フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: プロボクシングが好きなのである。

【ナゾナゾ】箱は腐っていても、箱の中には宝石がぎっしり。それはなぁんだ?




プロボクシングの世界は、他のプロスポーツと比べても問題だらけです。

おそらく、世界中のプロスポーツの中で飛び抜けて深刻な問題をいくつも抱えているでしょう。

それでも、とにかく大好きなのは左右のナックルパートしか使わないのに、恐ろしいほど深遠で、ときには声を上げてしまうような面白い試合が観られるからです。

観戦スポーツの面白さの根源は「勇気」だと、個人的に確信しています。

だから、トラック中長距離で不要に駆け引きに走る選手や、怖がってストライクを取れない投手、代打で出てスイングしない打者は、大嫌いです。

一緒に練習して、そんな子がいたらはっきり伝えます。「絶対ダメ」と。他のこと、例えばフォームについてはまず何も言いませんが、勇気に欠けるのは絶対ダメ。

もちろん「置きにいって打たれるなら、しっかり投げてボールになる方が良い」という考え方もありますが…この話をしだすと、また大きく話が逸れるので、また別の機会で。

簡単にいうと、私が見てる中学生レベルなら「置きにいったカーブが抜けてフォアボール」という言語道断があります。それは、もう論外なんです。

ボクシングでいえば、欧米で最も侮蔑されているトップ選手のオマール・ナルバエスや、鼻血が出たら棄権するウーゴ・ルイスとかは、もう一刻も早く引退して欲しい。

もちろん、そんなこと言っても…。ボクシングの場合は野球とは全く違って…。

家族や友人ならナルバエスが、絶対に良いです。ナルバエスが弟なら「何を言われても気にするな。お前の健康なんて歯牙にもかけない馬鹿が騒いでいるだけ。これからも無事にリングを降りることだけを考えてくれ」と言い聞かせます。

ボクシングには、そういう矛盾があります。

八重樫東が家族なら「八重樫の試合は面白い」なんて言ってられません、ボクシングなんてもう…見れません。俺が八重樫を好きなのは、結局はリングで戦っている八重樫が好きなだけなんです。

もし、将来、そんなことはないと信じていますが、八重樫やパッキャオが後遺症に悩んだとしたら?

きっと私はこう思うでしょう。

「ああ、現役時代は小さい体で激闘だらけだったからなあ。心配だなあ。良くなって欲しいなあ」。

…最低です。


前置きが長くなりました。


日本ボクシング連盟(Japan Amateur Boxing Federation=JABF、このブログでお馴染みのJBCではありません。「どっちの腐敗度が酷いか?」なんて話は今日に限っては無し!!!)が今日、インターハイ中止の悲劇を受けて「高校生シャドーボクシングチャレンジ2020」を開催すると発表しました。

素晴らしい!

大人は、みんな昔は高校生だったんだぜ!何ができるか、必死に考えたんだぜ!という素晴らしい企画です。

「高校生が頑張ってきた姿をできるだけ多くの人に見ていただきたい」として、オンライン上で高校生のシャドーボクシング動画を募集。

井上尚弥や村田諒太らが審査員となって優秀賞を選ぶそうです。プロを呼んだのが二重の意味で素晴らしい!

もっともっとプロアマの距離を密着させて、最終的にはJリーグのような完全ピラミッド組織になってくれたら、素晴らしいです!選手側はいくらでも密着、クロスレンジで付き合う構えですから、問題がどこにあるのかは明らかです。
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今日までに決まっている審査員は井岡一翔、井上拓真、井上尚弥、岩佐亮佑、内山高志、京口紘人、清水聡、寺地拳四朗、村田諒太、八重樫東。

豪華です!豪華すぎます。こんな審査員、全員、神です。ほぼ無償で引き受けてくれたんでしょう。


30年以上も前、こんな私でも高校生でした。

野球も陸上競技も甲子園や全国大会に行けず(そもそもそんな実力がありませんでした)、ボクシングに至っては高校に部活が無く、選手登録もできませんでした。同じジムの同級生らの応援で、リング下から見上げる光景がたまらなく眩しかったのを思い出します。

早々と地区予選で敗退してからの私は、コンビニの前で悪友と駄弁って、タバコ吸って酒飲んで、無為な時間を過ごしていました。 

今から思うと、あの時間もかけがえのない青春時代の一部だったのですが、当時はそんなこと受け入れ難く、駐車場に止めた車のラジオから県予選の中継が聞こえてきたら、速攻で不機嫌になってしまい、本当にいろんな人に迷惑をかけてしまいました。

でも、私は「挑戦」出来ました。そして「敗北」という現実も突き付けられました。

競技者だから「敗北」は受け入れることが出来ます。正確にいえば、受け入れたくなくても、受け入れるしかありません、確かに負けたんだから。

しかし。もし「挑戦」も出来なくて、受け入れる覚悟のある「敗北」すら突き付けられないとしたら?

ちょっと、その悲劇は、想像ができません。

ずっと研ぎ澄ませた情熱をぶつける「挑戦」を奪われた気持ちは、想像できません。

「こんなタイミングで運が悪かった」「何かを失ったわけじゃなくて、全く新しい何かを得るチャンス」 「インターハイも甲子園も人生の一瞬、1%ですらないかもしれない。残りの人生をどう生きるか」…。

インターハイも甲子園も手が届かなかった私が、はるかに優秀な後輩たちの心境なんて慮れるわけがありません。

もし、私が彼らの立場なら「シャドーボクシング?俺、そんなの目がけてやってないから」と冷めてしまってた気がします。

でも、それはフシ穴で暗愚な私だから…。

私なんかよりも、遥かにずっと賢明な彼ら。

そして何よりも、この夏を目指して莫大な情熱をぶつけようとしていた彼ら。

そんな、純粋なエネルギーに溢れて、真摯で繊細な野望を育んできた彼らなら、きっと大人が一生懸命考えたこの舞台を、素直に受け止めて楽しんでくれるでしょう。

私から高校生に何か言えるとしたら「みなさんと同じか、おそらくそれ以上の情熱で、世界王者が投稿動画と向き合ってくれる」ということです。

あのメンツと、ある意味ガチで勝負できるわけですから、羨ましい。

100%間違いなくめっちゃ厳しい目で審査されるから、くれぐれも中途半端な気持ちで臨むなよ! 

やっぱり夏は、夏なんだよ。





【答え】プロボクシング。 
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コンサルやリサーチ関連の仕事をしてて、自治体や大学法人から自動車・食品メーカーまで幅広いお客さんと付き合わさせて頂いています。

とはいえ、スポーツ関係との繋がりは薄くて、ボクシングになるとほぼゼロです。最近だと、年末に広告代理店が共催したプロレス興行で、思うようにチケットが売れずに〝サクラを入れる〟とか、とんでもないのはありましたが…。

サクラもタダでは来てくれませんから謝礼が発生します。もはや、何をやってるのかわからない世界です。

このあたりのリサーチモニターを使ったサクラ、これは一種のやらせですが、サクラたちは自分たちが急に呼ばれた理由を知っていますし、主催者団体もわかっています。

テレビ局の制作番組の場合、両者の合意が曖昧なのが一番の問題です。やるなら徹底的に〝プロレス〟をやるべきなんです。

最悪は〝前田日明〟的な虚飾です。リングスも両者合意の八百長ですが、大上段から「真剣勝負」「五輪種目化を目指す」と騙したのがいけません。

それを知っててスポーツとして扱ったTBSのニュース番組も最低です。
異論反論あるでしょうが、しっかりした両者合意があれば、それを視聴者が「ガチ」だと観ていたとしても全く問題ありません。真剣勝負だとニュースやドキュメンタリーとして大上段を構えたらアウトですが。

前置きが長くなりそうなので、今夜のお話し。

米国でのボクシングとMMAのように、選手や現場レベルで技術交流するだけでなく、イベントを盛り上げる起爆剤として互いに作用できないものか?

UFCのゲームの宣伝にタイソン・フューリーとアンソニー・ジョシュアが一肌脱いでいます。
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ボクサーや格闘家の知名度なども自分の感覚だけですが、日本の場合は競技の枠、壁が米国よりも厳重で厚く高いように見えるのは私だけではないでしょう。
 

今、那須川天心よりも有名なボクサーは何人いるでしょうか?

RIZINと、IBFやWBOではどちらの知名度が上でしょうか?

ボクシングファンがUFC王者になるのとボクシング軽量級王者になるのは、どちらの価値が上かと聞かれたとき、複雑な思いに駆られるのではないでしょうか。

世界的にはボクシング、でも米国だけならUFCというのが、現実的な答えでしょう。

知名度についても圧倒的に情報量が多いネットでは、天心やRIZINの露出がほとんどのボクサーや承認団体よりも多いのは間違いありません。

もちろん、信頼性・権威がある一般紙の世界ではMMAとキックボクシングはスポーツとして認められていませんから、登場頻度は逆転しますし、社会的なステイタスも五輪種目でもあるボクシングが上です。

そして、ボクシングはJBCが管轄、イベント屋のRIZINとの関わりは全くありません。

 一方で、米国では例えばネバダ州がボクシングもUFCも管轄、両者に発展して欲しいと願い、その方向のアクションを積極的に後押ししています。

管轄団体が違う日本でも、選手間の壁は低く薄いと見受けられます。

過剰なアレルギー反応を示すのは「ボクシングを利用するな!」というJBCと、「天心なんかと一緒にするな!」という井上信者をはじめとするボクシングファンです。

JBCを軟化させるのは難しいでしょうが、ファンは「天心も井上も米国での需要がないのに米国に憧れてる同じ仲間」ということで睦まじくできないのでしょうか? 

キックやMMAは、WOWOWのUFC以外はゴールデンタイムにやってて在宅してたら見る、という程度ですが 、どっちも大好きとか、どっちも興味があるという人も多い気がします(こういうデータは手元にありませんが)。

保守的なボクシングファンでも井上や村田が「ボクシングにない面白さ、スリルがある」とナビゲートしたら、キックやMMAのファンも増えるでしょうし、JBCはルール改正して天心にも普通にライセンス交付したらいいんです。

ルール改正に手間と時間がかかるなら、特例で認めるべきです。それで得するのはボクシング界なんですから。

「史上最大のデビュー4回戦」と騒がれるでしょうし、ボクシングへの関心にも、亀田Amebaよりも間違いなく健康的に清潔にプラスです。亀田Amebaは、興毅が吐いた「ボクシング界の発展」に対しては間違いなく、不健康で不潔でした。 

ずいぶん前ですが、英国のMMAイベントにミゲール・コットが 招かれたとき、空港に着いたときからMMAファンが大騒ぎでした。

もし、RIZINの会場に井上や村田が現れたら万雷の拍手でしょう。 
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フェリックス・ベルデホもまたEl Diamante(プエルトリコのダイアモンド)と大騒ぎされた逸材のはずでしたが、現時点ではトップ戦線からか脱落。

7月16日にはウィル・マデラとMGMグランドカンファレンスセンター〝The Bubble〟でライト級10回戦を戦います。

ロベイシ・ラミレスのケースと同じで、ベルデホもイスマエル・サラスを新トレーナーに迎えて捲土重来を期します。

日本でもお馴染みのサラス、いまや「挫折したホープの救済請負人」 ですね。
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対するマデラは15勝8KO無敗3分のニューヨーカー。無敗とはいえ29歳で18戦しかこなしていないだけでなく、対戦相手はことごとく無名。

3つのドローはWBCインターナショナル・シルバーのライト級戦が含まれますが、6勝7敗のメキシカンともどっこいと不純物のないローカルファイターです。

かつてのトップランク一番星が28戦目で迎える相手ではありません。

この〝ガラス製の疑似ダイアモンド〟もロベイシほどではありませんが、傑出したエリートアマでした。

パン・アメリカのユース選手権バンタム級で金メダル、2012リオ五輪の米国予選で優勝。リオでは準々決勝でウクライナのハイテクに判定負けするも「プエルトリコの未来のスーパースター確実」とボブ・アラムにベタ惚れされてプロ転向。

温室の中に慎重に敷設した線路を補助輪付きで走っていましたが、咬ませ犬のアントニオ・ロサダ・トーレスにまさかのTKO負け。〝事故〟では済まない完敗の内容でした。

アラムは「叩き上げのメキシカンを相手に選んだのは間違いだった」と悔やむポーズを見せますが、ベルデホがトップランクのスター構想から外されたのは明らかです。

プエルトリコのホープが無様な敗北を重ねる〝プエルトリコ・ドミノ〟の、不名誉な一枚目になってしまいました。 

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「プロとアマは別物」という見方は誰も否定しないでしょう。一方で、それゆえに「アマはレベルが低い」とも多くの人は考えないはずです。

それどころか、プロでアルファベット団体の王者になるのと、五輪や世界選手権で金メダルを獲得すること、どちらが難しいかと聞かれて答えに困る人はいません。

米国野球のメジャーとマイナー、日本野球のNPB一軍と二軍や甲子園、これらを「合算評価」することがありえないのは「別物」ではなく、同じ野球で「マイナーや二軍、甲子園はレベルが低い」と考えられているからです。

ここに、ボクシングにおける「アマとプロの実績は合算評価すべきかどうか」の問題の難しさが横たわっています。

この難問に、トーマス・ハウザーは「別物であるがゆえに合算してはいけない」と断言しています。

これまでも、モントリオール1976の金メダリスト5人が BWAAのFighter of the year に選ばれるなど、プロとアマをごっちゃに評価するケースが散見されてきました。

ハウザーは「世界王者が一人しかいないアマチュアはタイトルそのものが評価される。それに対して、いくつもタイトルがあるプロでは〝誰に勝ったのか〟が評価の対象で、タイトルがどうの言ってるボクサーは最高レベルじゃない。プロとアマは、そもそも評価の基準までもが別物なんだ」と説明。

In evaluating whether a fighter was great, the most important factor to be considered is who he beat. 

「モハメド・アリは世界タイトルのホルダーだから偉大なのか?違うよね。ソニー・リストンやジョー・フレージャー、ジョージ・フォアマンに勝ったから偉大なんだ」。

「アリの1960ローマは金メダルを獲得したからこそ偉大なんだ。ポーランドのズビグニェフ・ピトロシュコスキに勝ったからじゃない」。

「それに人々の意識もプロとアマを合算評価するなんてそもそも発想がない」。

「今でもジョー・ルイスは伝説として語り継がれているが、彼が1934年の全米アマチュア大会ライトヘビー級で優勝したことをどれほどの人が記憶しているだろうか?」。

「もちろん、アマチュアで傑出した実績を残せばプロ転向のときに、アマ実績のない新人と比べると明白な経済的サポートとファンの大きな支持が受けられる。アマで培った技術もプロでは箸にも棒にもならないわけじゃない」。

「しかし、プロ仕様に適応しようとしないなら残酷な結果しか待っていない。プロで躓いたとき『良かったときの自分を取り戻そう』とアマで頂点だった時代のビデオを見るなんてのは論外だ。これはアマのビデオに限らない。そのビデオに映ってるお前が負けたんだ、そのことを理解することだ」。

そういうことです。

エリートアマだけの問題じゃありません。「今日、相手を打ち負かした良手は、研究されて明日には悪手になる」(羽生善治)のです。
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昨日、MGMグランド・カンファレスセンターで行われた無観客試合、フェザー級6回戦でロベイシ・ラミレスがデビュー戦で敗れたアダン・ゴンザレスに雪辱しました。

先月に続いてThe Bubble と名付けられた会議室の特設リングに上がったラミレスは、荒々しく手数を振るうゴンザレスを冷静にさばいて、三者一致の60−54の完封勝利。
Punch Stats
PUNCHESRAMIREZGONZALES
Total landed6255
Total thrown192250
Percent32%22%
Jabs landed83
Jabs thrown6936
Percent12%8%
Power landed5452
Power thrown123214
Percent44%24%
 Courtesy of CompuBox
イスマエル・サラスを新トレーナーに迎えたキューバの天才は「これで敗北を帳消しにできた」と喜びましたが " The one thing that was missing was that one big shot." (倒しきれなかった)という本人の言葉通りの内容でした。

ロンドン、リオで五輪2連覇のエリートアマ、ラミレスは「史上最高のアマチュアボクサー」と騒がれ、100万ドルという契約金でトップランクからプロデビューしましたが、いきなり敗北。

今回は、綺麗にリベンジに成功した形です。トップランクと業務提携しているESPNも「これで新章スタート!」と評価していますが、先行きは不安ですね。



ボクシングに野球、サッカー…日本のプロスポーツでも優秀なアマチュア実績を提げてプロ入りしても鳴かず飛ばず…という〝孵化しない金の卵〟は珍しくありません。

今夜のお話はトーマス・ハウザーが寄稿したばかりの Should Amateur Records Count in Evaluating Greatness?

それにしても、どうしてエリートアマがプロで伸び悩むのか?



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アマチュアで傑出した成績を収めた若者が鳴り物入りでプロの世界に招かれるのは、アメリカンフットボールやバスケットボールの世界でも変わらない。

しかし、NFLやNBAの華やかなドラフト会議が選手人生のピークだったというエリートアマも珍しくない。

ボクシングの世界では、フィデル・カストロが革命を起こす以前からキューバはエリートアマの宝庫だった。

しかし、アマチュアで飛び抜けた彼らが、プロでもそのままの実績を残したことは、実は一つの例もない。

その原因はどこにあるのか?

理由は一つじゃないと多くの人は考えるが、突き詰めると「プロとアマでは求められるものが違う」ということだ。

テオフィモ・ステベンソンは史上最強のパワーボクサーだった。しかし、彼は3ラウンドルールで、多くの相手は彼の強打をいかにして避けるかに囚われた経験の浅い若いボクサーだった。

多くの専門家は一度も打たれていない彼のアゴを疑問視していた。

ステベンソンが偉大なアマチュアボクサーであることは、否定のしようがない。しかし、彼が長丁場のプロのリングに耐えられるだけの肉体と精神を持っていたかどうかは永遠にわからない。

マーク・ブリーランドは80年代最高のエリートアマだった。その戦績は110勝73KO1敗。唯一の敗北も3−2のスプリットデジション。1984年のロス五輪で金メダルを獲得してプロ入りした。

しかし、プロでは世界タイトルのピースは拾い上げたが、それ以上の存在にはなれなかった。

ハワード・デービスも125勝5敗、モントリオール五輪金メダルで全階級通じての最高選手賞(バル・バーカー杯)まで獲得した恐るべきアマ実績を引っさげてプロの世界に飛び込んだ。

CBSテレビはデービスに150万ドルの契約金を用意した。

モントリオールではシュガー・レイ・レナードにスピンクス兄弟も金メダルを獲ったが、彼らを凌ぐ評価を得ていた。しかし、プロでは3度の世界挑戦をいずれも実らせることが出来なかった。

Fighters restart when they turn pro. アマチュアからプロになるとき、ゼロから始める意識を持つことだ。

シュガー・レイ・ロビンソンは85勝69KO無敗のアマ戦績でプロ入りしたが、デビュー戦の相手は4勝17敗のジョー・エチェバリア。プロに順応するのに必要なプロセスだった。

アマチュアのトップは多くのプロよりも技術的には優れている。しかし、多くのアマチュアはプロのようにパンチを強打しないし、パンチへの耐久力もない。

モハメド・アリがプロ入りしてから順応していく様子は見事なものだった。

アマチュアで培った高等技術はプロで戦う上で邪魔にはならないが、それだけは大きな成功は約束されない。

キューバのエリートアマは相当に若い年齢で五輪の金メダルを掴む。ステベンソンとギレルモ・リゴンドーは20歳、ホエル・カサマヨルは21歳。

その時点で即プロ入りしていたら、もっと効果的にプロ仕様の戦い方を習得できたかどうか?それは誰にもわからない。

ワシル・ロマチェンコの唯一の黒星はプロでの成果を急ぎすぎた結果だった。彼はPFPキングの座に上り詰めたが、アマチュア時代の絶対的な存在感は、プロのリングでは失せてしまっている。


アマチュアとプロ。どちらも構造的に大きな欠陥を抱えているが、アマチュアには世界一を決める五輪があり、世界選手権がある。

プロでアルファベット団体の王者になるのと、五輪や世界選手権で金メダルを獲るのでは難易度が全く違う。

…だとすると、プロとアマはルール上で幾つかの〝齟齬〟がある〝別の〟スポーツと考えることが出来るのではないか?

もし、そうであるなら…一人のボクサーを評価するとき、アマとプロ、二つの方向から合算採点するのが適切ではないのか? 

例えば、ブリーランドは「プロでは大成しなかった」と烙印を押されることがある。もし、彼に途轍もないアマチュア実績がなければ「スピードとキレが抜群のウェルター級王者」と評価されていたはずだ。

つまり、ブリーランドのケースでは卓越したアマチュア実績が〝幻滅材料〟として、ボクサーとしての評価にマイナス作用している。 

こんなことがあって、いいのだろうか…? 
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2020年5月31日(日)BS-TBS 17:00~18:54
 
『千原ジュニアプレゼンツ ボクシング王者伝説 蘇る名勝負!壮絶KO集』

【放送カード】
◇具志堅用高 世界タイトルマッチ
◇畑山隆則 鮮烈KO集
◇井岡一翔×八重樫東 史上最高の日本人対決
◇マニー・パッキャオ×寺尾新 超お宝映像
 などなど、その他にも名勝負をたっぷりお届けします。 



畑山隆則はいいですねー。

竹原慎二の世界戦はテレ東でしたっけ。それもまた、ドラマティックです。

TBSといえば鬼塚勝也の印象が強いですねー。

坂田建史はボクサーの鏡でした。勇気の塊でした。

サーシャ・バクティン。長谷川穂積が避けていたロシア人、山下会長が公言してしまってました。

大和田正春と大和武士、これ観に行ったんです。凄かった。

天笠尚とリゴンドー 、これもTBSでしたか。

佐藤修、いい面構えしてます。超人ハルク。ヨーダムロン戦はびっくりしました。

パッキャオvs寺尾新。後楽園ホール、行きました。あのときはどれほど貴重な体験だったか、後になって増幅するんですから。今も高騰中ですね、あの体験。

井上尚弥、若ッ!!

井岡一翔と八重樫東、原の言うようにこれも日本人同士の意地が噴き出す試合でした。

是非、他局でも! 
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おそらく地球上で最も複雑なエンターテインメント、プロレス。

プロレスラーという響きからは、プロボクサーや柔道家、空手家など他のジャンルの格闘技に従事している選手がまとっているのと随分違う不思議で怪しく蠱惑的な旋律が聞こえてきます。 

何度も絶体絶命の〝死刑宣告〟をうけながら、日米で逞しく生き残っているプロレス。

米国でジリ貧のプロレス産業を救ったのは「八百長ショー」だと自ら認める逆転の発想からでした。

老舗団体のNWAやAWAが未来の絵を描けずにいた中で、第三団体だったWWWF(日本人が初めてこの団体を知ったのは「藤波辰巳」でした) はエンターテインメントに徹底的にこだわることでWWEへと進化を遂げました。

スポーツの看板を下ろしてエンターテインメントと認めたことは2つの大きな効果がありました。

一つ目はプロレスへの不信感を払拭して、純粋なショーとして楽しむスタイルを示したこと。リングでの対決に至るまでの物語を提供し、リング内でも徹底的にショーにこだわり、リングを降りた後はまた新しい物語が始まる…。

そして、二つ目。「スポーツ」なのか「エンターテインメント」なのかは、米国ビジネスでは重大な問題なのです。つまり、税金です。エンターテインメントで申請した方が税金が低くなるという仕組みです。

NWA的なプロレスを嗜好していたオールドファンの中には「なんだ、八百長を認めちゃうのかよ」「なんだこのわざとらしいショーは、こんなのプロレスじゃない」とWWEを見限った人もいるでしょう。

しかし、NWA的なやり方では、プロレスは座して死を待つだけでした。プロレスは生き残ったのです。
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カシアス・クレイは自転車を盗まれたことからボクサーになり、ゴージャス・ジョージからトラッシュトークを盗んだことからモハメド・アリに昇華しました。

日本の場合は1960年代の「スポーツとして」と、2000年代の「格闘技として」の2度、決定的と思われる〝死刑宣告〟を受けました。

戦後、最も日本人を沸かせたプロレスは当初スポーツとして認知されていました。力道山が外国人レスラーを空手チョップで打ち倒す姿に日本列島は純粋に感動したのです。

しかし、1960年代になるとプロレスは真剣勝負ではなく〝八百長〟だと見なされ、一般紙がスポーツ欄で取り上げることはなくなりました。

このとき、プロレスはスポーツとして死にました。それ以来、プロレスはスポーツと認められることなく、つまり〝市民権〟を失ったまま半世紀以上が過ぎています。

それでもプロレスの試合は八百長でも「プロレスラーは本当は強い」という幻想は、一部のマニアの間に宿便のように残っていました。

その最後に残された幻想も総合格闘技のリングで人気プロレスラーが何度も惨敗することで、木っ端微塵に破壊されてしまいました。

そして、今、市民権も最強幻想も喪失したプロレスは女子ファンまで開拓するムーブメントを起こしてエンターテインメントとして新たな成長期を迎えています。

つまり、今のプロレスファン、彼らや彼女たちにとって「市民権」や「最強幻想」などどうでもいいことになっているのです。 
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ボクシングには、プロレスのようなエンターテイメントという逃げ道が、恐らくありません。

かつて、プロボクシングのヘビー級チャンピオンは「世界最強」と考えられていました。モハメド・アリが豪語する Greatest も「最強」と訳されることが多かったのですが、総合格闘技がここまで進化・発展した現在ではその訳では誤解を招いてしまうかもしれません。

しかし、プロレスファンのような「最強幻想」にしがみつくボクシングファンは少数派です。総合格闘技は、ボクシングが初めて直面するコンバットスポーツのライバルでしたが、そこに「ボクサーの方が強い」というこだわりや変なプライドはありません。

ボクシングファンが総合格闘技に対して何かライバル心のようなものがあるとしたら「ボクシングの方が五輪種目になっているなどスポーツとしての格は上」という瑣末なレベルでしょうか。

それはプロレスに対しても同様で「ボクシングには市民権がある」「プロレスは八百長」という〝優越感〟となって現れてきました。

「ボクシングには市民権がある」。「格闘技スポーツの中で一番格上」。

それは大切にしなければならないストロングポイントの一つですが、見方を変えるとカエルが「このままでいい」と考えてしまいがちな〝ぬるま湯〟ではないでしょうか。

ハロルド・ジョージ・メイの話をしようと思っているのに…前置きが長くなっています。
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 Boxing is dying industry. ボクシングは滅びゆく産業である。

2018年にボクシング事業から撤退したHBOの幹部はこう言い放ちました。

ライバルの Showtime と〝共催〟した史上最大のメガファイト「パッキャオvsメイウェザー」(メイウェザーと契約していたShowtimeでは「メイウェザーvsパッキャオ」)からわずか3年で、皮肉にもHBOのボクシング事業は清算されてしてしまいました。
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普通ならその年一番のイベント(メガファイト)が選ばれる「EVENT OF THE YEAR」。昨2019年は「アンソニー・ジョシュアvsアンディ・ルイスJr.」の「Crash of the Dunes」(砂漠の決闘)が選ばれましたが、次点には我らが「世界中の軽量級選手に夢と希望を与えた『さいたまスーパーアリーナ』」が肉薄していました。

しかし…。2018年一番のイベント(出来事)は試合ではなく「HBO LEAVES BOXING」(HBOのボクシング事業撤退)が選ばれてしまいました。



「HBOとボクシングはイコール」(リング誌)という大きな存在が経営破綻したわけです。

米国でのボクシングの社会的地位は1960年代後半から下り坂、全体市場も少なくとも1980年代後半から縮小を余儀なくされ、このまま減退していくと2050年までにボクシング産業は消滅するという試算もあります。

そして、太平洋を挟んだ日本のボクシングに目を向けても「社会的地位」は米国同様に低落傾向が続いています。

しかし、最後のボクシングヒーロー・具志堅用高のあとにも辰吉丈一郎、亀田興毅という国民的な関心を呼ぶタレントが間歇的に登場していることからも、滅びゆく産業には見えません。

また、ロンドン五輪金メダリストの村田諒太や、日本人で初めてリング誌を単独カバーした井上尚弥は純粋なアスリートとしてスポーツファンから高く評価されています。

多くの産業で「米国の10年遅れ」と言われるように、ボクシングでも10年遅れで衰退の道を辿っている日本ですが、シュガー・レイ・レナード以来、国民的英雄が生まれていない米国と日本を単純に同一視することは出来ません。

もちろん、この論を待たずとも日本の未来は衰退する米国の中心地ラスベガスにあるなんて妄想は、馬鹿げた白昼夢です。

ラスベガスを最も「正しく沸かせた日本のスポーツ」は大相撲興行でした。奇しくも、それはマンダレイ・ベイのイベンツセンターで開催されました。

「井上vsカシメロ」とは比較にならない関心を集め、上階席封鎖なんて悲しいことはせず、高額のチケットがほぼ完売して3日間も連日フルハウスにした2005年10月7〜9日で行われた〝ラスベガス場所〟。

また、ボクシングでは米国での軽量級への関心・需要の低さからコネクトすることがないままの日米市場ですが、プロレスでは半世紀以上も前から意外なほど濃密なギブ&テイクの関係を築いてきました。

日本のプロレスは米国市場でも一定の需要があるのです。

昨日の日経産業新聞で新日本プロレスのハロルド・ジョージ・メイ社長は、ボクシングとは比較にならない絶望的な危機を何度も乗り越えてきたプロレス経営について語っています。

「スポーツとして否定」「最強として否定」とプロレスが直面した存在意義に関わる致命的な危機と比べ、ボクシングの危機は「団体と階級の増殖で王者の権威が低下」「他のスポーツが台頭して相対的な地位が下落」という生温いものでした。

しかし、それは逆に言うと「茹でガエル」「ゆるやかな自殺」に他なりません。 

いきなり、熱湯をぶっかけられたプロレスというカエルは既成概念という湯船から飛び出さざるをえませんでした。

しかし、徐々に温度を上げられる湯船に浸かったボクシングという名のカエルは進行している危機の大きさを理解できずに、最後は茹で上がって死んでしまうのです。

大相撲の「ラスベガスへのアプローチ」と、プロレスが成功している「日米関係」。

軽量級ボクシングには大相撲が持つ異国情緒や迫力がない、プロレスのような〝共通語〟といえる実質同一階級のエンターテインメントではない。

…だから、ボクシングには、特に軽量級のボクシングには応用できない。

そう考えるのが、常識かもしれません。

しかし、大相撲もプロレスも、何の工夫もなく、日本でやってきたことと同じようにやって大成功を収めたわけではありません。

このブログをスポナビで始めた3年前、最初の頃に書いたテーマ「二匹のカエル」の焼き直し、続編です。

すでにここでも書きかけの「井上尚弥のムーンショット」が目指す着地点とも完全にかぶっちゃう内容になりますが、そういうブログなのでご勘弁。

出来ることなら、あらゆるスポーツやら赤煉瓦やら、ワンタン麺やらカレーライスやら…全ての話を一点に帰結できるのが、当初の狙い通りです…。

ではでは、日経産業新聞のジョージ・メイの記にインスパイアされちゃったので、少し深掘りしてゆきます。
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「どっちが勝つかわからない試合をするからお客さんが沸くわけで、辰吉さんだったり、畑山さんだったり、あの時代(のボクシング)を取り戻したい」(プロフェッショナル 仕事の流儀「モンスターの素顔~プロボクサー・井上尚弥」)。

先月27歳になったばかりの井上尚弥は、1993年生まれ。 

辰吉丈一郎が世界戦線のリングに上がったのは、1991年から1999年の井上にとって誕生前の3年間を含む9年間。畑山隆則は1997年から2001年、4歳から8歳の5年間。

「物心つく前」、特に辰吉の試合は井上にとってリアルタイムの記憶なのかどうかかなり怪しいですが、あれだけボクシングIQの高い選手です。おそらくお父さんの解説付きで生中継も観たのをはっきり覚えているのでしょう。

辰吉と畑山、すでにボクシング市場が下り坂を転がり落ちて10年も経っていた90年代。

当時と今で目に見えて違うのは何か?というと、一つには「注目の日本タイトルマッチが東京キー局で生中継されていた」ということでしょう。

キー局がボクシング番組を持ち、毎日のように試合が流されていた60年代は日本ランカー対決はもちろん新人戦まで中継されていたといいますから、世間の注目度・関心度は桁違いだったのでしょう。

そんなスポーツの頂点を極めたファイティング原田の複数の試合が歴代視聴率ランキングで上位に居座っているのは、当然です。

史上最悪のゴールデンウィーク最後の日にお送りするのは、まだそんな〝黄金時代の残り香〟ともいえる日本タイトルマッチが生中継されていた時代のお話です。

もちろん、世界2階級制覇まで果たした畑山は「【届かなかった拳は】世界チャンピオンよりも輝いていた!【儚いからこそ美しい】」のテーマから外れます。

畑山は非常に珍しいタイプのボクサーでした。ホープと呼ばれるボクサーは、ハイリスク・ローリターンの試合を極端に敬遠します。当たり前です。それを回避できるポジションにいるのに、なんでそんな危険なゾーンに首を突っ込まなきゃならないのか?

1997年10月5日にWBAジュニアライト級チャンピオン崔龍洙と三者三様のスプリットドロー、2001年7月1日にジュリアン・ロルシーに2階級目のWBAライト級を奪われるまでの6年間9試合。

日本ボクシング界に輝く人気者の戦譜で、最も印象に残る試合を聞かれたとき、あなたはどのリングを選ぶでしょうか。多くは、日本人2人との激闘のいずれかを選ぶはずです。

2試合とも、アベル・サンチェスに言わせれば「相手の土俵に敢えて立っての〝ファンが喜ぶビッグドラマショウ〟」、その見本のような激闘でした。

畑山からしたらハイリスク・ローリターン、しかしファンはよだれを流す待望のカード。そして、その内容まで想像以上にファンを喜ばせたのです。
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宣伝ポスターやグッズには後ろ姿ながら全裸でファイティグポーズを取る2人。これは販促グッズのテレフォンカード。

多数決なら坂本博之戦なんでしょうが、私はコウジ有沢です。コウジも「【届かなかった拳は】世界チャンピオンよりも輝いていた!【儚いからこそ美しい】」というにしても、何歩か手前のファイターでしたが、とにかく美形なのに獰猛なファイターでした。

坂本もそうでしたがコウジも、浜田剛史が言う「嘘がつけないボクシング」なのです。そして、畑山は「嘘をつけるボクシング」も出来ました。

だから、大方の予想は「脚を使って畑山がいなす」と見られていたのです。

にもかかわらず、畑山は敢えて彼らの土俵に入って行きました

きっと畑山は、真っ正直なボクシングがしたかったのです。

さて、この試合が行われたのは1998年3月29日。日本ジュニアライト級王者コウジに、世界戦を引き分けたばかりの畑山が挑戦するという捻れたビッグファイトでした。

当時のコウジは18戦全勝15KO無敗の26歳。曲者・古城賢一郎から3ラウンドTKOで奪った日本タイトルを5連続KO防衛中。 

22歳の畑山は20勝16KO無敗1分。 「ボクシングはビジネスですよ。お客さんが期待しているカードを作って、期待以上の内容を見せればまた見に来てくれる」。そんなファン・ファーストな〝ビジネス感覚〟なら諸手を挙げて大歓迎です!

畑山の「真っ正直な試合がしたい」その思いが炸裂した名勝負。

それだけで、もう何も要らないのですが、この日本タイトルマッチは21世紀の今では想像もできないほど、箱から注目度、待遇何もかもが破格でした…。   
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読者の意見を載せたページが面白い、と書きました。

確かに、雑誌の記事では書けない批判的なことも読者の筆を介してなら載っけることも出来ますからね。

ただ、大昔は「プライバシー」や「個人情報」など全く存在していないとんでもない時代でした。

プロ野球選手の住所は完全公開され、ファンは長嶋茂雄の自宅に直接ファンレターを送ることができた時代です。
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私が物心ついた80年代でもプロレスとボクシングとキックをごった煮した格闘技専門誌「ゴング」などは読者ページで本名をそのまま載せるのはもちろん郵便番号から自宅の番地、年齢まで「開示」されています。

なんというか、良い時代ですよね。誤解を恐れずに言うと、世の中はどんどん世知辛く、住みにくくなっているように思えます。

そんなおおらかな時代ですが、鋭い投稿もあるんです!

山口県から中学1年生の投稿です(もちろんフルネームで住所も載ってます)。

「スタン・ハンセンは良い選手だが、ウェスタンラリアットを使い過ぎるのは良くない。昔は2試合に1回くらいしか使っていなかったのに、今は1試合で何回も使うようになってしまった」。

「プロレスに台本があるとかどうでもよくて、見てて面白いかどうかが一番大切、だからせっかくみんなに凄いと知れ渡ったウェスタンラリアットを使う回数は控えるべきだ。いっぱい出して喜ばれるのは今だけ、こんなことを続けていたら飽きられる」。

「ウェスタンラリアットは理由(マジソン・スクエア・ガーデンで人間発電機ブルーノ・サンマルチノの首を骨折させた)も立派なのだから、必殺技として大切にしたらハンセンはもっと大スターになれると思う」。

当時で、中1で、プロレスの本質を見抜いて楽しんでいるとは!ギミックを言葉は知らないのに、その意味を完璧に理解しています!

私と同年輩か少し上でしょうが、彼は今もプロレスを見てるのでしょうか。 
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家にいる時間が長くなって、あちこち整理しています。

特に雑誌も含めた書籍関係は、断捨離の重点項目。

しかし、パラパラ読み始めると、読書タイムにどっぷり浸かって何も整理整頓されずに午前様、なんてことが頻発しています。

「この機会に断捨離」なんて思い立っても、これまでの人生でその機会がなかったわけではありません。

今まで全く出来ていない整理整頓が急にできるわけもなく、今週は吉川英治の「宮本武蔵」と「三国志」を一気に読み返す1週間となりました。

そんな合間にも、いろんな本や雑誌を読み返していましたが、ボクシング関係で目に止まったのは読者からの意見を掲載したページです。

当時の〝世論〟みたいなのが、雑誌記事よりも鮮明に浮かび上がっていて非常に興味深いのです。

今夜、ご紹介するのは40年前、1980年のボクシングマガジン8月号の「読者のリング Readers corner」で「残念な具志堅用高の国民栄誉賞見送り」です。
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雨のモントリオール、五輪スタジアムで行われたメガファイトから届いたのは「シュガー・レイ・レナード敗れる!」「敗者でもモハメド・アリを凌ぐ史上最高報酬17億円!」というビッグニュースでした。

ちなみに、ボクマガでは現在も「読者のリング」のタイトルのまま、超長寿コーナーです(サブタイトルは「For Readers」ですが)。 

内容は、具志堅の国民栄誉賞見送りについて政府が「ボクシングは国民の支持が薄く、特に青少年の支持が希薄」とその理由を発表したことについての読者投稿です。

「確かに王貞治と比べたら具志堅はスポーツマン二番手かもしれないが、二人目の受賞者である古賀政男は国民と青少年の支持が厚かったとでもいうのだろうか?」と至極真っ当な意見が展開されています。

そして「具志堅内定のニュースを聞いたときは、これがボクシング復活のきっかけになると期待したのに」という声も。

ここから読み取れるのは、①当時も今も政府は行き当たりばったりの低脳 、②40年前でもボクシングは落ち目でファンは危機を感じていた、という二点です。

まー、国民栄誉賞なんて政府の人気取り策の典型ですからね。そもそも賞なんて、ノーベル賞でも人が決めるいやらしいもので「スタンドに放り込めば本塁打」「世界王者に勝てば世界王者」というわかりやすい世界じゃありません。 

その意味ではイチローやボブ・ディランは最高に格好良いです。 ディランは結局もらっちゃったのはいただけませんでしたが。
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