フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: 減量とは何なのか?

健康を維持しながらの減量とリバウンド。

それが理想ですが、実際には井上尚弥らが告白しているように「(脱水症状で)足が痙攣する」ことは。ボクサーの減量では珍しくありません。

適正体重は、まさに個体差があるものの典型ですから、多くの指標は絶対的な意味を持ちません。

それを踏まえながら、ざざっと「指標」を並べると…。

BMI=体重(Kg)÷(身長m)の二乗
例えば…
18.5未満 → 痩せ型
18.5~25 → 普通体重
25以上 → 肥満


標準体重(Kg)=22×(身長m)の二乗
身長150cm → 体重 49.5Kg
身長160cm → 体重 56.3Kg
身長170cm → 体重 63.6Kg 


美容体重=BMIが20となる体重。
身長150cm → 体重 45Kg
身長160cm → 体重 51.2Kg
身長170cm → 体重 58.8Kg 


モデル体重=BMIが19となる体重
身長150cm → 体重 42.8Kg
身長160cm → 体重 48.6Kg
身長170cm → 体重 54.9Kg


それでは、ここでデオンティ・ワイルダーとアンディ・ルイスJr.という、両極端なサンプルをBMIで〝診て〟みましょう。

ワイルダーは身長201㎝の長身ですがタイソン・フューリー第1戦(212.5ポンド=96.4kg)のように100kgを大きく下回る体重で計量することも珍しくありません。

一方のアンディ。身長188㎝と巨人の森では埋もれてしまう小人ですが、アンソニー・ジョシュアとのリマッチではなんと283.7ポンド=128.7kgで体重計を軋ませました。

BMIを当てはめるとワイルダーは「23.86」で、意外かもしれませんが「瘦せ型」ではなく「普通体重」なのです。
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ワイルダーは、幼い頃に川で溺れかけたところをクジラに助けられたそうです。

「信じられないなら信じなくていい。ただし!信じた方がハッピーになれるぜ!」。…おっしゃる通りです。だから私も信じてます、淡水の川にクジラがいたということを!
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ボクサーとしては「瘦せ型」に見えるワイルダーでも、BMIは適正体重とはいえ「重め」。骨皮筋男に見えても、やはり筋肉の塊です。


そして、きっと、軽量級ボクサーは「瘦せ型」だろうなと思いきや、井上尚弥で前日計量(つまりバンタムリミット)のBMIは「19.47」。

ギリギリとはいえ「適正体重」なのです。それで、減量が厳しいということは井上もまた、118ポンドの筋肉の塊ということです。

BMIをボクシングの適正体重と考えるのは愚の骨頂ですが、健康体の目安としては井上は59.9kgがど真ん中。

もし、井上がサッカー選手など無理な減量と無縁のアスリートならフェザー(126ポンド=57.15kg)〜ライト(135ポンド=61.23kg)が 最もスタミナとキレを高次元で結晶できるウエイトレンジと考えられます。

もちろん、この領域に踏み入れるということは相手のタフネスやパワーもバンタムとは桁外れになるわけですが…。
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そして、注目のルイスJr.。真打登場!です。

BMIでは適正体重77.76kgに対してなんと51.24kgオーバー。

BMIは「36.5」で「肥満3度」です↓ 。いや、今度は「肥満4度」を突破して欲しいですね、ここまできたら。
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適正体重とのギャップが+51.24kgって…フライ級より重いやん.…。

BMIで「19.47」の井上、「23.86」のワイルダー、そして「36.5」のルイスJr.が〝同居〟しているスポーツなんて、他に例はありえません。

「アンディさんが特別なだけでボクシングが特別じゃないだろ!」という声も聞こえてきますが、他のスポーツにアンディさんみたいなのは出現しません。

サッカーW杯のフィールドにあんなのが姿を現したら、スタジアムは悲鳴(歓声?)に包まれるでしょう。

ボクシングファンは普通にビールを飲みながら「バタービーンはもう少し産まれるのが遅ければ 世界王者になれたのに」と笑うだけです。
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ヘビー級の大型化は今に始まったことではありません。

ヘビー級が始まってから、ずっとこの傾向が続いています。

それが無差別級である限り、彼らは永遠に巨大化していくでしょう。



では…。



ジャック・デンプシーやロッキー・マルシアノのような、185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会はもうありえないのでしょうか?
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「アリが現代に生まれていたらクルーザー級で戦っていた」という見方は見当はずれもいいところ。アリが無差別級以外で戦うわけがない!


確かにベスト体重が185ポンドのデンプシーやマルシアノが現代に生きていたら、クルーザー級(200ポンド)で戦っていたでしょう。

それにしても良かったです!デンプシーがクルーザー級がない時代に生まれてくれて!

しかし、デンプシーやマルシアノが、2メートル/250ポンド(113kg)を超える巨人の森となってしまった現代のヘビー級に迷い込むと、多くのファンが考えるように跡形もなく粉砕されるだけなのでしょうか?


おそらく、それも思い違いです。


「現在のボクシングシーンは『17』階級だが、実際には20階級はある」という見方があります。

もちろん、「18」「19」「20」の3階級は「スーパーヘビー」「スーパー*2ヘビー」「スーパー*3ヘビー」です。

現状の「17」(ヘビー級)はもちろん「16」(クルーザー)でも小さく軽いデンプシーやマルシアノが「20」で通用するわけがない…これは一見、正論に聞こえてきます。

デンプシーやマルシアノがそのフレームだけなら「Boxing−20」はおろか「17」のクラスの住民票すら持っていないことは誰にだってわかります。

マイケル・スピンクスやイベンダー・ホリフィールドは「17」の通行手形を手に入れましたが、そこで待ち構えていたのは「18」「19」「20」の洗礼でした。

体重85kgは、そもそもがクルーザー級(90.7kg)にすら10ポンド以上もショートしているわけですから、そんな才能がもしいたとしてもヘビー級に挑戦することは常識ではありえません。


そう、normal(日常)では。


しかし、ボクシングはパンデミック以前からabnormal(非日常)の世界です。

そして、私たちはすでに〝85kgでヘビー級を無双する〟レベルの現実をついこの間まで、目の当たりにしていたのです。

もしも、彼らのような傑出した才能が185ポンドなら、躊躇なく無差別級に挑んだことでしょう。

185ポンド(84kg)の世界ヘビー級チャンピオンを私たちが目撃する機会は、十分ありえます。



世界的にも「ヘビー級回帰」が顕著な時期です。いろいろな持ち札から〝85kgでヘビー級を無双する〟を考えていきます。
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現在のPFPキングはカネロ・アルバレスです。

井上尚弥をPFP1位とする boxing scene.com など素っ頓狂なカルト・メディアも一部存在しますが、カネロ1位が世界の共通認識です。

しかし、私もそうですが素直に受け止めることは出来ません。 

その理由は、公平であるはずのスポーツの試合に自分が有利になるようなキャッチウェイト等の奇天烈で見苦しい手枷足枷を、立場の弱い対戦相手に飲ませるからです。

階級性のボクシングでは「どの体重でやるのか」は勝敗に直結する重要問題です。

なぜ、井上尚弥は約10kgもの過酷な減量をして、わざわざ層が薄く人気もないバンタム級で戦うのか?

ヘビー級を制覇することが最も注目され、歴史的な評価も得られるのにどうしてマニー・パッキャオはそこに足を踏み入れないのか?

理由はたった一つです。 


リング誌電子版のDOUGIE’S MONDAY MAILBAGから「WEIGHT CLAUSES(体重契約)について考える」を拙訳、ご紹介です。


Qマニー・パッキャオとの第2戦でエリック・モラレスは過酷な減量に疲弊していた。あの試合の契約には、何らかの形で体重の項目が盛り込まれていたのではないか?

パッキャオの歴史的な勝利には、キャッチウェイトによって相手の戦力を減退させた裏側がある。

パッキャオvsモラレス2の事実と、過去にあった体重契約について教えて欲しい。

〜マイク @ソルトレイクシティ

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Aパッキャオvsモラレス第二戦に体重契約はなかった。第一戦と同じ純粋な130ポンド、ジュニアライト級の試合だった。 

確かに、計量時のモラレスは脱水状態だったように見えた。ただし、それは El Terrible(恐怖の男)にとってはいつものこと。

ジュニアフェザー級で戦っていた20代でも、彼が健康な状態で計量に臨んだことはなかった。いつも減量に疲れていた。

 It’s not like Pacquiao demanded that he fight at a catchweight or limit how much weight he could put on following the weigh-in. 

パッキャオがモラレスにキャッチウェイトや、計量後のリバウンド制限などの体重契約を飲ませた事実はない。

それどころか、モラレスとの初戦ではパックマンが愛してやまないレイジェスのグローブを付けることも許されない契約だったのだ。

パッキャオは最初からAサイドだったのではない。彼がAサイド(ダークサイド?)に回ったのは、2008年にオスカー・デラホーヤを破ってから。

「キャッチウェイトでタイトルを懸けるのはおかしい」と拒むコミゲール・コットにリミットを2ポンド下回る145ポンドを無理やり飲ませた。

アントニオ・マルガリートと争った空位のWBCジュニアミドル級では4ポンドも少ない150ポンド契約だった。ちなみに二人とも「ジュニアミドルでは一度も戦ったことがない」という「これぞWBC」というタイトルマッチでもあった。

そして、あれほどキャッチウェイトを唾棄していたコットはセルヒオ・マルチネス、ダニエル・ギールにミドル級リミットを下回るキャッチウェイトを突きつけ、当日のリバウンド制限まで契約に盛り込んだ。

カネロ・アルバレスとの試合では、カネロが要求したもので、ミドル級リミットを5ポンドも下回るご存知のカネロ・ウェイト(155ポンド)で戦ったが、それはコットにとっても心地良い重さだった。

大きな違和感を覚えたのは、ミドル級タイトル戦(160)をカネロ級155ポンドで見せられたファンだ。

フロイド・メイウェザーはそれまで135ポンドまでしか戦った経験のないファン・マヌエル・マルケスに144ポンドのキャッチウェイトでは珍しい大増量を受け入れさせた。さらに、自らは60万ドルの罰金まで払って146ポンドにビルドアップしてリングに上がった。

これを卑劣と呼ばないなら、何を卑劣と呼ぶのだろうか。

メイウェザーはカネロとのリング誌/WBC/WBAのタイトルを懸けたジュニアミドル級戦でも152ポンドを飲ませた。

体重契約は、本来なら実現が難しいメガファイトの〝免罪符〟ではない。Aサイドのスーパースターが立場の弱い相手に突きつける、悪魔の所業だ。

リングの中でなく、観客の見えない場所で対戦相手を痛めつける卑劣な契約だ。

バーナード・ホプキンスはオスカー・デラホーヤとのミドル級完全統一戦で157ポンドのキャッチウェイトを快諾「ミドル級がそんなに怖いなら156にしてあげようか?」と挑発した。

シュガー・レイ・レナードはもはや犯罪的だった。ライトヘビー級のドニー・ラロンデにスーパーミドル級の168ポンドを飲ませて、1試合で二つのタイトルを手にいれた。あれが許されるなら「デビュー戦で17階級制覇」もありになる。 

カネロは直近のコバレフ戦では「キャッチウェイトではない」と公言しながら、当日のリバウンド制限を設定した。

しかも、あのときのコバレフは劣化版であるばかりか、個人的な訴訟問題が深刻化、とてもリングに集中出来る状況ではなかった。そして、その情報をカネロ陣営は我々よりも詳細に把握していたはずだ。
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キャッチウェイトであったことを忘れがちになるのは、その試合が議論を呼ぶ判定になったときだろう。キャッチウェイトと不可解な判定は、Aサイドお得意のAセットでもある。

パーネル・ウイテカーvsフリオ・セサール・チャベスのWBCウェルター級戦は145ポンド、トーマス・ハーンズvsシュガー・レイ・レナード第二戦のWBO/WBCスーパーミドル級団体統一戦は164ポンドのキャッチウェイトで行われ、いずれもBサイドが優勢の内容だったが結果は引き分け。

あのとき、ハーンズは162ポンド1/2、レナードは160ポンドを作ったが、ミドル級(160ポンド)でやれば良かったんじゃないのか?あまりにも倒錯しすぎている。

レナードはロベルト・デュランとの第三戦でも162ポンドのキャッチウェイトでWBCスーパーミドル級タイトルマッチを行ったが、これは両者にメリットがある体重だった。とはいえ、168ポンドのスーパーミドル級を162ポンドで無理やり行う意味は誰にも理解できない。

もし、1989年前後にもインターネットが発達していたら、レナードは今以上の悪者にされて、あれほどあからさまなキャッチウェイトや1試合2階級制覇などの狂乱行為は出来なかったかもしれない。

ただ、ボクシングの世界では不平等や不条理が当たり前に横行している。その中でパッキャオやホプキンスは、完全BサイドでありながらAサイドをひっくり返したから意味がある。

ましてや、時代のことを言い出したらキリがない。

レナードは今週(日本時間5月18日)、誕生日を迎えて64歳になった。

モントリオールで米国に金メダルを持ち帰り、プロでも素晴らしいパフォーマンスを披露したレナードは多くの米国人にとって今なおアイドルだ。

最後のボクシングヒーローと言っても良いかもしれない。

それは私にとっても変わらない。

おめでとう、レナード。
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ファイティング原田、ガッツ石松、長谷川穂積、井上尚弥…日本ボクシング史上を彩ってきたスター選手の多くが、減量の過酷さを口にして来ました。
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記憶に新しい長谷川や井上は、減量の影響で試合中に足が痙攣してしまう緊急事態も何度か経験しています。

井上がドネアのパンチを頬骨に受けた衝撃で右目上が裂けたというのも、厳しい減量による皮膚の薄化・皮下脂肪の減少が影響しているのかもしれません。

輪島功一は「減量が厳しいなんて自慢しちゃいけない。だったら上のクラスでやりゃいいんだから。どうして上でやらないの?上の方が強いから、負けるからでしょ」と皮肉っていました。

確かに、パックメイらを例外にして、減量はより弱い相手と戦うために自分も弱体化する矛盾した行為です。

この矛盾が肥大化すると、比嘉大吾やジェイミー・マクドネルのように体重超過・重病人状態という破滅を迎えてしまいます。

輪島の言うように「減量が厳しい」と口にすることは悪印象です。

しかし、あらゆる減量は弱者の言い訳・逃げ道でしかないのでしょうか?

ウンベルト・ゴンザレスらの対戦要求を拒否してストロー級にしがみついたリカルド・ロペスは、小心者の弱者だったのでしょうか?

軽量級ではありえない〝PFPパラダイス〟となったジュニアバンタム級を減量苦を理由に去った井上は卑怯な逃亡者なのでしょうか?

減量苦がほとんどなかったロペスと、常に過酷な減量と向き合っている井上を同列に語るのは違和感があるかもしれませんが、2人は絶対的な強さではなく、相対的な強さ、自分が最も傑出できる階級で戦おうとしていたことでは共通しているかもしれません。

絶対的強さはヘビー級は当然として、やフリオ・セサール・チャベス、シュガー・レイ・レナード、カネロ・アルバレスら無茶な減量をしないスーパースターが挙げられます。

日本の内山高志も過酷な減量とは無縁に自分のフレームにあった絶対的な強さを求めた一人です。

※相対的にも絶対的にも強さを求めず、ひたすらカネと栄光だけを貪るパックメイのようなケースもありますが、彼らは特殊過ぎるサンプルです。

表層的に最もカッコいいのはパックメイです。明らかに適正階級より重いにもかかわらず、注目度・報酬の高いウェルター級を主戦場とする彼らは浅ましいまでにカネと栄光の亡者ですが、あそこまで割り切った姿勢には逆に清々しさまで感じます。

骨や肉を削るような減量はしないで、当然リバウンド・アドバンテージも少ないにもかかわらずパワーボクシングを魅せた内山もカッコいい、です。

では、過酷な減量とリバウンドを効率良くミックスさせる術に長けた井上や井岡は、弱い階級で弱い相手を求めるために自らも弱体化させているカッコ悪いボクサーなのでしょうか?

当日計量時代の減量は、弱体化を最小限に抑えて健康的に体重を落とすことだけが課題でした。

そして、前日計量の現行ルール下では健康的にリバウンドすることも重要な戦略になっています。

長谷川や井岡、井上らはこの減量とリバウンドで卓越したマネジメント能力を発揮、井岡はストロー級時代から変わらぬパフォーマンスをキープ、長谷川と井上は「別の階級のパンチ力」と驚かれるパワーを見せつけました。

減量とリバウンドを器用に操る彼らを卑屈と片付けることは簡単ですが、ルイス・ネリのようにルールを逸脱して強さを発揮したわけではありません。

ルールを最大限に利用し、最高のパフォーマンスを見せる彼らは、プロの鑑とは言えないでしょうか?

適正階級をオーバーしたウェルター級で退屈な12ラウンドを排泄し続けたメイは下の階級では眼を見張るエキサイティングなボクサーでした。

内山が過酷な減量をくぐり抜けてジュニアフェザーやバンタム級で戦っていたなら、誰も見たことがない爆発的な光景を私たちに何度も提供してくれていたのではないでしょうか?

逆に長谷川や井上がナチュラルウェートに近いジュニアライトやライト級で戦っていたら、あの出色のパフォーマンスはありえなかったと考えるのは間違っているでしょうか。

より弱い相手を求めて自分も弱体化するのが減量ですが、その匙加減こそが重要で、比嘉のように弱い相手を求めて自分が病人状態までに衰弱するのはお笑い種です。

井上や井岡のように相手と自分の弱体化を絶妙のバランスでマネジメントすること、必ず一発でクリアすること、それこそが減量のキモです。

隅々まで知り尽くした小さな港湾でしかセール出来ないヨット乗りを馬鹿にするのは、彼のセーリングを見てからでも遅くはありません。

もちろん、小さなヨットで遠洋に悠々と漕ぎ出すパッキャオがカッコいいのは誰にでも分かります。
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「クルーザー級に落とすのは簡単」と前例のない〝逆2階級制覇〟に興味を見せたデオンティ・ワイルダー に覚えた違和感は「複数階級制覇なんて所詮はヘビー級で戦えないファイターの詭弁」と、誰もがわかっているからです。

しかし、だからといって過酷な減量によって発揮する相対的ながら圧倒的な強さを欺瞞だと決めつけることができるでしょうか?
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ファン・ゴッホです。

ファン・マヌエル・マルケスでもファン・フランシスコ・エストラーダでもありません。

37歳で自ら命を絶ったゴッホの絵は「赤い葡萄畑」の一枚しか売れませんでした(「一枚も売れなかった」「晩年は評価が高まり高額で何枚かが売れた」など諸説あり)。
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いずれにしても生前のゴッホは正当な評価を得ることができませんでした。

しかし、誰もが知っているように死後、その評価は急騰します。

もし、絵画の歴代PFPがあればゴッホがそのNo.1候補であることは疑うべくもありません。

 

「木村政彦はなぜ力道山を殺さなかったのか」(増田俊也)は素晴らしい作品ですが、ノンフィクションでもドキュメンタリーでもありません。

しかし、木村政彦が強かったことは事実であり真実です。

MMAが登場するまで「最強の格闘技は何か?」は想像でしか語ることができませんでした。

「当たり前にボクシング」「足技もあるキックが最強」「力士が一番強い」「いやプロレスラーが一番強い」…。

しかし「柔道以前の柔術」がMMAに最も近いメソッドを持っていることなどの御託・理屈を並べなくとも、柔道が相当に強い格闘技であることは自明でした。

常識的に考えると、前田日明さんや高田延彦さんのような真剣勝負を一度も経験しなかったプロレスラーが強いわけなどないのですが、MMA前夜はそんな夢を見ることもできました。

高田さんは自著で「真剣勝負しかしてこなかったヒクソンのオーラに、一度もそれを経験していない自分では実力以前の問題だった」と告白し、前田さんはついにガチの勝負には一度も上がる勇気を示すことなく「カレリンから初めてエスケープを奪った男と書いてください」という恥晒しの迷言を残して虚飾のリングから退場しました。

全盛期の木村と全盛期(力士時代?)の力道山が戦えば、MMA的には不適格な大相撲ですらトップで通用しなかった力道山では勝ち目は無かったでしょう。

衰えた肉体と精神で、あの仕組まれた試合に挑み、惨敗した木村は「負け犬」として扱われ続けてきました。そして「プロレスが強い」という幻想の論拠にもなってきました。
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ゴッホや木村政彦を見るまでもなく、その時代で本質を見抜くのは至難の技です。

「あの頃は頭の悪い時代だったから」「今なら正確に評価できる」なんて笑い飛ばせるでしょうか?


マイク・タイソンやロイ・ジョーンズが史上最高の俎上に挙げられても、彼らが全盛期の時代では「弱い相手に圧勝してるだけ」という正当な意見は封殺されがちでした。

今、私たちや那須川天心さんらが高く評価しているフロイド・メイウェザーや、リング誌までもが再評価を進めているマニー・パッキャオは20年後、30年後も今と同じ評価を得ているのでしょうか。

それとも「パックメイは最も強い相手(つまりお互いの全盛期)と戦わなかった」愚かなボクサーとして記憶されているのでしょうか。

もしかしたら、タイソンやジョーンズを評価した過去を私たちが笑ったように、何十年か後には私たちもまた未来から嘲笑れているのかもしれません。
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階級制スポーツの大前提である減量。

「より弱い相手を求めて自分を弱体化させる」 という倒錯的な行為、減量。

ほぼナチュラルウェイトの村田諒太が世界的な人気階級で戦うのは理解できます。

しかし、井上尚弥に代表されるように多くのボクサーがキャンプインから15kgレベルも減量し、足が痙攣したり骨密度の低下から拳などの怪我も負ってしまうリスクまで犯して肉と骨を削るのはどうしてでしょうか?
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減量は階級制スポーツに付き物で、過酷な自分との戦いです。

だからといって、体重超過が許されるわけがありません。減量が辛いのなら、上のクラスで戦えばいいだけです。

それにしても、21世紀になってから計量でリミットをオーバーする「事件」が目に余るようになっています。 

体重超過はプロフェッショナルであるならあるまじき行為で、不可抗力による「事故」性よりも、醜悪な打算により故意が感じられる、つまり〝犯人〟がいる〝犯罪行為〟「事件」です。

他のスポーツなら試合に臨む条件を満たさなかった時点で、その選手は出場できません。

団体スポーツならチームぐるみの〝犯罪行為〟でない限り代替選手でカバーできますが、プロボクシングは個人競技でメインイベントを核とした興行ビジネスです。

体重超過が起きた場合は、当該選手から報酬の一部を没収・対戦相手に支払う「罰金」形式で試合を敢行してしまうケースが殆どです。

先日のオスカル・バルデス戦のように、前日計量後に対戦相手が見つけることが出来たケース極めてレアす。

体重超過が目立つのは、日本だけでもなく世界的な傾向です。

この原因が、厳しい罰則がないことにあるのは明らかです。もっと正確に言うと「罰則がない」のではなく「罰則を課すことができない」のです。

プロボクシングは各国(米国などでは各州)のコミッションが統括していますが、世界的な統括団体は存在しません。

日本ボクシングコミッションがルイス・ネリを永久追放しても、それは日本限定。WBCも一時は「承認試合には無期限出場停止」としましたが、WBCなどの団体は承認団体に過ぎずライセンスの発行・停止を担っている統括団体ではありません。

2018年3月に日本から追放されたネリは7ヶ月後の10月にWBCシルバーのタイトルマッチに出場、12月にも1試合を何もメキシコで戦いました。JBCから追放された年内で2試合もリングに上がっているのです。

もちろんJBCの処分は間違っていませんが、世界的に追放・罰則の効果は全くないのです。

「体重超過やドーピング、もっと酷いボクサーも数え切れないくらいいるのにどうして日本だけそんなにムキになってるのか理解できない」というネリの動揺にまともな反論を唱えることが出来るでしょうか。

昨年3月の山中慎介との再戦当時は「この試合は中止すべき」という主張はメディアでもファンの間でも少数意見でした。

そして結果論ではなく、もしあの試合が真逆の結果、山中が圧倒するKO勝利だったなら、ネリに対する日本のボクシングファンの憎悪はここまで燃え盛ることはなかったでしょう。

まず、お断りしておきたいのは ①JBCの処置は「効果」はありませんが、日本の立場を鮮明にするという「意味」は十分にある正しい判断でした。

そして ②体重超過の選手はリングに上がらせてはいけません。プロ失格なのですから、プロのリングに上がる資格がありません。罰金を支払うのは当然で、キャリアにも「不戦敗」を付けるべきです。

しかし、少なくとも世界的な潮流はそうはならないでしょう。

そして、もしかしたら体重超過の選手に恩赦を与えて戦い、勝利したボクサーを、私たちは「勇敢な英雄」と見てしまうのではないでしょうか。

そして、前日計量で7ポンドも開きがあったマニー・パッキャオvsアントニオ・マルガリートのような倒錯的な試合は素知らぬ顔で楽しむのでしょう。


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▶︎1974年10月18日、WBA世界フライ級タイトルマッチ。

王者チャチャイ・チオノイが当日計量で1.6kgオーバーで、秤の上で失ったベルトを失います。花形進が6ラウンドKO勝利を収めて悲願の世界タイトル奪取。


▶︎1998年9月22日、WBA世界フェザー級タイトルマッチ。

王者フレディ・ノーウッドが 8kg 体重超過でタイトル剥奪。松本好二が勝てば新王者誕生でしたが、10ラウンドTKOに散ります。


>>>>>>20世紀に日本人が戦った世界戦で起きた「事件」はこの二つだけ(勉強不足な低脳が二日酔いで書いてるもので…他にお識りの方はご教授下さい)でしたが、21世紀になると噴出してしまいます。


パンドラの箱を開けたのは誰なのか。パンドラの箱とは何なのか…。


▶︎▶︎2004年7月3日、WBA世界ストロー級タイトルマッチ。

王者アラン・ノエルブレットが 0.3kg のオーバー。新井田豊が12ラウンド判定勝ちでタイトル奪取、王座返り咲きに成功しました。


▶︎▶︎2006年10月9日、WBC世界ジュニアフライ級タイトルマッチ。

暫定王者ワンディー・シンワンチャーが1.2kgもオーバー。嘉陽宗嗣は0−3の判定負け。


▶︎▶︎2007年3月19日、WBA世界フライ級タイトルマッチ。

王者ロレンソ・パーラが2.1kgもオーバー。

挑戦者・坂田健史とパーラは3度目の対決で、過去2戦はいずれもMDの惜敗だったが、3ラウンドTKOで世界王者に。

そういえば、坂田も所属した協栄ジムが「活動休止か?」というニュースが飛び込んできましたが、ジムの経営が厳しいのはどこも同じ、難しいですね…。


▶︎▶︎2013年12月3日、IBF/WBA世界ジュニアバンタム級タイトルマッチ。

IBF王者・亀田大毅とWBA王者リボリオ・ソリスの2団体統一戦。1.1kgオーバーしたソリスが試合当日までも大きくリバウンド、12ラウンドを支配してUD。

ソリスの体重超過とリバウンドを許した犯罪的な運営に、負けた大毅が「タイトル保持」と表明したIBF。プロボクシングがいかに堕落したスポーツかを日本中に知らしめてしまった唾棄すべき試合でしたが、大毅には一片の罪もありません。この試合に限れば彼は間違いなく被害者でした。


▶︎▶︎2015年5月1日、WBO世界ライト級タイトルマッチ。

テレンス・クロフォードが返上した王座を粟生隆寛がレイムンド・ベルトランと争いましたが、ベルトランは0.2kgの超過。粟生が勝ったときのみ新王者誕生でしたが、2ラウンドKO負け。

ベルトランはドーピングも発覚、試合は無効試合となりました。しかし、ベルトランは今年6月(IBF世界ライト級王者リチャード・コミー戦)でも0.82kgの体重超過を犯しています。試合は8ラウンドKOでコミーが勝ったから良かったものの…いやいや良くはありません、厳格なペナルティを課すべきです。


▶︎▶︎2017年4月23日、 WBO世界バンタム級タイトルマッチ。

王者マーロン・タパレスが 0.8kg オーバーで2時間の猶予を与えれれるも最軽量はまさかの0.9kg。何をしてたんだ?タパレス…。

挑戦者の大森将平は11ラウンドTKOに敗れて、王者獲得ならず。

そういえばタパレス、明日は岩佐亮佑とIBFジュニアフェザー級の暫定王者決定戦に出場。計量は1発クリアしたようで、とりあえず安心…。

WBCミドル級王者ジャーマル・チャーロのイベントでセミファイナル、ニューヨークのバークレイズセンターのリングに岩佐が上がるわけです。素晴らしい!

日本人がバークレイズセンターで世界戦を戦うのは初めてかもしれません。


▶︎▶︎2017年5月20日、 WBC世界フライ級タイトルマッチ。

0.2kg オーバーした王者ファン・エルナンデスを比嘉大吾が6ラウンドで粉砕。この日は比嘉が被害者でした。


▶︎▶︎2018年3月1日、WBC世界バンタム級タイトルマッチ。

ルイス・ネリが1.3 kgも超過。

「ふざけるな!」。計量会場に響いた温厚な山中慎介の怒声は日本のボクシングファンの総意でした。

そして、私たちの多くは「神の左で悪魔のネリを叩きのめしてくれ!」と願ってしまったことも忘れてはなりません。

しかし、あの日、あのときに戻れるとして私たちはあの試合を中止することが出来たでしょうか?


▶︎▶︎2018年4月15日、WBC世界フライ級タイトルマッチ。

比嘉の馬鹿者が!0.9kgオーバーで秤の上でタイトルを失うという最低最悪の姿を晒します。

どんな惨敗をしようが、それが勝負の世界です。精一杯戦ったなら、恥じることなど何もありません。しかし、戦わずして敗れるのは論外です。

新王者クリストファー・ロサスが「減量がキツイのは良く理解できる。比嘉には再起してほしい」という気遣いすら比嘉にはもったいない言葉です。

減量に負けるくらいなら、上の階級で負けろ!
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今日の大手新聞朝刊で大きく取り上げられた「読解力 続落 日本15位」。

世界79の国と地域で15歳を対象に経済開発協力機構(OECD)が3年ごとに実施している学習到達度調査(PISA)の結果で、2018年の結果は「読解力」が前回よりも12点低い504点と伸び悩み、前回8位から大きく順位を落としてしまいました。

最初にお断りしておくと、OECDとかPISAとかアルファベットを並べた団体や呼称にはロクなものがありません。

私の嫌いな団体よりも文字数が一つ多い4文字のようですが、所詮はアルファベット団体です。

こんなアルファベット団体ごときの「12点低いのは誤差の範囲ではなく理由のある低下」という指摘を真に受けてガッカリする必要など全くありません。

PISAは2000年から実施されているのですが、日本は第2回となる03年の結果でも「読解力」が急落。教育現場では「PISAショック」と深刻に受け止められ、文部科学省が「ゆとり教育」から大きく方向転換するきっかけになっていました。

文明崩壊についての資料から読解力を問う出題は悪ふざけとしか思えません。あんな問題で読解力など測れるわけもなく、模範解答も酷いものでした。

そもそも「読解力」とは何か?「強さ」とは何か?、にもつながる命題です。

読解力が第三者である採点者に評価が委ねられる限り「自分がどれほど理解しているか」ではなく「理解していることを採点者にいかに有効に伝えられるか」であることは当然です。

その採点者がOECDのように程度の低い場合は受験者の不幸ですが。

もちろん「理解していることを採点者に有効に伝えられる」ことが「しっかり理解していること」とほぼイコールであるのも明らかです。
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しかし、それはつまり「第三者にわかりやすく説明できる」ことば巧みな人が高得点を上げる一方で、「自分でもよくわからないけど感覚的には深く理解し実践も出来る」天才は低い点数に甘んじることになります。

前者は評論家であり、後者は芸術家やアスリートです。

優れた評論家を育成するようなテストは不要とは言いませんが、そればっかりでは未来は真っ暗です。

ちなみに今回のトップは「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の三部門とも北京・上海など中国都市部が独占。

三部門ともトップ3までがアジアで、トップ10まで広げてみてもアジアの強さが際立っています。この傾向は、PISAが始まってから変わりません。

シンガポール、マカオ、香港、台湾、韓国、日本…秀才教育に熱心な国々が上位に並んでいるのを見れば、PISAの輪郭がよく見えてきます。

さぞかし、立派な評論家が育つことでしょう。

PISAは馬鹿試験ですが、その結果を受けて教育方針がグラグラする国はもっと馬鹿です。
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>ちょっと内容とズレますけど、制限されたルールで戦うから面白いと思います。ボクシングに限らず、グレコや競歩など何でもです。

 GGG 2019年12月02日 10:09 


ご指摘のグレコローマンは「下半身を攻防につかってはいけない」という制限があり、競歩も「走ってはいけない」というルールに縛られています。


そして、どちらも〝様式美〟を追求したスポーツです。

「手を使ってはいけない」サッカーは、ドリブル時などでよりグランドに近い視野が確保される身長の低い選手にも活躍の可能性が十分にあります。

もちろん、長身選手も空中戦やキーパーとして大きなアドバンテージを得ることができます。

サッカーが世界的に飛び抜けて人気の高いスポーツになりえたのはそのわかりやすいルールだけではなく、どんな体型にも開放された広い門戸もその理由の一端でしょう。


そして、ボクシングも「二つの拳、それもナックルパートだけを使って戦う」のがルールです。


確かに、二つの拳しか使えない制限がより自由な発想にあふれた宇宙を提供してくれていることは間違いありません。




>もしボクシングに階級という概念がなかったら技術的な進歩が今より遅れて大味でつまらなくてテレビ中継もされないマイナー以下の何かになっていたと思います。


現代ボクシングの先駆者と言われたシュガー・レイ・ロビンソンのように、ボクシングの教科書と称されたリカルド・ロペスのように、マイク・タイソンのスタイルに影響を与えたファイティング原田のように、ヘビー級ではない偉大な男達が磨いた技術が継承されていくからこそ、全体のレベルが底上げされて見応えのあるスポーツとして成り立っていることを忘れてはいけないと僕は思うのです。

ろまふきん 2019年12月02日 17:12

 

では…大相撲にも階級があれば、さらに奥深い世界が広がっていたでしょうか?

「大相撲・軽量級で炎鵬が朝青龍と白鵬が持つ7場所連続優勝記録を8に更新!」…そんなニュースに沸き立つ未来が待っていたら?

炎鵬の相撲には重量級にないスピードとヒラメキ、工夫が散りばめられているのは確かですが…。


相撲に階級制が導入されると、軽量級で待望の日本人横綱が続々と誕生するでしょう…めでたしめでたし?


大相撲はルール化されていない〝横綱の品格〟など曖昧な様式美が求められる、スポーツというよりも伝統芸能に近い世界で、どんなに大型化が進もうが階級制を取り入れるような優柔も不断もありません。

ああ、そういえば、この話は平昌五輪のフギュアスケートなどで書きかけでしたね…。

「強さとは何か?」。

もしかしたら、その答えが「強さ」と対極にあるようにしか見えない「様式美」にあるとしたら…? 

「アクターズ・スタジオのメソッドよりも、歌舞伎や能の伝統芸能の中にこそ演技の本質がある」というのは、あながち否定することはできない真理です。

ボクシングのPFPは妄想ですが、あれこそ「様式美」の究極でしょう。

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PFPの尺度は「本当に強いかどうか」ではなく「本当に強く見えるかどうか」です。

「PFPを考えるときに最も敬遠されるのは強くないボクサーではなく、美しくないボクサー」(バート・シュガー)なのです。

レオ・サンタクルスはPFP10傑に数えられたこともありましたが、あのスタイルでは1位になるにはロマチェンコやクロフォードと同じことをやっても無理です。

アンディ・ルイスJr.がヘビー級を完全統一したらPFP入りでしょうが、あの体型では1位の座はやはりカネロや井上と同じことをやっていては遥かに遠いと言わざるをえません。

それにしても、様式美とはなんと厄介なものでしょうか。

「強さ」が教科書の延長にあるわけがなく、サンタクルスやルイスJr.のような「異質」こそが「強さ」であるにもかかわらず、ボクシング界はもちろんスポーツ界、それどころかあらゆる世界で「異端」は公平な評価を得られないままです。

「強さ」とは何なのか?

減量という卑屈なアプローチを取る小さなボクサーでも誰もが認める「様式美」が認められたなら、それはすなわち「強さ」なのでしょうか?

パックメイのようにヘビー級では戦えない小さな肉体でも、減量という卑屈におもねることなく、人気クラスに殴り込む「才能」が「強さ」なのでしょうか?

しかし「様式美」や「才能」がどんなに偉そうな御託を並べても、ヘビー級のリアルを前にしては、脳内対決以外では勝ち目はありません。

それならば…究極の強さとは「様式美」と「才能」が結晶したヘビー級なのでしょうか?

「それこそがモハメド・アリだ」というのは一つの考え方ですが、ここで俎上にあげたいのは「唯物的な強さが本当の強さか?」ということです。

白兵戦で有効な格闘技を熟知し、相手の動脈を噛み切る術を習得した兵士が最も「唯物的に最も強い」というのは当然です。

ただ、それが「本当の強さ」であるなら、私たちが見ているボクサーはもちろんMMAファイターも最強ではありません。

彼らは目潰しや急所攻撃どころか、動脈嚙み切りの技術ですらど素人で手首や足首、首のガードもザルディフェンスなのですから。

「本当の強さ」とは何か?

ルールや階級に保護された「本当の強さ」など存在するのでしょうか?

「本当の強さ」。それは、脳内にしかない幻想に過ぎないのでしょうか?
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>デービスと井上の身長はほぼ同じで、お互いが60㎏の状態で戦ったら恐らくデービスが勝ちますよね? 
「強さ」って何なんでしょうか? 
2019-12-01 15:18:00 あ、あぁん。220.144.13.186


細分化された階級制と、それに伴う減量という「格闘技にもかかわらず自身を弱体化してより弱い相手を求める」錯乱的な行為。

そこを踏まえると、ボクシングにおける「強さ」の絶対的な答えは、明らかです。


>やはり無差別級であるヘビー級は強い! ロイ・ジョーンズでさえ 本格的ヘビー級とはやらず 下から上げて成功したのはホリフィールドくらいでしょうか、、、パッキャオでさえミドル級には挑戦しません 
2019-12-01 22:11:54 返信編集ボロカブ 203.165.241.124


階級性など、とどのつまりは小さくて弱い奴らの逃げ口上でしかありません。 

誤解を恐れずにいうと(こういう表現こそが匿名ブログの卑怯な逃げ口上ですが)そういうイベントがあっていいと思います。

平等について歪曲した解釈しかできない欧米では無理ですが「全日本柔道選手権大会」のような無差別級日本一を決める大会があれば、どれだけ面白いことでしょうか。

何より、柔道のように世界に日本の戦う姿勢を示すことができます。

VADAの創始者グループらは「全日本柔道選手権大会のような発想はクレイジー」と批判的ですが、格闘技は本質的にクレージーです。スポーツなんかじゃありません。

もちろん、打撃系格闘技のボクシングは体重による優劣が明白で、肉体的ダメージも柔道よりも深刻になるケースが多いことから「井上尚弥が藤本京太郎を封じ込めて無差別日本一!」なんて事態は起こりえません。

現実として「無差別級の京太郎が日本一強いボクサー」という仮説は普通に成り立ちます。

もちろん「ヘビー級が最もレベルが低い」という日本の特殊な環境を考慮すると、相当に高い確率で「やはり日本では特殊な村田諒太」が京太郎をノックアウトするでしょう。

それでも、それは「ヘビー級だけど特別にレベルが低い京太郎」が「ミドル級だけど特別にレベルが高い村田」に粉砕されると言うだけの話であって「無差別級=最強」という方程式が崩壊するわけではありません。

強さとは何なのか?

「唯物的な強さ」がその答えだとしたら、そもそも「強さとは何なのか?」なんて問いかけなど必要ありません。それなら、答えは誰にだってわかります。

「唯物的な強さ」を超越する「強さ」があるとしたら?

モハメド・アリやマニー・パッキャオが大盤振る舞いした「勇気」でしょうか?
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それとも、フロイド・メイウェザーや亀田一家がコップの中に巻き起こした嵐、それが嫌悪だろうが軽蔑だろうが世間の耳目を向けさせる「エンタテイメント」でしょうか。

しかし、「唯物的な強さ」を前にしてしまうと「勇気」も「エンタテイメント」も、それこそ茶番にしか思えません。 

PFPなんて概念は、それこそ「逃げ口上」の典型、常套句です。

アリの時代に The Greatest は 「世界最強の男」と訳され、寸分の違和感なく受け入れられていました。

しかし、今は違います。

柔道選手からMMAに転向してすぐにスターになったロンダ・ラウジーが「こっちのルールなら60秒でメイウェザーをタップさせる」と豪語して、それをボクシング関係者も否定出来ない時代です。

ボクシングは「唯物的な強さ」で世界最強の格闘技ではありません。 

それを言い出すと「MMAも細かいルールがある。単純に相手の息を止めるための軍隊格闘技、急所への攻撃や目潰し、動脈噛みつきがアリなら、それを習得した兵士が一番強いことになるが、そんなことで決める最強を誰が見たいのか」 (海兵隊WBOジュニアライト級王者ジャメル・ヘリング)ということになります。

着地点を考えていない、お話の始まりです。

そもそも、こんな問いに納得出来る答えなどあるのでしょうか?

「バガボンド」(井上雄彦)の世界へ突入しそうです…。 
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減量とは何なのか?

階級性のないサッカーや野球でも体のキレを増すために体重を絞ります。軽量化がスピードとスタミナに直結するマラソンでは体重管理は完全に調整の一環です。

では、ボクシグでは?

ヘビー級の選手、デオンティ・ワイルダーらは対戦相手によってスピードとパワーのどちらを優先させるかで減量と増量の二刀を使い分けます。

ヘビー級ではありませんが、マニー・パッキャオは基本的に減量はせず、増量して試合に臨むこともあります。

しかし、ヘビー級とパッキャオは例外です。

他のすべての選手にとって、減量とは「より弱い相手と戦うための手段」です。

「減量による脆弱化を最小限に抑える」「前日計量から一気にリバウンドしてリングイン」が減量の2大テーマです。
2017年選手前日当日増加増加率
4月23日井岡一翔50.8kg56.6kg5.8kg11.42%
8月15日山中慎介53.5kg58.2kg4.7kg8.79%
8月15日ルイス・ネリ53.5kg58.6kg5.1kg9.53%
10月22日比嘉大吾50.7kg54.2kg3.5kg6.90%
10月22日村田諒太72.5kg77.1kg4.6kg6.34%
12月31日京口紘人47.5kg51.5kg4.0kg8.42%
12月31日カルロス・ブイドラゴ47.1kg55.0kg7.9kg16.77%
      
2018年選手前日当日増加増加率
5月25日井上尚弥53.5kg59.5kg6.0kg11.21%
5月25日ジェイミー・マクドネル53.5kg65.3kg12.0kg22.42%
10月7日井上尚弥53.5kg58.5kg5.0kg9.35%
卓越した減量メソッドを確立している井上尚弥と井岡一翔が、大きな実績を残しているのは偶然ではありません。

彼らはリング内で優れたボクサーであることはもちろん、減量においてもライバルたちよりも優れているのです。

「8〜13%が狙い目、個体差はあるが10〜12%リバウンド が理想」(ビクター・コンテ)というリバウンド理想において、井上と井岡は傑出しています。

一方で、6%前後のリバウンドで収めている村田諒太はジュニアミドルでも戦えそうです。 

オスカル・バルデスが「減量ほど苦しいことはないが、これを乗り越えないとリングに上がる資格はない」というように、パッキャオのように強ければそこまで苦しむことはなにのですが、過去のパッキャオも含めて「少しでも軽くて弱い相手と戦いたい」「リバウンドで少しでも優位に立ちたい」と考えるのは当然です。

バルデスからマイキー・ガルシア、シェーン・モズリー…減量と階級アップに向き合ったファイターの軌跡を振り返ります。
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