カテゴリ: トレーナー/プロモーター/舞台裏の主役たち

今回のリングアナウンサーも、帝拳お抱えのジミー・レノンJr.なのでしょうが、ちょっと飽きてきませんか?

レノンJr.は「マイク・タイソンvsバスター・ダグラス」の東京ショッカーが強烈な印象を残していますが、個人的には長谷川穂積vsフェルナンド・モンティエルで、「この試合は世界的なビッグファイトで米国では大騒ぎ。どうしても自分がリングアナウンサーをつとめたくて、ノーギャラで引き受けた」と、帝拳の台本に従ったとはいえ、あの大嘘を聞いてしまってから彼が出てくるたびに「今回はギャラもらったかな?」と失笑してしまうのです。

レノンJr.に責任はなく、帝拳が悪いんですが。

帝拳とWOWOWはすぐ後にも「西岡のMGMメイン」の〝大本営発表〟。今となっては西岡が可哀想です。

今まで恥ずかしい誇大広告を続け、井上に関することでも嘘を垂れ流していましたが、真っ当な問い合わせが相次いだことにもはや嘘は突き通せず、半年ほど前から方向転換。

提携先のWOWOWでも「軽量級は欧米では関心が低い」と正しい情報を伝えるようになりました。



It's never too late to learn.

間違いを認めて修正するのに、遅すぎることはない。グッジョブ。





…罪のないジミーだけど、「リングアナウンサーは、あのジミー・レノンJr.ですよ!」とか言われても、もう俺らは「またかよ!」なのである。

そこで、新鮮味のあるリングアナとして…もっと日本に来て欲しいのは…。

【デビッド・ディアマンテ】WBSSから日本でもお馴染み。DAZN専属なので、井上尚弥の東京ドームでは登場するわけがありませんが…。


【古舘伊知郎】個人的にはイチオシかな。やらないだろうけど。解説者と違う、言葉数・長さに制限のあるリングアナですが、完璧にこなすと思います。


【木村庄之助】もちろん、ベストはこの人。そして、ラウンドガールは芸者さんどえす。
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日本時間3月31日(日)にラスベガス、Tモバイル・アリーナで行われたWBO/WBCミドル級タイトルマッチ。

圧倒的有利と予想されていたWBO王者ティム・チューは、その通りに最初の6分間をクルージングしました。

第2ラウンド終了、コーナーに戻る挑戦者セバスチャン・フンドラは早くも鼻血を吹き出し、終盤と見られていたタワー倒壊はもっと早くなりそうな気配が漂いますが、王者チューはもっと深刻なカットに見舞われていました。

第3ラウンド開始、チューの顔面に鮮血が流れ落ちる光景に何が起こったのかわかりませんでした。

第2ラウンドにチューの頭部とフンドラの肘が激突したとき、オージーの頭頂部の静脈が切断されたというのです。

ここで問題となるのは「チューの頭部の傷が深く大きく、血の噴出を止めるのはカットマンの役割を超えて外科医の仕事の範疇だった」という事実を王者のコーナーも2ラウンド終了インタバルか、遅くとも3ラウンドの出血量から理解していたということです。

世界最高のトレーナーの一人、ロベルト・ガルシアは「あの出血と傷口を見たらどれほどの深傷か誰にでもわかる。(試合が成立する)4ラウンドの前にそれをわかっていたはずなのに、どうして試合を止めてノーコンテストにしなかったのか?」と、チューのコーナーを非難しています。

ラスベガスの最高舞台T -モバイル・アリーナでのデビュー戦、米国を主戦場にしたいチューの陣営としてはなんとしても勝ちたかった、そして興行側でもアマゾンプライムのデビューという記念すべきイベント、メインがノーコンテストという〝失態〟は避けたいーーーそんな商業的な力学が全く働いていなかったとは思いません。

しかし、残りの10ラウンドを顔面を真っ赤に染めたチューが戦う姿を放送する方が〝失態〟ではなかったでしょうか?

チューの陣営としても商業的な視点に立てば、まずタイトルを奪われないこと、キャリアに敗北を付けないこと、そして王者のダメージを最小限にとどめて、3ラウンド終了で試合をノーコンテストにして、再戦で仕切り直しーーーというのがベストだったはずです。

ところが、現実にはチューはタイトルを失い、初黒星を喫し、大きなダメージを負った上に再戦も怪しい雲行きです。




あのイベントは確かに「チューvsフンドラ」はファイナルでしたが、非常に複雑な性格を帯びていました。

「米国市場でスターになる可能性を秘めたチューを売り出したい」という思い入れは強かったものの、あの夜のT -モバイル・アリーナを最も沸かせたのはイサック・クルス、やはりメキシカンでした。

チューの試合がノーコンテストに終わっても観客や、アマゾンプライムの視聴者は大きな不満を抱えることはありませんでした。彼らは、クルスの試合が最高の流れで終わったことで十分満足だったのです。

 あの夜、チューのコーナーでワセリンと綿棒とガーゼを持っていたマーク・ガムビンはどうして3ラウンド開始ゴング前に「続行不可能」と申し出なかったのか?

遅くても3ラウンド終了時に、試合を止めなかったのか?

結構な数の記事が出てるので、少しずつまとめながらto be continue…

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31日に名古屋国際会議場で開催予定だった亀田和毅とレラト・ドラミニの試合が中止になったと、発表されました。

IBFがフェザー級2位のドラミニと3位のアーノルド・ヘガイの1位決定戦をオーダー、ドラミニ陣営が亀田戦をキャンセルしたもの。

「亀田vsドラミニ」は1位決定戦として行われることが契約に含まれていたといわれ、勝った方が次期挑戦者となるはずでした。


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端的にいうと、よくあるIBFの気まぐれ。そして、IBFを制御できなかった亀田プロモーションの「プロモーターである私の責任。私の脇の甘さ」(亀田興毅)。

IBFが亀田vsドラミニ戦を妨害するような形で「空位の1位決定戦」をオーダーするとは、思いもしなかったのでしょうが、そこは責められません。

アホにも程があります、IBF。

それにしても「空位の1位」「1位決定戦」って、IBF言語も常識では理解不能です。

この団体は認定するタイトル戦で、前日計量だけでなく当日計量も行っていますが、リバウド制限は10ポンド。

ストロー級もクルーザー級も一律10ポンド。普通の感覚なら柔道のように「リミットの5%を超えるリバウンドは認めない」とかにしかならないはずですが、あの団体には算数はもちろん常識も理解できない人しかいないようです。

正真正銘の馬鹿、それがIBFです。「空位の1位」という発想も馬鹿ならでは。


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11ラウンドまでのスコアカードは、ジャッジ2人が106ー103でオタベク・コルマトフ、もう1人が105−104でレイモンド・フォード。

主審のチャーリー・フィッチが試合を止めたとき、12ラウンド終了まであと7秒を残すだけでした。

あと7秒間。

あそこで止めなければ、25歳のウズベキスタン人がダウンを喫していた可能性大ですが、カウントアウトされずに立ち上がっていたら、そこで試合終了、勝敗は判定に持ち込まれていました。

もし、そうなっていたら12ラウンドは3者とも10−8でフォード。そして、結果は114−113が2人、113-115が1人のSDでコルマトフが新チャンピオンになっていました。

試合後のインタビューで24歳のフォードは「相手が弱っているのは明白だった」と語り、最も近くでこの試合を捌いたキャリア24年のフィッチもそれを感じ取っていたはずです。


53歳のフィッチの判断に対して米国ボクシングファンはControversial Stoppage(議論を呼ぶストップ)と荒れています。

状況をあらためて整理すると「(ストップのとき、公式のスコアカードは公表されていないが)コルマトフが僅差でリードしていると多くのメディアやファンが考えていた」「試合終了までわずか7秒。試合の帰趨は主審ではなく、世界基準の2人のファイターだけで決着させるべきだった」という2点が、フィッチのストップはおかしいという主張の柱です。

素晴らしい試合が主審の介入で突然終わってしまった、ということですが、この主張は「フォードがリードしていた」「あと7秒ではなくたっぷり時間が残されていた」という仮定なら揺れてしまうことになります。

主審のストップには「選手のダメージ」以外の要素、今回の場合だと予想されるスコアカードや、残り時間なども考慮されるべきなのでしょうか?

「最終回残り時間わずか」「主審が止めなければおそらく勝敗は逆転していた」という点で、34年前のフリオ・セサール・チャベスとメルドリック・テイラーを裁いたリチャード・スティールと同じ種類の批判がフィッチに浴びせられているのです。

ESPNは「コルマトフは試合序盤で十字靭帯を損傷していた」と報じています。

試合中のこの怪我がなければ楽勝だったかどうかは疑問ですが、無敗対決で生き残ったのはフォードでした。




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1月23日(日)エディオンアリーナ(大阪)
◾️コミッション:日本ボクシングコミッション
◾️プロモーター:本田明彦(帝拳プロモーションズ)

121ポンド(約54.89キロ)契約8回戦




13年ぶりに来日したイグナシオ・ナチョ・ベリスタインは18日に帝拳ジムで行われた公開練習のあと「テクニック的にはロブレスの方が優れている。サウスポーに勝つために練習をしてきた。彼は(私が育てた)30人目の世界王者になる可能性がある」と自信を語りました。

トレーナーの手腕を語るとき、多くの世界王者を「育てた」と表現されることがあります。

「育てた」という言葉からは、アマチュア時代からボクシングの〝ABC〟を教えて、プロ転向後もトレーナーの文字通り「指導(train)した」と受け止めてしまいますが、現実にはそうではありません。

その意味で、ファン・マヌエル・マルケスはナチョが育てた最高傑作です。プロに入ってからコーナーに立ち続けたマルケス弟も「育てた」と言っても全く差し支えないでしょう。

一方で、29人の中にはオスカー・デラホーヤやフリオ・セサール・チャベスJr.のような、「育てた」とは到底言えない選手も含まれています。

ゴールデンボーイに至ってはコーナーに着いたのは、アンジェロ・ダンディと共同トレーナーをつとめた1試合(マニー・パッキャオ戦)だけ。

それでも、欧米目線でナチョが関わった最も有名な選手となるとゴールデンボーイ一択、軽量級に理解が深い日本でも「デラホーヤらを育てた名トレーナー」という紹介になってしまいます。

フレディ・ローチが育てた選手にマイク・タイソンが挙げられるのも、「私が指導したときには悪い癖が染み付いて修正が効かなかった(タイソンが重要な試合を落とすのは私のせいじゃない)」と嘆いていたように、「育てた」というのは全く当てはまりません。タイソンを「育てた」というなら、その悪癖を染み付かせてしまったケビン・ルーニーらです。

今回のロブレスは、指導歴6年といいますからナチョが「育てた」と言えるでしょう。

ナチョが指導した選手を見渡すと、マルケス兄やヒルベルト・ローマン、リカルド・ロペスに代表される攻防兼備のボクサーから、ビクトル・ラバナレスやマルケス弟、レイ・バルガスのような乱闘型のファイターまで、一貫性がないように思えます。

ボクシングへの取り組み姿勢・規律(disciplin)にしても、サラゴサやロペスのようなプロフェッショナルから、ラバナレスのような劣等生まで、さまざまな生徒が混在しています。

ナチョに限らず、「育てた」選手と「短期講習的な指導」の選手が混在しているので、一貫性がないのは当然です。

それでも、ナチョが手がけた全ての選手に垣間見えるのは、アッパーカットをキーパンチとする滑らかなコンビネーション。



1939年7月31日生まれ、84歳のナチョが30人目の世界チャンピオンのコーナーに陣取る日が来るでしょうか?

そして、それは〝目利き〟の帝拳が厳選したロブレスである可能性も、ほんの少しはあるのでしょうか?



天心vsロブレスの試合までに終わりそうもない「ナチョ・ベリスタインの生き様」、もう少しお付き合い下さいませ。
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那須川天心がキャリア3戦目で初めて挑む世界ランカー、ルイス・ロブレス。

もちろん、ESPNやリング誌などまともなランキングには名前の見当たらない、アルファベット団体のデタラメランキングの14位。

ロブレスの戦績は17戦15勝2敗、15の勝ち星のうちKOは5つとKO率は30%を切り、安全保障書が発行されています。

そんな25歳のメキシカンを「ロブレスはテクニシャン。カウンターパンチの点でローマンに似ているところがある」と評価するのはトレーナーのイグナシオ・ナチョ・ベリスタイン。
試合前に教え子の悪口を言うトレーナーなんてまずいませんが、ヒルベルト・ローマンと似ているとは大きな風呂敷を広げたもんです。



…またまた始まった新たなシリーズは、13年ぶりの来日となったナチョの物語です。
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Undisputed の季節、再開です。
マネー
ボクシングの公式戦で最も高価なベルトがステイクされたのは、あの茶番劇。

4団体17階級時代をどう区切るか。

最も長く見ると、WBOが発足した1988年を起点として、現在までのちょうど35年。

また、WBOが主要団体の一つと数えられるようになったのは1990年代の半ばからと考えると、そこから数えて30年足らず。

いずれにしても、近代ボクシング150年の歴史の中では、世界タイトルの価値が最も暴落してしまった最近の時代になります。 

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「テレンス・クロフォードは史上初のウエルター級4団体統一王者」。

この表現だと、クロフォードはウエルター級史上最強と受け取られかねません。

正確には「4団体17階級時代で初めてのウエルター級Undisputed champion」です。

ただし、4団体17階級時代でもオスカー・デラホーヤやフェリックス・トリニダードはUndisputed  championへの執着は薄く、フロイド・メイウェザーとマニー・パッキャオに至っては関心を示すことすらほとんどありませんでした。

3団体から4団体へ、17階級が出揃った1980年代から現在までの約40年のスパンで見ると、単一団体の王者(a champion)よりも、完全統一王者(The champion)の方が評価されるべきなのは当然です。

「ウエルター級」で切り取ると、クロフォードの「実力評価」はメイウェザーやパッキャオよりも上のはずですが、そう考える人がどれだけいるでしょうか?

メイウェザーとパッキャオは全ての試合が知名度のある選手を相手にしたメガファイト、それに比べてクロフォードが戦ったまともな相手はエロール・スペンスだけ…。

クロフォードは成し遂げたのは「メイウェザーやパッキャオがやろうとしても出来なかった4団体統一」ではないのです。



さて。

それでは。

メイウェザーとパッキャオがリングを去った時期とほとんど同じくして、Undisputed  championが続々と誕生しているのは単なる偶然なのでしょうか?
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ハンス・オプト、エディ・ジョーンズ、トム・ホーバス。

サッカー、ラグビー、バスケ。団体球技の夜明けを手繰り寄せたのが外国人監督であったことは単なる偶然ではなかったのかもしれません。

彼らは、選手との対話を完全に閉ざすことはありませんでした。

「こんな練習をしたら死ぬ」と拒否反応を示した選手に「練習で死んだ奴はいない」と恐るべき「量」を押し付けたジョーンズの同点狙いの指示を潔しとせず、スクラムを選択した2015年W杯の南アフリカ戦。

自分の指示に従わなかった選手たちを見るジョーンズの目は、どこか優しげですらありました。

外国人監督ではありませんが、栗山英樹はもちろん、代表チームのレベルが跳ね上がったサッカーで監督に就いた森保一もまた選手に非常に近い監督です。

代表選手から見ると、特に栗山の選手時代は特別なものではなかったということが言えます。

選手が監督をリスペクトしないというリスクは孕みますが、選手と監督の意見交換がスムースになるという大きなメリットも生まれやすくなります。

一方で、王貞治やジーコになると、気軽に反対意見は言いにくいでしょう。それでも、選手はもちろん、対戦相手からのリスペクトは絶大。

国際試合で相手チームの首脳陣がジーコに礼を尽くして挨拶に来る(つまりジーコから挨拶に行くことはほとんどない)光景は、まだ自信が固まっていないチームにとって心強かったはずです。

一方で、長嶋茂雄のような圧倒的な存在感がある象徴天皇的な監督像も、成熟し切ったチームではありでしょう。

さらに、采配も技術論も高い次元で結晶した落合博満のような監督も、もちろんありです。




高校生でもラプソードを利用して練習する今の時代では、コーチの細かい技術指導的役割は減り、選手が力を発揮しやすい環境を作り上げるモチベーターとしての仕事範囲が増えているように思えます。

それでも、まだ自分の成功体験を押し付ける監督、指導者も少なくありません。

例えば、阪神時代の藤浪晋太郎、彼の制球難を強制するために「サイドスロー転向」なんて選択を強要していたら…世界の宝をドブに捨てる、古代ギリシャ時代の貴重な金貨を溶かす作業だったでしょう。日本だと、それ、やりかねません。


もちろん、人に教える、何かを伝えるのは「自分の成功体験」を還元させる作業です。そのまま押し付けたら、とんでも無いことになるのは言うまでもありません。

三冠王・落合を作り上げた礎は、野球が大好きなのに先輩後輩の理不尽な関係などに嫌気がさして鬱々とした思いでプロボウラーを目指した日々でした。

大好きな野球を思う存分出来る、そうなったときの喜び、鬱積されたエネルギーの爆発はどれほど凄まじいものだっったのか想像もつきません。

しかし、彼の成功体験で還元して良いのは「野球を好きになってとことん追求すること」だけです。それ以外の人生の回り道はもちろん、神主打法も押し付けたり、選手も真似してはいけません。




…また、また正解のないお話が始まりました。

理想の監督像とは?

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清潔なタオルとワセリン、水、エンスウェル、カットマンの道具箱に入っているのはそれだけ。道具箱といっても、それは100均で売ってるようなバケツです。

それにも関わらず、彼らの技術に大きな差が生じてしまうのは、なぜでしょうか?

リング誌が「The Mysterious Art(神秘の芸術)」と表現したカットマンの職人芸。

優れたカットマンの顔も持つルディ・エルナンデスは「There are no real secret (秘密なんて何もない)」と笑い飛ばします。

I guess it's more complicated to describe it than to just do it. (ただし、やってることは至極簡単なんだけど、それを誰かに伝えたり教えるのはかなり難しい)。 

ルディがそう言う時点で、この仕事が「至極簡単」 なわけがないと、ど素人でもはっきりわかります。

「タオルとワセリン、水、エンスウェルの四つの道具を使うが、タオルにはガーゼやさまざまな形態のものが含まれ、水は液体と固体(氷嚢)、もしかしたらその中間的なものまで使い分ける」。

優れたカットマンは、この四つの道具を間違いのない順序と、使い方でファイターの血と汗と涙を拭き取ってやるのです。

Maybe not the last. There's no crying in boxing.

ああ、最後の「涙」は取り消します。リングの中で流れるのは血と汗だけ。そこでは、涙なんて流している余裕などあるわけがないのですから。

トレーナーが兼ねることもあるカットマンですが、ほとんど専業で有名なカットマンももちろん存在します。

ジェイコブ〝Stich〟デュランはボクシング、MMAの世界で30年以上もカットマンの世界で最も高い評価を得ている一人です。

昨年大晦日に議論を呼ぶ判定になった「井岡一翔vsジョシュア・フランコ」のジュニアバンタム級団体統一戦、バッティングを警戒した井岡陣営が呼び寄せたのが旧知の〝Stich〟デュランでした。

https://fushiananome.blog.jp/archives/23695007.html

https://fushiananome.blog.jp/archives/10573738.html

〝Stich〟デュランが特徴的なのは海藻から取った繊維をコーティングした特殊なガーゼを使うこと。

これは通常のガーゼよりもはるかに柔らかく「素早く血を吸収し、内出血や凝固するのを防ぐ。カサブタになる前の状態の血の塊が一番神経を使う。全て取り除くと血が噴き出すのだから」。

この特殊なガーゼは他のカットマンに言わせると「柔らかすぎて力加減がわからなくなるから、使えない」という代物。誰でも使いこなせるわけではありません。



また、〝Stich〟デュランはもちろん、ほとんど全てのカットマンの必需品が「エンスウェル」です。

氷水で十分に冷やしたエンスウェルは、腫れた〝患部〟に直接当てて使います。

ボクシングをはじめ、MMAなど他の格闘技でもお馴染みのエンスウェルですが、その歴史、原型は意外と古く、20世紀初頭には、冷やした50セント硬貨やツナ缶などで氷嚢よりも効率的に腫れを散らし、内出血を抑えていたと伝えられています。

しかし、それは全く一般的でなく、ほんの一部のトレーナーが実験的に使っていただけでした。


では、いつを境にエンスウェルは爆発的に広まったのか?いつから、ボクシングファンなら誰でも知っているカットマンのツールになったのか?

この種の話では極めて珍しい事象ですが〝そのとき〟は「いつ」「どこで」「何があって」世界中に知られるようになったのかが、ハッキリ分かっているのです。



1981年9月16日、ネバダ州ラスベガス。シーザースパレス特設リングで行われたメガファイト。

エンスウェルがデビューしたのは、世界中が注目していた、この試合の第5ラウンド終了時のことでした。

そうです。ウェルター級のUndisputed championship、完全統一戦。WBC王者シュガー・レイ・レナードとWBA王者トーマス・ハーンズとの、今なお「史上最高試合」と語り継がれている、あの名勝負です。


レナードの参謀、アンジェロ・ダンディは友人で熱狂的なボクシングファンだったマイケル・サビア医師から「これがエンスウェルだ」(つまりサビアが名付け親)と、数ヶ月前に紹介されていました。

「氷水か氷嚢の中で十分に冷やして使うんだ」と薦めるサビアに、ダンディは「面白い!」と歓迎しましたが「打たれないし腫れにくいレナードには必要ないな」とも語っていました。

稀代の名参謀が、ハーンズ戦で氷袋の間にお守り代りにエンスウェルを挟んでいたのを思い出したのは、第5ラウンド終了時にコーナーに戻ったレナードの左瞼が大きく腫れているのを見たときでした。

「このまま終盤までもつれると、レナードの左目は完全にシャッターを下ろしてしまう」。

史上最高の名勝負、そのラウンドインタバルに登場した銀色の金属片に世界中のボクシング関係者とメディア、ファンがザワつきます。

「ダンディが持っている、あの金属は何だ?!」

もちろん、それはレナードも同じことでしたが、見たこともない金属片を〝患部〟に押し付けられても「これはなんだ!」と拒みませんでした。

ダンディが「これは知り合いの医師から紹介された腫れどめ金具だ」と教えたのは、エンスウェルの処方を終えた、第6ラウンドのゴングが鳴る直前のことでした。

リングの中ではあれほど狡猾で疑い深いシュガー・レイ・レナードが、コーナーではダンディに全幅の信頼を寄せていたのです。

カットマンの一番大事な仕事とは、そういうことなのです。

そのあと、8度のインタバル全てで、ダンディはエンスウェルを使いました。

あそこで、レナードが「そんな見たこともない小さな金属を当てないで、いつものように氷嚢だけで冷やしてくれ!」と拒否していたら、腫れがもっと酷くなって、終盤には左目の視界が完全に奪われていたでしょう。

あるいは、ダンディを少しでも疑う気持ちが芽生えて、レナードの集中力が分散していたら、あの感動的なグランドフィナーレは訪れることなく、歴史が変わっていたかもしれません。

そして、もし、あの試合でレナードが目を腫らさなければ、エンスウェルは世界にお披露目される大きな機会を失っていたことになります。

あるいは、ダンディがもっと腫れやすい別の無名選手に先に使っていたら、あれほど大きな注目を集めなかったはずです。

いずれにしても、あの日あのとき、あの試合、あの展開でなければ、エンスウェルが世界に広く知られるのが大幅に遅れていたのは、間違いありません。


今ではその呼び名も形状もさまざまなバリエーションを持つようになったエンスウェル。小さなアイロンのようにハンドル付きのものが主流になり、より冷温をより長く内包できる構造に進化しています。

そして、何よりも、優秀な職人カットマンという神秘的な世界に、画期的な技術革新をもたらし、レナードのように腫れを抑えることで大きなチャンスをものにする、数えきれないファイターを生み出してきました。

もちろん、このエンスウェルですら未熟なカットマンが使い方を誤ると、傷口を広げたり、内出血を酷くする〝凶器〟に早変わりするのですが…。



…エンスウェル話で脱線気味になりましたが、カットマンのお話は、まだまだ続きます。 
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バンデージ巻き(ハンド・ラッパー)にカットマン、トレーナーが兼ねることもあるリングサイドの職人たち。

熟練の技術はもちろん、彼らに求められる絶対条件はファイターとの信頼関係です。

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一番大切な二つの拳にバンデージを幾重にも巻く繊細な作業,吹き出した血が目に入り視界が塞がれる、いつドクターチェックが入るかわからない不安…。

もし、違和感を覚えるようなバンデージや、止血の不安が解消されなければファイターが対戦相手に集中することは不可能です。

「焦っているファイターと一緒になって、カットマンまでジタバタしては絶対にいけない」(ルディ・エルナンデス)。

「ファイターを安心させてやることだ。少なくとも次の3分間は大丈夫だと、ゆっくりと説き伏せるように止血してやるんだ。といってもインタバルは60秒しかない、とにかく無駄を削ぎ落として何をするのか、何を話すのかを研ぎ澄まさなければならない」。


英国の重鎮ケリー・ケイエスは語ります。

「カットマンがミスを犯せば、試合を落とす。一つの敗北が優秀なボクサーのキャリアを崩壊させる可能性もあるのがボクシングだ」と自戒します。

「ファイターという生き物は、表面上はどんなに冷静を装っていても興奮状態でコーナーに戻ってくる。もし彼がカットしていたら、さらに興奮してパニックになっているのが普通だ。『傷の深さは?長さは?』『止まるのか?酷くなるのか?』『次のラウンドでスパートをかけるべきか?』『出血が酷くなってもタオルを投げないと約束してくれ』…インタバルの60秒で答えられるわけもないことを聞きたくて彼の頭はパンクしているのだ」。

「それは良くないことだ。選手は目の前の相手だけに集中すべきで、自分の傷の状態を気にしてはいけない」。

「たった60秒足らずで、出来れば試合終了まで、最低でも次の3分間は出血が酷くならないように処置しなければならない。傷の状態はもちろん、選手と相手のスタイル、その日の試合展開によって処置のやり方は無限に変化する」。

数え切れない試合でカットマンをつとめてきたケイエスは、非常に思い出深い選手としてリッキー・ハットンの名前を挙げています。

「ハットンは気性が激しく、わかりやすい分、まぁ厄介なヤツだった。対戦相手だけでなく、カットマンとも戦おうとするファイターだった。ただ、ああいう男は一旦信用するととことん信用してくれる」。

コンビを組んだ当初、ハットンはカットしてコーナーに戻ると、大したカットでなくても「深さは?」「長さは?」「血は止まるのか、止まらないのか?」「次のラウンドで決めに行かなきゃダメか?」「出血がひどくなっても絶対にタオルを投げないと、今ここで誓え!」…矢継ぎ早にまくし立てたそうです。

それが、ケイエスを信頼するようになると、インタバルの口数はどんどん減っていったといいます。

「インタバルでは、黙ってカットマンに処置を任せる。こちらが何も言わなければ何も聞いてこない、つまりカットマンが何も言わなければ『次のラウンドは大丈夫、無理に行く必要はない』ということを理解しているということ」。

「そこまで選手との信頼関係を築くことをが出来たら、第一段階は完了だ。出血はカットマンが止める。選手は普段通りに戦うだけだ」。

ケイエスの言葉には重みがあります。 

「傷口は絶対に強く拭いてはいけない。絶妙の手加減で抑えるんだ。出血させないことと同じくらいに大切なのは、腫れさせないことだ」。
 
「強く抑えたために内出血して腫れてしまい、瞼がシャッターを下ろしてしまう…良く見る光景だが、あれはカットマンが未熟だから。カットマンは外科医ではない。試合中の長くて20分の間だけ、出血と腫れを抑えることが仕事だ」。



ーーー続きます。
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