フシ穴の眼 〜スポーツ疾風怒濤編〜

      Hope Lights Our Way / 希望の道を、つなごう。

カテゴリ: プロ野球

藤川球児が今季限りの引退を発表しました。

印象的だったのは「粉骨砕身」という言葉を絞り出したあと、下を向いて涙を堪えた場面ではなく、「叱咤激励が本当に多かった」と清々しい笑顔を見せたときでした。

阪神タイガースですからね。

毀誉褒貶は12球団で頭抜けています。それが、ファンだけでなくメディアまでそうなのが特殊です。

「誉」や「褒」も含めて、過剰な叱咤激励がこのチームの若手選手をプレーに集中させずに、成長を蝕んできました。

「それを覆すのが楽しくて」と語ったように、彼が「本当に多かった」と振り返ったのは叱咤激励ではなく「叱咤」でしたが、藤川は多くの選手が飲み込まれた毀誉褒貶の荒波を見事に乗り越えて見せました。

「それを覆すのが楽しくて」。藤川の火の玉ストレートの発火点は、反骨心でした。

毀誉褒貶が激しかったことでは世代の旗振り役、松坂大輔も際立っています。

「若手のチャンスを奪っている給料泥棒」。そんな非難を見返して下さいと向けられたマイクに松坂は「野球は誰かを見返すためにやるもんじゃないです」と笑いました。
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東京メトロ銀座線のクラシック車輌。※本番とは関係ありません。

彼らもドラ1の中でも特別な存在でした。

藤川は自分で引退を決めることが出来る、大投手になりました。

松坂大輔も松坂大輔でなければ、とっくに行き場を失っていたでしょう。

木佐貫洋や古木克明もこの旗のもとで活躍した選手だと思い出すと、藤川がいかに長い航海を終えるのかを実感してしまいます。

黄金色に輝いていた世代がどんどん、舞台から去っていくのを見送るのは、寂しさしかありません。
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人気者が優遇されるという点において斎藤祐樹を例に挙げているのでしょうが、とっくの昔に戦力外というのは的外れです 

斎藤佑樹に限らず、活躍の期待値が高いとされるドラフト上位の選手が長く在籍するのは珍しくありません 
 
また、ドラフト上位の選手はドラフト時点で活躍の期待値が高いことを意味しており、排出した学校や企業の期待に答え、学校や企業との関係性を壊さないよう、その選手をしっかりと面倒を見なければならない事から長く在籍することは一般的です 

戦力外になるかは所属する球団の選手層も影響し、斎藤佑樹が所属する日本ハムはここ数年、投手の選手層が薄いため2軍では結果を残していた斎藤佑樹が残ることは不思議ではありませんでした 

斎藤佑樹が戦力外になる可能性を論じるのは年齢と怪我で上がり目が無くなった今年以降と見るのが妥当です 

ボクシング記事のヤフコメが酷いのはいつものご指摘の通りですが、斎藤佑樹をとっくの昔に戦力外というのも、毎年斎藤佑樹を戦力外と叫ぶ的外れなヤフコメと同等と認識した方が良いと、老婆心ながら思います 

斎藤佑樹にとって人気が良い方向に働いたこともありましたが、 
むしろ、人気があり注目度があったことで、ドラフト上位の選手が活躍できなかった末路として特別ではなかったにもかかわらず、ライト層から過剰に批判された例でもあったと思います
 
2020-08-31 16:11:55 返信編集 ななし 202.243.234.199
 
 
ドラフト1位で入団するのと、そうではないのでは待遇や与えられる出場機会に大きな差が生じてしまうのは当然です。

期待外れに終わった大卒ドラ1が球団職員として第二の人生が用意されるケースを見かけますが、それも入団時の契約条件に盛り込まれていることが当たり前です。

また、甲子園で大活躍するなど知名度だけならプロでもトップクラスのルーキーも特別過保護に扱われます。

もし、斎藤佑樹がハンカチ王子という別の名前を持たない、大学時代の実績だけのドラ1なら、プロ10年目のシーズンを迎えることはなかったでしょう。

そして、甲子園でライバルだった田中将大が世界最高のクラブでエースに成長していることも、二人の明暗のコントラストを強烈なまでに残酷たらしめています。

もちろん、ボクシングの世界でも、井上尚弥や井岡一翔らが木村翔のように圧倒的不利予想のアウエーで戦うことはありえません。

しかし、斎藤佑樹は斎藤佑樹であるがゆえに、他のドラ1なら与えられる忘却という免罪符を得ることのないまま、10年経っても二軍の試合で打ち込まれたことがニュースにされてしまうのです。

何か一つでも違ったら…。きっと、今のような底意地の悪い批判の矢を浴びることはなかったでしょう。

あの夏の相手が田中でなければ。そして歴史的な死闘で勝者になっていなければ。それなら、現在の影はここまで漆黒の闇色ではなかったはずです。

あのとき早稲田大学に進学せずに、即プロ入りしていたなら…。結果は変わらなかったかもしれませんが「進学してダメになった」という、本人が最も否定したい非難を粘着的に浴びることはなかったでしょう。

熱烈なファンの罵声が球団の寵愛を簡単に粉砕する巨人阪神のような人気球団に入っていたら…。 それなら、とっくに戦力外です。そして、その知名度から手を差し伸べる球団もあったでしょう、それこそファイターズのような球団が。

>ドラフト上位の選手が活躍できなかった末路として特別ではなかったにもかかわらず、ライト層から過剰に批判された例でもあったと思います

ななしさんのこの指摘は二つの意味で間違っています。

一つは「斎藤はドラフト上位の選手としては特別扱いではない」ということ。斎藤のように一度もローテーに入ることもなく、2年目以降は戦力にならない低迷を続けて9シーズンもクビにもトレードにも出されなかった選手が、特別でないわけがありません。

そして、その批判はライト層ではなく、メディアからも吹き出しています。

もちろん、メディアや多くのファンが「斎藤は贔屓されている」と決め付けても、「特別」かどうかの客観的な定義や、線引きなど、そんなものは存在しません。

しかし、二つ目。言葉尻をとらえるようですが「活躍できなかった末路」というのは、明らかな大間違いです。

当然のことながら「末路」にも定義はありません。「こっから向こうが末路」なんて線引きもありません。

斎藤を語る文脈の中で「末路」という言葉は「惨めな最期」というニュアンスを感じてしまいます。もちろん、これは私の主観です。

定義や線引きなど存在しませんが、それはあくまでも客観的な話です。私の中では定義も線引きもあります。彼はまだ「末路」ではありません。

「プロになってからずっと辛いですよ。ずっと。戦力外にしてもらった方が楽だけど 、求められてるならクビになるまでやります。(どこかが求めてくれるなら)クビになってもやります」。

もっともっと楽なオプションが目の前にあるのに、甲子園史上最高のヒーロー(主観)は32歳になっても諦めていません。

きっと「ここがボトム」という程度に考えているのでしょう。でないと、とっくに折れています。

そして、何よりも…。

彼への批判は、彼のパフォーマンスにだけ向けられるべきです。彼への批判の多くに、彼がコントロールできないこと、すなわち球団の方針や姿勢まで含められていることは、あまりにも不条理で理不尽で無知蒙昧です。
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大相撲も魁皇の晩年あたりは温情相撲がかなり怪しい感じがありましたが。 
プロ野球は異質ですね。有名選手の保有や記録達成のための出場。引退試合では直球勝負、フルスイングが暗黙のルール、かと思えばノーノーやサヨナラ負けなんて事も。忖度の物差しのよく分からん世界です。 
2020-09-01 11:29:04 返信編集 ムーンサルトをする森光子 49.98.156.158

人気者の優遇処置(無理に出場機会を作る)という点においては、連続試合フルイニング出場世界記録中の晩年の金本知憲が一番分かりやすいと個人的には思っています
2020-09-01 14:21:25 返信編集 
ななし 153.164.69.204 

これは、お二人とも同じことを指摘しています。

勝手にまとめると「スポーツにおける実戦、真剣勝負の舞台で〝功労賞〟を持ち込むな」ということです。

〝功労賞〟はあるべきだ、と考える人でも行き過ぎた〝功労賞〟には眉を顰めるでしょう。

しかし、個人的には実戦の舞台でも〝功労賞〟はありだと思います。もちろん〝功労賞〟が存在しようがないボクシングは、だからこそ好きなので、大きな矛盾を孕んでいますが。

兎にも角にも、レジェンド達に実戦の場で贈る〝功労賞〟は正しい!(主観)

しかし、それはレジェンドの〝功労賞〟につきます。イチローや松坂は言うに及ばず、斎藤だって普通のドラ1ではありません、レジェンドです(主観)。



イチローが成し遂げた偉業は数え切れませんが、最も大きなものは小細工の首位打者争いを一切せずに戦い抜き、それまで日陰賞だった最多安打に眩しい光を当てたことです。

タイトルを争う現役バリバリの選手が首位打者を競り合う中で欠場したり、本塁打争いで対戦相手のライバルを意味なく敬遠したり。最多勝争いをする先発投手に安易に勝ちの付くイニングでショートリリーフさせる…そんな噴飯行為はファンを舐めきっているだけです。


ボクシングでいうと「3つ全部取られても勝ってる」と採点で大量リードと決め付けて終盤を流したブラッドリー初戦のパッキャオなんかは最低です。 

「肩を痛めて普通の状態じゃなかった」(メイウェザー戦) 、「オーストラリア入りしてからひどい風邪をひいて最悪の体調だった」(ホーン戦)も相当に見苦しいですが、リングの外の戯事です。

許せないのはリングの中でファンが面白くない戦法を選んだブラッドリー初戦の言い訳です。

主要メディアがパッキャオ勝利を支持、WBOが公式に誤審を認めた内容(誤審は認めても判定は覆らないのがボクシングとはいえそうじゃないこともあるから闇深い)でしたが、あんな試合誰が見たいと思うか!




この話は、まだまだ続きますね。。。。。(主観)。 

今朝の通勤で大枠書いた
【朝採り通勤レポ】ですが、加筆してこんな夜中にアップします。 実質「夜採り」ですがタイトルは「朝採り」です(主観)。
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このブログを始めた大きなきっかけは、2015年に行われた「メイウェザーvsパッキャオ」でボクシングに嫌気がさして、自宅で大きな場所を取るようになっていたリング誌などの雑誌を断捨離しようとしたことでした。

そこで、リング誌をずらずら読み返していると、結構どころかものすごく面白くて、自分がこのスポーツを大好きになった理由がよくわかりました。

それまではSNSなど友人知人らの映画サークルに軽く書くくらいで、今も好んで使うことはありませんが、2017年にボクシングが好きな理由を整理しようと手軽にオープンできるスポナビ+に「フシ穴の眼」を書きました。

すると、その年のうちにスポナビ+はサービス終了。ライブドアへ引っ越しました。

「フシ穴の眼 スポーツ疾風怒濤編」とタイトルにオヒレを付けましたが、3年間のスタンスは変わっていません。

非常に内向的な動機で始め、それも変わっていません。日常生活においても「亀田は偽物。井上尚弥は本物でラスベガスでとんでもない大試合をする」というような話をする人もいますが、そこでどうこう語ったりはしません。

面倒臭いのが一番で、多くの人から無条件に尊敬されているボクサーの悪口とも取られかねない意見などを突き刺すメリットは双方にありません。

これが仕事上の話なら別ですが、完全に趣味の領域です。

匿名でこういう場所から少数意見を発するのは卑怯者かもしれませんが、正確な事実と本質的な真実を多くのボクシングファンに伝えることが出来る場所としては悪くはないと感じています。

多くといっても読書数の少ない不人気ブログですが、居酒屋のスポーツ談議でややこしい話をするよりは効率的です。

そして、自分しか書けない、自分しか開かない紙の日記とは違い、せっかくのソーシャルなのでコメント欄も全面的に開放しています。

あらゆる意見を認めるわけではありませんが、あらゆる意見をコメントすることに制約は一切設けていません。

基本的に全てのコメントは削除せず、残しています。私への罵詈雑言も全く問題ありません。

ただし、明らかな放送禁止用語的なコメント、読者同士の醜い罵り合いは、滅多にありませんが削除します。

あとは、そうですね、今みたいに通勤途中に書くことも多いのですが、何も書かない、プログを見ない日もあります。

過去記事のコメントについては特にそうですから、返事しなくても気にしないで下さい。コメントを見てないことがほとんどです。

見たコメントは「いいね」してますが、返事しないことも多いと思います、ご容赦を。

またまた、前置きが長くなりました。
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スポーツで絶対の原理原則であるはずの公明正大は、世界的な統括団体が存在しないボクシングにおいては完全に崩壊しています。

八百長問題で揺れる大相撲が有力新人への優遇処置などなく横綱には勝ち方や品格まで求められる一方で、事実上の国技・野球のプロではドラフト1位選手や、ビッグネームへの贔屓・忖度がまかり通っています。

ここ数年では、メディアやファンからも松坂大輔と斎藤佑樹への優遇処置に疑義の声が挙がっています。

プロは人気商売、松坂はもちろん、斎藤が普通のドラ1でないのは明らかです。

では、彼らへの優遇処置は、フィールド外での見返りを考慮するとビジネスとして当然の選択なのか?

それとも、フィールドでは大きな見返りが期待出来ない彼らに貴重な出場機会を与えることは、許容範囲を超えた公明正大への冒涜なのか?

斎藤の先輩、鳥谷敬の例からも振り返ってゆきます。
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帰宅電車の中で読んでいて、涙が出そうになりました。

「NUMBER1009 こんな夜に野茂英雄が読みたい」。

思い入れのない人には、大して面白い記事はありませんが、私にとっては違います。

野茂英雄がキャンドルスティックパークに立った日。

まさに「日本野球の興廃この一戦にあり」という試合でした。その大勝負に野茂はたった一人で挑んで勝利したのです。
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対談記事のある山中伸弥も、iPS細胞のことは何も分からなくても、もっと言っちゃうとどれ程凄い人なのかもよく理解できていなくても、この人が誠実であることは、ある講演会ではっきり伝わりました。

会場がフルハウスだったのは、ノーベル賞を取った直後だったからだけではありません。

不治の病の家族や大切な人の生命や健康がiPS細胞によって救われる方が詰め掛けていたのです。

そんな、希望にすがる人たちを前に、博士は静かにこう言い放ったのです。

「iPS細胞は万能ではありません。そして、この技術が一般に広まるまでには、いくつもの段階を経なければなりません。それは早くても15年、現実的にはもっと先の未来になります」。

私は「藁にもすがりたい、そんな人が集まっているのに、もう少し景気のいい話から始めろよ」と思いました。

会場から小さなおばあさんが「先生、大怪我で半身不随になった息子は今年で還暦です。体調も良くなくて15年以上先はわかりません。でも15年先には息子みたいな辛い思いや、私みたいに悲しい思いをする人が救われる日が来るかもしれないんですね」と、はっきりした言葉で質問されました。

博士は「約束はできません。でも絶対その日が来るように頑張っています」と答えました。

会場には、すぐ近い未来に家族や大切な人が救われるのかもしれないと、大きな期待を募らせていた人もいたでしょう。しかし、会場からは心のこもった拍手が起きました。

山中博士の前に、捏造が発覚した〝STAP細胞〟事件では、白衣ではなく割烹着を着た研究者が「夢の若返りも実現できま〜す」と軽く発現したのを聞いた私は「そんなわけないけど、それくらい言ってもいいな」と、こんなに若い人に大きな仕事や権限を与えた理研という組織は素晴らしいとすら思っていました。

知らないというのは、怖いものです。ましてや何も知らない無知蒙昧にとって、ネイチャー誌という名前だけ知ってる権威からもたらされた情報は「本物」としか思えませんでした。

違和感があったのは割烹着くらいです。きちんとした白衣はアスリートで例えるならユニフォームやスパイクであるはずです。

その頃、親しい仲間で集まった飲み会でも、その話題になりました。

純粋文系・ハンパな体育会系の私は「割烹着の彼女は五輪100m決勝にサンダル履いて優勝したようなもん…でもそんなことってあるか?少なくともスポーツの世界じゃありえない。すごいことだ」みたいなことを話すと、理系出身の友人たちは「機能的にも割烹着はありえない」と不思議がっていたのを覚えています。

「軽い人は偽物」とは限らないと思いますが、山中教授のような誠実の塊みたいなひとは本物です。

私が山中教授の立場なら、辛く長い日々を送っているであろう、あの聴衆を失望させるかもしれないことなんて、絶対に口に出来ません。

野茂もそうです、私が彼なら日本中を敵に回してメジャーリーグに挑戦するなんて、絶対無理です。当時を知らない人もいるかもしれませんが、一般紙からニュース番組まで野茂は〝犯罪者〟扱いでした。

それが「エーーー???」と驚くほど、見事に手の平を返すのです。世の中はそういうもの、とは簡単に納得できないほどの手の平返しでした。

あのときもメジャーのことなんて何も知らない知ったかぶりの解説者連中が「絶対に通用しない」「必ず泣いて帰って来るが、日本は受け入れてはいけない」と異口同音に連呼していました。 

メジャー通ぶってた広岡達朗らの発言や記事は、本当に酷くて見当違いで最低でしたが、あんなことをほざいて書いておいて、いまだに謝罪も反省もしてません。 

まー、海老沢泰久の「監督」はスポーツ小説では屈指の名作で、大好きですが、広岡はなあ。。。 
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会社近くの居酒屋でBSの「スポーツ×ヒューマン “屈辱”のエース いまこそ進化を 巨人・菅野智之」って番組を見て、家路へ向かう電車の中。

虎党としては、菅野なんて一刻も早くMLBでもパ・リーグでもとにかくタイガースと対戦しない、対戦が減るリーグに行って欲しい、もう顔も嫌い、声も嫌い、姿形も嫌い、とにかく生理的に受け付けない選手ですが…やはりすごいアスリートです。

昨シーズンは11勝6敗、防御率3.89。ローテーション投手として十分な数字です。

しかし、嵯峨野にとってはキャリア7年間で勝ち星はワースト3、防御率はルーキーイヤーの3.12から大幅に悪化するワースト。

深刻な腰痛や故障に悩まされたため、本来のピッチングが出来なかったのです。だから、しっかり故障を治して、元の最強スタイルを取り戻す。ーーーそれが普通の思考回路です。

故障も何もなくて打ち込まれたのなら、まだわかりますが、そうではないのです。

ましてや「これまでの野球人生でフォーム改造に取り組んだことなどなかった」というのですから。

そんな菅野が、上野由岐子らも通う「鴻江スポーツアカデミー」の門を叩きます。

五輪など大舞台を踏んだ上野ですが、菅野とはアスリートとしての立ち位置が全く違います。マイナースポーツで五輪以外では注目されないソフトボールと、事実上の国技・野球で日本を代表するエース。

上野の「(巨人のエースとは)背負ってるものが違うけど」という言葉に、菅野は「そんなことじゃないです」と即答します。

そんなことじゃない。菅野にとって、ピッチングのメカニクスやフォームに何度も悩んで、それを何度も乗り越えてきた上野は、教えを乞うべき先生以外の何者でもないのです。

37歳の上野が「良い結果が出ているときは変えることができないから、こんなチャンスはない」という助言に、30歳の菅野はうんうん頷いていました。

あれほどの実績を築いた大投手が謙虚な姿勢で、何かを学ぼうと必死にもがいている姿は、感動的で「自分が菅野なら絶対こういう取り組みは出来ないだろうな」と、一流アスリートの源泉を見た思いでした。

そして、偉大な選手でも一度悪い成績を出してしまったからといって、それまでの自分を大きく変えることを躊躇うのが当たり前なのに、菅野の貪欲な向上心にも恐れ入りました。

有楽町のガード下で菅野の素晴らしさに純粋に感銘している巨人ファンと、まさかまだ進化するんちゃうやろなと嫌な予感にあえぐ阪神ファンやその他球団ファン。

「いやあ、でもイチローはやっぱり次元が違ったなあ」と赤霧島を飲み干したところで、場はほどけました。

どんなに良い結果を出しても、それが邪魔な古いサナギの殻かのように脱ぎ捨てて、毎年モデルチェンジを繰り返したイチロー。

去年打ち込まれたイチローを研究して次のシーズンに挑みかかっているのに、打席に立っているイチローは去年の構えと違う…相手投手としてはもう研究する気が失せてしまいます。

新フォームの菅野については、運動生理学の専門家も怪我がしにくいスタイルだと評価は上々。

しかし、スポーツは現実社会と違って公明正大、実力だけが大手を振って闊歩する世界です。現実世界で菅野ほど勇気をもって変わる努力をする人は、好意を持って高く評価されるでしょうが…。

しかし、現時点の菅野は2勝0敗ながら、防御率は2.91。これから怪我をするかもしれません。そうなると、きっとこういう声が溢れるでしょう。

「30歳まで慣れ親しんだフォームを改造するなんて大間違い」「怪我の原因はあの変なトルネード投法のせい」…。

スポーツは実力と結果だけが支配する世界です。その本質は公平でも正大でもない、残酷です。

あのドキュメンタリーを見ると、フォーム改造は成功とも読み取れますが、まだなんの結果も出ていません。

もちろん、変則短期のペナントレースとはいえ、まだ始まったばかりです。

全ては、これからです。

虎党が巨人のエースを応援するなんて、絶対にあってはいけない、バレたら粛清・リンチに発展しかねない裏切り行為ですが…このブログをやつらが見てるわけがないので、応援させていただきます。

ただし、阪神からあげる勝ち星は開幕戦の1勝だけです。あとは4球団から荒稼ぎして、最多勝でも最優秀防御率でも沢村賞でも、勝手に好きなだけ獲って下さいな。  
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今日は午後からゆーーーっくりとお散歩ラン。

途中に少し大きな公園を発見。池で親子お連れがザリガニ釣りをしてたり、犬を散歩させてたり、少し奥に行くと小川がさらさら流れていました。
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周囲は普通の住宅街なのに、苔むした石がなにやら高尚な日本庭園の趣を与えています。

そういえば「転石苔を生ぜず〜A rolling stone gathers no moss.」って英国の諺で仕事や住居をコロコロ変える人は財産が残らないという悪い意味なんですが、忙しく動き回ってる人は錆つかないみたいな良い意味もいつの間にやら浸透しているような気もします。

NPBのドラフトを拒否して太平洋を渡りメジャーで成功した田澤純一も、決められた場所にとどまることを由としなかったA rolling stone かもしれません。

34歳の右腕は、今年3月にシンシナティ・レッズから契約解除、パンデミックの影響もありマイナーリーグが今季は中止、メジャー挑戦の道が閉ざされたことから帰国の道を選びました。

その日本での帰属先はなんと独立リーグのルートインBCリーグの埼玉武蔵ヒートベアーズ。

昨年手術した右肘が普通に回復しているならNPBでも十分戦力になる投手ですが「田澤ルール」が障壁になりました。

田澤がNPBのドラフト指名を拒否してMLBを目指した行為は「ドラフト制度、NPBの根幹を崩壊させる」として「海外球団を退団した後も一定期間(大卒・社会人は2年間、高卒選手は3年間)はNPB所属球団と契約できない」という、度量の狭いルールが作られていたのです。

それにしても…。NPBで活躍できる可能性が極めて高い才能を2年間も独立リーグに寝かせておくなんて…まともな思考回路ではありえません。それこそ、どんな宝石でも苔もカビも生えるわ!

田澤としては来季、再び渡米してマイナーからMLBを目指す考えかもしれませんが、それにしてもケツの穴の小さい話です。

もちろん、ルールはルール。決められたルールが間違っているのなら是正しなければなりませんが、それまではそのルールを守るべきです…とはいえ、この特別すぎる時勢を考慮することも出来ないのでしょうか。


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自宅近辺の店で、一人でお酒を飲んだり食事するのはレアな私ですが、駅裏にメキシコ料理店を発見。

今日は、日曜日で家族もいるのでテイクアウトでタコスやブリトー、メキシコ風ステーキを買って帰りました。しっかりコクがあるのに爽やかな辛味のサルサソースが絶品でした。

そういえば、在宅ワークが増えると酒の飲み方もきっと変わります。

札幌時代は市内全域、今は築地、銀座、有楽町と広範な酔っ払い領土を掌握している私の基本スタイルは一人飲みで、これまでそういうお店に困ることはありませんでした。

しかし、完全郊外の最寄り駅近辺となると店もかなり少なく限定的で、家族連れや主婦が多い、多すぎる…。

今日はテカテビールとライムを買って飲みましたが、やっぱり店で「次はこのテキーラいったろか」と飲みたいものです。

昨日だか書いたお話の「禅」じゃありませんが、この忌々しいコロナに対して「以前は良かった」と愚痴ったり懐かしむのではなく、「この状況で以前に優る一人飲みを出来るのか?」という問答を流し受け、、絶妙な塩梅のこたえを見つけるのが正しい姿勢なのかもしれません。

ああ、きっと浮浪雲の正体は禅僧ですね。

テカテのあとはテキーラの常備がなく、バーボンウイスキー「メーカーズマーク」へ突入。

赤い封蝋でお馴染みのバーボンですが、プレミアムバージョンは蝋の色が金になります。飲んだことありませんが。

と思ってHPを覗くと、全部の蝋が赤になってる!

さすが、サントリー、ろくなことしません。とにかくサントリーが買収しちゃうとろくなことが起きません。

「ボウモア」は一番残念でした…。
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MLBは日本時間の今日、6月10日実施のドラフト指名を大幅に縮小すると発表しました。

現行の40巡目までから5巡目まで、8分の1にすることで全30球団の契約金で3000万ドル(約32億円)の経費削減になるとのことです。

1球団40巡目までの指名だと全30球団で、ドラフトだけでも1200人の新人選手が生まれる計算です。なんて豊穣な裾野でしょうか。

この肥沃な裾野からスーパースターになった選手は数多く存在しますが、私の中で最も印象的な叩き上げNo.1はマイク・ピアッツアです。

1988年のドラフトでドジャースから62巡目(その年全体で1433人指名された1389番目)の指名。契約金は15000ドル、捕手として入団したものの、捕手をやるのはリトル・リーグ以来、父親がラソーダと懇意にしていたことからコネ指名でした。
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ピアッツァは日本で最も名前の知られたMLBの捕手でしょう。

野茂英雄がドジャース入りしたときの強打の正捕手として。

そしてピアッツアがボビー・バレンタイン監督が率いるメッツに移籍すると、野茂もメッツに移籍して再びチームメイトとなり、新庄剛志までがメッツに入団しました。

今年は、各球団5巡目まで全体で150名しか指名がかかりませんから、ピアッツアのような才能は全くお呼びがかからない超エリート・ドラフトになってしまいます。

来年、40巡指名に戻るかについてもESPNは「この先5年は戻らない」と悲観的です。

なんだか、残念なニュースしか見当たりません…。
 
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非常に冷静なものの見方をされる方でした。

「昔の選手の方が凄い」とは短絡的に語らず「史上最高の右打者は落合博満」「史上最高の投手は伊藤智仁」「史上最高のヒットメーカーはイチロー」と目の前のプレーヤーに最大の評価を与えました。

あの時代のグレートとしては非常に珍しい〝冷静な肉眼〟を持っておられた方でした。

張本勲が全力疾走を怠った選手に「喝」を入れると、「張本なんて凡打したら一塁までいっつも歩いとった。どの口でゆうとんや」としっかり批判。

しかし、私がプロ野球を見始めた頃はロッテや西武で〝過去の名前〟のお情けで現役にしがみついている、失礼ですが惨めな姿でした。

それが、惨めに見えてしまったのは私が幼稚だっただけですが。

「生涯一捕手」。

現役選手としては1954年から1980年にかけての26年間しかグラウンドに立てませんでしたが、冷徹な分析眼で野球を見つめるのが「捕手」だとしたら、84歳で亡くなるまでずっと生涯一捕手を貫かれた、偉大としか表現のしようのない人生だったと思います。

「野村スコープ」に「ID野球」。
無機質に聞こえるデータ重視、管理野球を持ち込んだように誤解されがちですが、その本質は江夏豊や門田博光ら唯我独尊のアウトローを操縦してみせた稀代の猛獣使いでした。

スワローズやタイガース、弱小球団をテコ入れし、ロートルと揶揄された選手を再生させた能力に脚光が当てられがちですが、最も優れていたのは〝猛獣使い〟 の才能だったと確信しています。

猛獣も話を聞く耳を持つ、懐の広い人だったのだと思います。

その意味でも、五輪やWBCで指揮を執って欲しかったです。 

さようなら。

これからはあなたが大きく発展させた日本の野球を、大好きな奥様と一緒にしっかり見守って下さい。 
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MLBの公式ホームページが元旦に「These MLB records might be unbreakable 破られることがないであろう大記録」をアップ。

その筆頭に「イチローの2004年シーズン262安打」を挙げました。

「走行守、イチローほど様々なやり方でファンをワクワクさせたプレイヤーは数えるほどしかいない。そして〝魔法の杖〟と呼ばれた信じられないバットコントロールは、近代野球ではありえない2004年シーズンに262安打を積み上げた。このシーズンにイチローは704打数262安打。この記録を破ろうとするなら700以上の打数で3割7分3厘を打たなければいけない計算だ。君が出来ると思うならやってみたまえ、幸運を祈る」。
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「もし、イチローがあと5年早くメジャーに来ていたら?」。それは米国の野球ファンにとっても想像力を掻き立てられるイフです。【上】引退が迫るイチローと剣豪の生き様を重ねて特集したESPNマガジンから/【下】メジャー初の9年連続シーズン200安打を放ったときに出された号外。

他には「ノーラン・ライアンの通算5714奪三振&2795四死球」「リッキー・ヘンダーソンの通算1406盗塁/シーズン130盗塁」「バリー・ボンズのシーズン232四球&120敬遠」「ベーブ・ルースのシーズン177得点」「ピート・ローズの通算4256安打」「カル・リプケンの2632試合連続出場」などの正真正銘の伝説がずらり。

日米で巻き起こったピート・ローズとの「最多安打論議」については、「イチローが27歳以前にメジャーデビューをしていたらローズの記録に迫っていたことは十分に考えられる」としながらも「メジャーで24年間プレーし1万5890打席に立ったことは誰にも真似できることではない」。

イチローの最多安打については「四死球を選ばないから」「主軸ではなく打順が多く回る1番打者だから」などのケチもつけられていますが、Unbreakable Record であることは疑いようもありません。

今後、四球を選ぶよりもバットを振ることに執着し、シーズンで3割7分3厘をマークする1番打者が現れるか?

そんなやつ、確かに現れないでしょうね。 
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金田正一が86歳で天国に行きました。

野球少年だった頃、金田が好きではありませんでした。昔話しかできない偉ぶった解説者だったからです。 

「(ボールのスピードは時速250kmの)新幹線と同じくらい出てた」 。

「(絶対に打つと断言した原辰徳が凡退すると)みなさん!原を許してやって下さい!」。

金田が解説してると気分も沈んだ幼稚な野球少年にとって、彼は「老害」そのものでした。




ニューヨーク・ヤンキースから入団を誘われたときには「アンパイアも日本の選手が来たら潰すよ。対日感情もすごく悪かった…」(10月8日:朝日新聞朝刊「天声人語」)と日本人初のメジャーリーガーを見送りました。




金田を「凄い人だな」と思い始めたのは社会人になってからです。その頃になると、もう何世代も野球選手を見ていますから、いろんな想像力が働くものです。

「顔が貧相だから大成しない」と斬り捨てられ、一時は口もきかなかった落合博満が「いくら時代が違っても飛び抜けてるんだもん、普通に考えたらわかること。今でも通用する相当速い球を投げてたのは間違いない」と歴代最高投手と語ったことにも影響されているのかもしれません。
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1962年、当時の奪三振世界記録「3508」に並び、雄叫びをあげる金田。

前置きが長くなりました。

今夜のお題は「日本プロ野球のレジェンドはMLBでも通用したのか?」です。

まず、NPBとMLBの現時点の実力差を推測します。

いまだにMLBで箸にも棒にもならなかったネフタリ・ソト(横浜)のような選手がNPBでは2年連続本塁打王になるように、そのレベル差は歴然としています。

マイルズ・マイコラスのようにMLBで鳴かず飛ばずだった投手が日本で開花、米国に帰って最多勝を獲るようなケースも珍しくありませんが、マイコラスは日本で一流投手でした。

NPBでソトのように箸にも棒にもかからない日本人の二軍選手がMLBで本塁打王になれるか?

日本でマイコラスのように鳴かず飛ばずの選手が、MLBに行って一流の成績を収められるか?

そう考えると、日米のレベル差には相当に大きな開きがあります。

MLBで最も大きな成功を収めたイチローですら、日本時代の成績と比べると長打力も打率も著しく減退してしまっているのです。



それでも、圧縮バットやあからさまに飛ぶボール、球足の速い人工芝や固い土のフィールド、狭い箱庭球場でプレーしていた金田の時代よりも、MLB規格に近づいた現代の方が日米の差は縮まっているというのが通説です。


すでにお気づきの方、これを読んで「それはおかしいだろ」と気付いた方もいるでしょう。

そうです。この〝通説〟は大きな矛盾を孕んでいます。

①圧縮バット②飛ぶボール③球足の速いサーフェイス④狭い球場。

これらはいずれも打者に有利になる環境です。

①の圧縮バットの時代は遠くに去っていたとはいえ、イチローや松井の時代も今も、②③④は引き続きの環境です。彼らの打者としてのスケールが日本時代よりもスケールダウンしたのは、十分頷けます。

そして①②③④はいずれも投手にとってはMLBよりも過酷な環境です。

もし、NPBとMLBのレベルが同じだったとしても、この規格の違いから日本の打者が米国に行けば成績が落ちるのは必然です。

今以上に打者有利の環境が揃っていた1970年代以前の打者がMLBに挑戦したら、非常に厳しい結果しか待ち受けてなかったでしょう。

一方で、投手は成績が上がることになります。

現実には日米のレベル差は歴然としてますから、打者は大きくスケールダウンしてしまいます。投手もスケールダウンは免れませんが、打者ほどその落差はありません。

もし、全盛期の金田がヤンキースのユニフォームに袖を通していたら、主力投手の一人になっていたのは疑いようがありません。

金田と現役時代が少しかぶる日本人初のメジャーリーガー、村上雅則の日米での実績もその推測を裏付ける材料になります。

プロ入りから3年目の村上は、南海ホークスから1964年にサンフランシスコ・ジャイアンツの四軍にあたる1Aチームに野球留学。その年の9月にメジャー昇格。

シーズン終盤ということもありこの年の登板数は9試合、投球回数は15にとどまります。しかし、成績は1勝0敗1セーブ防御率1.80。奪三振数も15。

翌1965年は45試合71回1/3を投げて4勝1敗8セーブ防御率3.75 。NPBで全く実績のない、高卒間もない〝留学生〟が、文句なしにMLBで通用したのです。

1966年に南海に呼び戻されえた村上は先発に回り、1968年には18勝をマークします。しかし、15勝以上を挙げたのはこの年だけでした。そのキャリアで二桁勝利も5度だけ、当時の先発投手としては平凡な記録に終わります。

MLBに行く前の1963年はNPBで3試合に登板して勝ち負けなし、防御率4.50。MLBから南海に戻った1966年は6勝4敗、防御率3.08。

変則サウスポーの村上だけをサンプルにして総論を語るのは、公正を欠くかもしれません。

しかし、今以上のバッターズ・パラダイス、つまりピッチャーズ・ヘルだった非常にタフなNPBで投げていた投手は、日本で挙げた成績に近い数字を米国でもマークしていたという仮説は成り立つでしょう。

村上がMLBに爪痕を残した1964年からわずか1年前の1963年、国鉄スワローズで30勝、防御率1.98の金田がピンストライプのユニフォームを着ていたら、いったい何勝したでしょうか?

1961年、NPB歴代最多勝利42を挙げた稲尾和久がMLBで投げていたら、何が起きていたでしょうか?

NPBよりも環境的に圧倒的に投手有利で、試合数も多いMLB。

おそらく、金田は日本記録の「400」を、稲尾は「42」をMLBのマウンドで更新していたはずです。
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