後復興の一翼を担っていたと思うと、妙な懐かしさと愛おしさが湧いてきます。

そして、こちらはつい数年前にオープンしてあっという間に閉鎖した「パッキャオ・ジムTOKYO」↓。
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最寄りは原宿ですが、表参道も近く、通勤の通り道ということで試しに入会しようかと思い立ちましたが…。

思い立ったのは「すぐ潰れそう」という予感ではなく、入会金と月謝のあまりの高さ!
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入会金5万円って…。月謝2万5000円って…。

冷やかしと入会記念グッズ欲しさに出せる金額ではありません。

さすがマネー・パッキャオです。
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原宿の裏手、マンションの地下一階スペースにかつて存在していたパッキャオジム↑。

オープニングには井上尚弥らも駆けつけ、パッキャオから直々のアドバイスももらっていましたが、一年もしないうちにシレッと撤退していました。

損したのは日本の出資者だけで、いつものようにパッキャオは1円も懐を痛めていないはずです。それどころかライセンス料や、顔見せ料でそこそこ稼いだでしょう。

元はド貧民の分際で、日本を舐めるなよ!お前なんか、マニー小泉にしとけば良かったー!


とにかく、パッキャオジムには懐かしさも愛おしさも全くありません!

入会しなくて本当に良かったー!!!
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日本のスポーツ界を揺るがした五輪という〝黒船〟と、プロボクシングの世界が無縁でいられるわけがありませんでした。

五輪に向けて、東京の町が着々と姿を変え、多くの観光客とメディアが訪れる光景は「五輪とは何か」「本物の国際スポーツとは何か」を日本人に思い知らせました。
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当時を知る由もない私でも、ずっとのちになって学校図書館などで海外の新聞や雑誌のバックナンバーなどから振り返り、「それ」が生々しく、そして大々的に伝えられていたことはよくわかりました。

そして、プロレスは「力道山のカラクリ」がバレてしまうと、土俵際に追い込まれます。

多くの人が熱狂した「ワールドリーグ戦」が八百長で世界的には全く報道されていない奇妙な〝ワールド〟であることが白日のもとに晒され、新聞投稿欄では「国籍・年齢不詳の謎プロレスラーはパスポートを持たずに来日したのか?」と笑いのネタにされる始末でした。

次の10年は「外国人レスラーを空手チョップで成敗する」だけでは、プロレスは生き残れない…。

そんな冷静な予想からは「ではボクシングの世界選手権は海外でも大きく報道されているのか?」という矛先も派生します。

しかし、五輪は4年に1度きり、米国で最も権威のあるスポーツイラストレイテッド誌がファイティング原田を特集、Frantic Windmill=狂った風車という異名を与え、五輪金メダリストの桜井孝雄が世界タイトルに届かなかったことなどからも、プロボクシングはその命脈を繋ぎます。

その後、アマ実績で優る海外選手から日本人が勝利を収めると、ボクシング専門誌などは「所詮はアマの名花」という常套句を用いるようになりました。

それでも、70年代になると民放各社のボクシング定期番組はゴールデンタイムから撤退、世界王者に対しても厳しい取捨選択が始まります。

輪島功一や具志堅用高と、工藤政志や中島成雄の間には王位の長短だけではなく、戴冠した瞬間からそのキャラクターの魅力などからメディアの取り上げ方、つまりはファンの受け止め方に大きな格差が生まれていました。

「ボクシングの世界王者は誰もが知ってるスポーツヒーロー」という時代は70年代で完全に幕を閉じたのです。
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1960年代までの一団体時代の世界王者は、もし当時国民栄誉賞が存在していたなら文句無しで受賞していたはずです。

70年代の世界チャンピオンのベルトは、プロ野球のどんなタイトルよりも価値が高かったのも間違いありません。

しかし、80年代になると世界王者とボクシングのステイタスが加速度的に液状化していることは、もはや誰の目にも明らかになります。

東京1964による「本物の世界体験」はあらゆるスポーツを揺るがしました。

そして、輪島功一が王貞治の世界記録に対して「あんなの本当の世界記録なわけがない」と付けた難癖は、一点真実を突いていたとはいえ、世界ジュニアミドル級王者の口から発せられたことで天に唾吐く行為に他なりませんでした。

本当の「世界」って何だろうか?

もちろん、ボクシングなら世界ヘビー級チャンピオンになること。野球やらメジャーリーグで大きなタイトルを獲ること。

そんなこと、実は当時のスポーツファンは分かっていたはずです。

なにしろ、特に野球においては、星飛雄馬が投げる魔球は「大リーグボール」、番場蛮の前に立ち塞がるラスボスは大リーグのスーパースターでした。

それはまさしく漫画の世界だったのです。

現実の世界では大リーグに上がれない外国人に打撃タイトルを取られ、元大リーガーというだけで超人のように報道された時代です。

当時のスポーツファンは、みんな知ってたのです。

向こうのポンコツ外人が日本で大暴れするんだから、日本人なんて通用するわけがない。

良い意味で身の程を知っていたのです。

裏返すと、悪い意味で諦めていたのです。

そして、やはり悪い意味で忘れていたのです。

サンフランシスコの快〝投〟乱麻・村上雅則を、60年代PFP1位エデル・ジョフレを競り落としたファイティング原田を。



次回、第3艘では、漫画の世界が、ついに現実になります。
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まだ成熟し切っていない若い国の価値観が平面的で均質であるのは、当然です。

国が成熟するにつれ、価値観が立体的に多様化するのも当たり前です。

この国でもボクシングがメジャースポーツだった時代が、1960年代に確かにありました。

毎日のように、民放各局がボクシングの試合を中継していた本当の黄金時代です。

新人王戦でもゴールデンタイムにオンエアされていたのですから、世界タイトルマッチとなると大きな注目と尊敬が集められていたことは容易に想像出来ます。

あれから半世紀以上が経ち、世界タイトルマッチが中継されなくなっても全く驚きではない時代になりました。

かつては日本人が世界の舞台に上がることが出来る唯一無二のスポーツだったボクシングですが、今では国旗掲揚、国歌斉唱の神聖な儀式も放送で省かれることが珍しくありません。

いつのまにかボクシングの世界タイトルマッチは、厳かな国際試合から、アルファベットをいたずらに組み合わせた怪しげな団体が軽はずみに承認する、一般のスポーツファンには何がどうなっているのか分かりにくいニッチスポーツに堕落してしまいました。
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WBCのベルトは約40万円前後とされますが、ファイトマネーに比例した承認料を考慮するともっと割高な〝時価〟で、富裕国の王者や人気のある王者が保持して欲しいというのが、WBCに限らずあらゆる団体の本音です。

半世紀を超えるWBCの歴史で最も高額とされるのはこのシンコデマヨ・ベルト…完全に腐ってます。

戦後、日本ボクシング界は四隻の巨大な〝黒船〟によって変質を余儀なくされてきました。

一隻目の〝黒船〟は「団体分裂・階級の増殖」です。

一つの団体は主要と呼ばれるものだけでも4つが乱立、8つの階級は17にまで繁殖しました。

ボクシング凋落の原因は、社会の成熟からスポーツ観戦の主役がブルーカラーの男性から、女性も含めた家族で応援できる競技に変遷しているから…というだけでは本質を捉えていません。

最も大きな理由は「団体分裂・階級増殖」によって、世界王者のステイタスが瓦解したことです。

そして、これは日本ボクシング界に限らない、世界的な潮流です。


しかし、残りの三隻の〝黒船〟は、日本の内奥から迫り来ました。

①力道山のワールド・リーグ戦を〝殺し〟て、日本人初の本当の世界体験となった「東京1964」。

②Jリーグ誕生と野茂英雄によるメジャースポーツの「世界開放」。

③そして深刻な勘違いを生み続ける幻覚剤「マニー・パッキャオ」。

この三隻の〝黒船〟に日本のボクシングがどう変節したのかをクロニカルに辿ってゆきます。

おお、ちょうど次駅で新横浜駅です。

続きはまた。
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今年4月に「SHARKS」という陸上中距離を専門とするプロチームが発足しました。

SHARKSは茨城県阿見町を拠点に子供から大人までを指導する民間の陸上クラブ「阿見アスリートクラブ(AC)」のトップチームの位置付けで、練習は東京都内で行っています。

日本の陸上競技ではマラソンが王様です。

近年、短距離、それも100m男子というボクシング例えると「ヘビー級」が活況を呈してくれているのは「こんな日が来るなんて!」と陸上ファンとして嬉しい限りです 。

一方で、マラソンは今なお「王様」であり続け、玉座を狙えるトラック1万mや5000mのエリートランナーが「未来のマラソンランナー」として実業団から引きが強いのに対して、800mや1500mの中距離選手の需要は一気に下落してしまいます。

ボクシングでいうとヘビー級に対する「クルーザー級」や「ライトヘビー級」でしょうか。

私は学生時代、中距離走が好きでそこで勝負したかったのですが、周囲から「距離を伸ばした方が可能性が大きい」と助言され、5000mから1万m、そして最後はロードレースで関東インカレ2部に出場しました。

そんな個人体験もあって、中距離選手が割りを食う状況を納得できない、才能を潰してる残念な思いで見てたのでSHARKSの取り組みには両手を挙げて応援しています。

中距離って走っても面白いし、見ても面白いと思うんですが、やっぱり私は変わり者なんでしょう。

SHARKSは「日本中距離界に一石を投じたい」という思いから誕生しました。
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公式HPによると…。
 
現在の日本の陸上界は、中距離に特化した練習ができにくい環境になっています。
 
主な理由としては、
 
①駅伝、マラソン大国になり、中学、高校、大学、実業団を通して駅伝をやらないと中距離ができない環境になってしまっている。
 
②日本ランキング上位の選手レベルでも800m1500mを中心の競技者には、受け入れる実業団は少なく、駅伝をやらなければ雇用されない現状がある。
 
③実業団に中距離の指導者が少なく、大学は箱根駅伝が中心になり指導者は長距離中心になっており、育てる仕組みが閉ざされてしまっている。

素晴らしい。
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瀬古利彦はおそらく、トラックレーサーとして最も才能があったと確信しています。

中村清が偉大な指導者、モチベーターであることに全く異論はありませんが、自身の体験から噴き出していたのか「日本人はトラックでは通用しない」という情けない諦観は残念でしかありません…。

「日本人は(レベルの高い)トラックでは通用しない」 。

ボクシングに例えると、まさに「減量信仰」です。

井上尚弥のような才能をどうしてジュニアフライの型に嵌めようとするのか!?…より多くの複数階級制覇のため?

そうだとしたら、バカげてます。



優秀な中距離選手が実業団に入るためには、長距離を走る、アスファルトの駅伝を走ることが 条件です。

彼らのスピードは日本の倒錯したシステムの中で殺され続けてきたのです。

現在の中距離2種目の世界記録と100m&マラソンの日本記録は以下のとおりです。

▶︎800m:世界記録=1分40秒91/日本記録=1:45.75
▶︎1500m:世界記録=3分26秒00/日本記録=3:37.42

100m:世界記録=9秒58/日本記録=9秒97
◉マラソン:世界記録=2時間1分39秒/日本記録=2時間5分29秒

どの種目も日本人が世界記録を出すのは至難の業に思えますが、それは短距離も中距離もマラソンも変わりません。

それどころか、社会人になった途端に事実上選手生命を絶たれる日本の中距離がいかに善戦奮闘していることか!

そもそも、簡単に獲れる世界チャンピオンなどに、偉大な価値などありえません。


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2011年、アゼルバイジャンの首都バクーで行われた世界選手権。

「日本人がミドル級なんて不可能だという人もいますが?」。記者が不躾に差し出すマイクに一瞥もくれずに村田諒太は語りました。前だけを見て。

「日本人に無理かどうかは知らんけど、村田諒太には不可能じゃない」。


その意気なんです。
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有楽町のガード下に沿った壁面に描かれた、表通りからは見えないTOKYO2020の告知看板です。

昨秋ラグビーワールドカップでも盛り上がった「TOKYOスポーツスクエア」の〝側壁〟になります。

「7.23−8.8,2021」。

そうなんです。

もう誰も「五輪まであと1年」とか口にしなくなってしまったせいでしょうが、来年の今頃は五輪期間です。

来年の今頃は、東京五輪も終盤、日本中が数々のドラマに酔いしれ、大イベントが終わりに近づいていることに寂しさを覚えている頃でしょう。
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話、変わって。

今日、8月6日の読売新聞夕刊に北海道日本ハム ファイターズの杉谷拳士が「遊撃と捕手を除くすべてのポジションをこなすユーティリティプレーヤーとして首脳陣の信頼も厚く」「ベンチを盛り上げるムードメーカーとしての役割も大きい」と取り上げられていました。

「今季、本拠地の札幌ドームでは、帝京高校の先輩、石橋貴明さんから贈られたオリジナル曲をバックに打席に入る」「チームを支える献身ぶりは♩ピンチになったらきっとたすけにくるよ♩という歌詞通りだ」。

ボクシングファンの皆様には言わずもがな、ですが杉谷拳士の父親は元日本フェザー級王者の杉谷満、叔父は元日本ジュニアライト級王者の杉谷実。

いやぁ、お父さんは本当に強い日本チャンピオンでした。

…これまで、息子の杉谷拳士の記事やニュースは「拳士」の名前の由来、父親と叔父がボクシングの日本王者だったことを説明するステレオタイプなものが目につきました。

この読売夕刊には、父親や叔父のこと、ボクシングのことは一切触れていません。

記事の主旨から外れた、必要のないことですから当たり前なんですが、なんだか読後感がすっきりして清涼な気分になれました。
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東京2020まで、あと365日、あと1年。

絶対、今年できる、そう信じていましたが。


昨日、池江璃花子選手を全面に使ったイベントには、正直、少しだけ違和感もありました。

現役バリバリのアスリートに、アンバサダーやメッセンジャーの役割を背負わせるのは如何なものか、と思いました。

まあ、でも、あれを見てしまうと。

彼女にしかできない役割です。

今月20歳になったばかりの彼女にしか、こんな大役はつとめられないと、感動しました。

すごいな、20歳で。

そして、今日。一般各紙の一面広告。
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ぐちゃぐちゃで見にくいかもしれません。野球部バカ中学生たちとの勉強会で使い「+1」について語ったもので…。


「その炎はまだ消えていない。」というキャッチコピーは、正直、虚しく響きます。来年のことなんて、鬼も神も、誰も保証してくれません。

「1年延期」なんて「絶対的な中止」を先延ばしするだけの、見苦しいイクスキューズだと、多くの人が気づいてしまっています。

でも、これが効いています。

「+1」 。

素晴らしい広告です。

誰もが「ー(マイナス)1」としか、受け止めることができない、この悲惨な状況を「+1」と、打ち出したなんて、さすがです。

誰もが「ー(マイナス)1」と受け止めていた、というのは、正確ではありません。

なぜなら、そう考えることは、誰もがいけないことだ、前を向かなきゃ、とそんなことは心の中で思っても、絶対口に出してはいけない、そう封じこんでいたからです。

この1年はマイナスでも、失われた1年でも、ありません。強がりではありません、絶対にそうです。

そうです。

「+1」。

そうだったんです。 

ボクシング界以上に腐ってる広告業界でも、たまには、感動させてくれます。 
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新型コロナのパンデミックによって、東京2020は1年延期を余儀なくされた。

そして、多くのアスリートがその情熱を試されることになった。
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ボクシング・ウェルター級のガーナ代表ジョシュア・クオーティもその一人だ。彼はフランスで開催される予定だった東京五輪最終予選に出場予定だったが、この大会も延期されてしまった。

「東京で金メダルを獲る」。

ジョシュアが五輪で頂点を目指すのは、二つの理由があった。一つはもちろん自分のため。そして、もう一つは一族の誇りを取り戻すため。

彼の叔父は、ジョシュアがボクシングをやることを快く思っていなかった。

ソウル1988にライトウェルター級で出場、銅メダルを勝ち獲った叔父は母国の英雄だった。今でも、誰もが叔父を尊敬している。

ジョシュアは何度も彼にアドバイスを求めたが、叔父は何も答えてくれなかった。

「こんなくだらないスポーツは、一刻も早くやめろ」。そう吐き捨てる以外は。

叔父は忌々しい記憶から立ち直れないでいた。

エリートアマからプロ転向、連戦連勝で1994年6月にはWBAウェルター級王者クリサント・エスパーニャを11ラウンドで戦慄的なノックアウトで葬り、リング誌の年間PFPでも10傑入りを果たした。

当時、生後9ヶ月のジョシュアを抱き上げるたびに叔父は「大きな拳をしている。この子もきっと世界王者になる」と笑っていた。

しかし。

全ては1999年2月13日に暗転する。

ガーナの英雄、叔父の名前はアイク・クオーティ

WBC王者オスカー・デラホーヤとの試合を選択したことで、アイクはWBA王座を剥奪されていたが、事実上の統一戦を迎える。

世界中が注目する大一番。ガーナが経験する史上最大のスポーツイベントに国中が沸き立っていた。

「デラホーヤが相手で米国で戦うとなると判定では絶対に勝てない」と心配する声も多かったが、アイクは「ボクシングはスポーツ、公明正大な世界だ」と勝利を誓った。

しかし、結果は、心配された通りになった。世界中で議論を呼んだ判定だったが、ボクシングの世界では勝敗が変わることはない。

「あれ以来、叔父はカネのためにプロボクサーを続けていたが、真剣に打ち込めなくなった。ガーナ人がどんなに強くても世界が判定をごまかして負けにされると」(ジョシュア)。

アイクは息子も含めて一族がボクシングをすることを毛嫌いした。

「あんな薄汚いものに手を染めるな。利用されて騙されて泣きを見るだけだ」。

それでも、ジョシュアはボクシングを選んだ。

「叔父がいなければボクサーになっていない。大きく深い感謝しかない。叔父に恩返しするには五輪で金メダルを獲ること。プロになって世界王者同士の大一番で勝利を収めること」。

「そうなれば叔父は再び私を抱き上げて、こう言ってくれるだろう。『よくやった!』と」。

パンデミックは今年灯されるはずの五輪の火を吹き消した。

しかし、ジョシュアのようにパンデミックごときでは絶対に消せない情熱の炎を持つアスリートが、数え切れないアスリートが来年の東京に向けて研鑽の日々を送っている。

来年、本当に五輪が開催できるのか?

それは誰にもわからない。そして、そんな不確かなことは、もしかしたら二義的な意味しか持たないのかもしれない。

そう、確かなことはただ一つ。

五輪の聖火が消されることがあっても、本物のアスリートの情熱の炎は、何をもってしても絶対に消せないということだ。
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IOCのトーマス・パッハ会長がBBCのインタビューで東京2020について「来年開催が無理なら中止」と〝再延期〟はしないと明言しました。

五輪開催延期の決定のプロセスを見るまでもなく、当事者は最悪のケースを想定しません。

もっと正確に言うと「当事者は最悪のケースを覚悟していたとしても、それを口にすることをギリギリまで引き延ばします」。

そう考えると、バッハ発言は「最悪のケースを現実として受け入れざるをえない段階」だという赤信号とも捉えられます。

考えたくはありませんが、バッハは「1年2カ月後のことなど誰もわからない」とも言いました。

バッハのトーンから「1年2ヶ月後には五輪開催が可能なレベルまでパンデミックが収束している」という希望のニュアンスとは逆の見通しを持っていることは明らかに伝わります。

もし、五輪中止となると東京は二度の中止に泣いた史上初の都市になってしまいます。
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この美しい新国立競技場は歴史上、最も悲劇的なスタジアムになってしまうかもしれません。

それにしても、オリンピックの存在意義とは何でしょうか。 

古代オリンピックが理想とした平和の祭典を復興すべく1896年に始まった近代五輪は、第2回パリ1900では万国博覧会の前座イベントの扱いでした。

そもそもスポーツのステイタスは曖昧で、アスリートが現在のように尊敬されるのはずっと後世になってからです。

オリンピックが〝万博の前座〟〝びっくり人間ショー〟から脱却できたのは、皮肉にもその発祥の理念である平和の祭典とは真逆の「国威発揚」の手っ取り早いツールとして見出されたからでした。 

ベルリン1936はその集大成で、このときの国威発揚のコンセプトは現在まで受け継がれています。

米ソの冷戦からのボイコット合戦、そしてロスアンゼルス1984から鮮明になった商業オリンピック。

 現代オリンピックとは何かを10文字で簡潔にそして的確に書け。ーー簡単な問題です。

「IOCの承認ビジネス」です。

「招致ビジネス」「誘致ビジネス」でも正解です。

そうです。ラスベガスのカジノ&リゾートが招致フィーを支払ってメガファイトを誘致するプロボクシングの仕組みと全く同じです。

しかも、ご丁寧なことに腐臭が鼻に突く怪しげなアルファベット3文字団体まで、ボクシング同様にしっかり登場してくれます。

「東京」が1964と2020で、五輪を迎える国民の高揚が全く違うことから読み取れるように、五輪は間違いなく〝斜陽ビジネス〟です。招致合戦も20世紀末の狂乱からは完全に覚めてしまいました。

見た目の市場規模こそ右肩上がりですが、それは市民レベルの温度が企業に伝わるまでの時間差の問題だけです。

新型コロナの感染問題がなくても、企業は未来の五輪へ莫大な投資をすることを再考しています。

もちろん、アスリートにとって五輪は最高の舞台です。

そして、国威発揚の道具に過ぎないとしても「国旗が縫われたユニフォームを着る誇らしさと重圧は、自分のために戦う四大大会とは全く違う感動と喜びだった」(シュテフィ・グラフ)というのもよく理解できます。

たとえIOCがWBAやWBCよりも遥かに腐った団体でも、招致を巡ってカネまみれの醜いロビー活動が展開されようとも…世界中のトップアスリートが心と技を研ぎ澄ましてその舞台で真剣勝負するという一点だけでオリンピックには大きな意味があり、スポーツファンは最高峰の真剣勝負に耽溺するのです。

しかし、それにしてもオリンピックは巨大になり過ぎました。生々しい誘致ビジネスに成り下がりました。

グラフらの気持ちはわかりますが、テニスやサッカーのようなメジャースポーツはオリンピックにとっては贅肉です。IOCが種目に組み入れたい気持ちはよーくわかりますが、要りません。ゴルフも野球も要りません。

それどころか、こういう機会にオリンピックなんて緩やかに廃止していくのがベストだとも思います。

国威発揚も国の威信も全く興味がない私ですが、オリンピックが無くなることでマイナースポーツの息の根が止まるような事態は受け入れられません。

現代オリンピックの意義は「トップアスリートの真剣勝負」です。もっと、極言すると「マイナースポーツの夢舞台〝メジャー〟舞台」です。

オリンピックは無くなって構いません。ただ、マイナースポーツが輝く舞台は残さなければならない、絶対に。

もっと具体的に言ったらIOCを解体して、超コンパクトな古代オリンピック(オリンピック・クラシック)をアテネ固定で開催するとか、それこそ環太平洋でしか人気のない野球・ソフトボールなら日本と韓国、台湾でオリピック・クラシックを持ち回り開催するとか。

一体、何が出来るのかはわかりませんが、五輪にかける数%のコストでマイナースポーツの特別な世界選手権は開けます。

五輪だからスポンサーがつくのであって、マイナースポーツの世界選手権に巨額の資金を提供する企業はない…そうかもしれませんが、だからといって超ボッタクリのIOCと米国が牛耳る現代オリンピックの仕組みはどこかで壊すべきです。

オリンピックの腐敗ぶりを目の当たりにしてしまうと、ボクシングはスケールが小さいだけまだマシかなとも思ってしまいます。

一晩で何十億円も稼ぐボクサーがカネロ・アルバレスにアンソニー・ジョシュアにマニー・パッキャオ、タイソン・フューリー、デオンティ・ワイルダーと5人も抱えて、ウェイティングサークルには引退したはずのフロイド・メイウェザーがこれ見よがしに素振りを繰り返しています。

確かに、ボクシング界は全体市場の凋落は決定的です。しかし、ヒーロー量産主義と公明正大のカツラを被ったオリンピックとは対極の、開き直った不平等・不公平のスーパースター個人主義です。

ああ、どっちもどっちですが、まだボクシングの方が闇は浅いですね。

闇の深さ不等式では、IOC>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>>WBAWBC IBF WBO な感じですかね。

アルファベット団体の中では、ボクシングの承認団体の悪徳性は意外なほど低いかもしれません。 
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英国ボクシングニューズ誌から。

冷たい雨が雪に変わるのか、憂鬱な日曜日の朝にお届けするのは「幻の五輪」ネタです。


The three times the Olympic Games have been cancelled before開催に至らなかった3度の五輪、そしてボクシング〜

古代オリンピックはその生い立ちからして「世界戦争」から始まった。

そもそも、オリンピックとは世界的な戦いとは切っても切り離せないイベントなのだ。
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そして、今、世界が新型コロナウィルスとの戦争に突入している。

近代五輪が中止に追い込まれた最初の大会はベルリン1916。第一次世界大戦の激化によって開催が不可能になってしまったのだ。

その20年後、1936年にベルリンは宿願の五輪開催を実現する。有名な「ヒトラー五輪」である。

それから4年後の東京1940は、史上初の欧米以外での五輪開催になるはずだったが、日中戦争の勃発で中止。

開催地はヘルシンキに変更されるが、今度は第二次世界大戦の激化で中止された。

その後、ヘルシンキは1952年、東京は1964年に悲願の五輪を開催している。

次の五輪イヤー、1944年はロンドンで決定していたが、第二次世界大戦は継続中で開催は不可能だった。それでもロンドンは1948年、12年ぶりの五輪を開催。

今回、東京2020が来年に「延期」されたことを、このときのロンドン以来と報じるメディアもあったが、ロンドンの1944→1948は「繰り越し」開催で延期ではない。

ロンドン1948は大戦の傷跡も生々しい時期で、財政も逼迫した状況下での開催で、“the Austerity Games”(緊縮五輪)として記憶されている。

ボクシングはこの幻の3大会に加えて、1912年のストックホルム五輪でも開催されなかった。当時のスェーデン政府がボクシングを禁止していたからである。

つまり、ボクシングに焦点を当てると、ロンドン1908の次の大会はアントワープ1920まで待たねばならなかった。そして、忌まわしい3度の中止に見舞われてしまったが、ずっと世界の舞台で留まり続けている。


戦争は五輪をも破壊する。モスクワ1980とロスアンゼルス1984は中止にはならなかったが地球の半分しか参加しなかったから、人類の祭典とは見なせない。

愚かな共産主義と、愚かな資本主義の祭典でしかなかった。その意味では、地球の半分にとっては中止の大会だった。

人類同士のいがみ合い、醜い戦争で幻に追い込まれた五輪は悲しい記憶しか残らない。

しかし、人類が一丸となってウィルスとの戦いに勝利を収めて五輪を取り戻すことになる、来年の東京は、未来にどんな記憶を残してくれるのだろうか。

もちろん悲しい記憶は消せないだろう、しかし、きっとそれだけではない。

世界の連帯、勝利への満足感、勇気、誇り…どんな記憶が刻まれるか、想像するだけでわくわくしてくる。



人類はその誕生の瞬間からウィルスと戦い続けてきた。

何度か厳しい戦いを強いられたこともあった。今回の敵も強大だ。

しかし、忘れてはならないことがある。

長い歴史の中で数え切れないほど繰り返されてきた人類とウィルスの戦いに於いて、人類が敗北したことはたったの1試合もない。

どんな戦いも最後は人類が必ず勝利を収めているのだ。
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今日も時差出勤。
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学校は春休み。

それでもあずかりの保育施設として一部開放。

朝の時間を利用して小さな子供たちを送り届け。

学校の先生は管理者といて付いてなきゃいけないけど、勉強は絶対教えてはいけないと厳重注意が市から通達されています。

他にも様々な禁止事項があって「緊急事態以外ではカカシでいなさい」というお達しです。

何だかなあ、です。

公務員は面倒です。私ならセーフのようですが、今度は教室に入ることが出来ません…。

休日に自宅の庭やルーフバルコニーで宿題やるのは全く問題ないとのことですが…当たり前だろ!って話です。
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