東京2020に向け、9秒台ラッシュが続いていた男子100m。
日本記録を9秒95にまで更新した山縣亮太、自己ベスト9秒98を持つ小池祐貴、この二人に日本選手権で快勝した多田修平。
少なくとも3人のうちの誰かは、89年ぶりの日本選手決勝進出が期待されていました。
しかし、最も言い訳できないスポーツで、史上最強トリオは予選も突破できず、惨敗に終わります。
7組3着までが自動的に準決勝進出。4位以下の選手でタイムが良かった3人がプラスで拾われる、3着+3。
1組の多田は持ち味のスタートダッシュが不発に終わり、10秒22(追い風0.2m)の6着に沈みます。まだ1組目で6位ですから、後の組の4位以下で10秒22を上回るスプリンターが出た時点でゲームオーバー、万事休すです。
3組で走ったエースの山縣は、10秒15(+0.1m)で3人の中では最速のタイムで走ったものの、4着。
準決勝進出の3着以内に誰も入れなかった事実は、100mファイナリスト(決勝進出)を目指し、そこに期待していたファンたちにとって、惨敗だったと認めるしかありません。
その「隣の選手」は9秒85の自己ベストを持つロニー・ベイカー(米国)でしたが、それを不運とは言えません。そういう並びになることは十分想定して練習してきたはずです。
「結構プレッシャーがかかったが、いまできる準備はしてきたので、これが実力」(小池)。
小池は、今シーズン調子が上がりきらないまま、大舞台を迎えてしまいましたが「プレッシャー」という言葉を何度も使いました。「これが実力」、その通りです。
「準決勝、決勝を見据えて10秒0台は欲しい中で、そういうレースが出来なくて残念。スタートはもう少し楽に飛び出したかった。それも含めて調整の問題だった」(山縣)。
山縣は、同じ9秒95を自己ベストに持つラモントマルチェル・ジェイコブス(イタリア)との一騎打ち、予選突破は確実と見られていましたが、そのジェイコブスは9秒94で走り余裕のトップ通過。
プラスで拾われた3人のタイムは10秒05、10秒10、10秒12。山縣はあと0秒3足りませんでしたが、それでギリギリの通過。
山縣が「(最初から想定していた)10秒0台を出していたら問題なかった」という言葉も、全く甘いとしか思えません。10秒0台なら3着通過、プラスでも拾われた可能性大ですが、それでギリギリです。
89年ぶりの決勝進出に必要だったのは10秒0台前半…私たちはこの舞台を完全に見誤ってしまいました。
一体、何が〝史上最強の3人〟を飲み込んでしまったのか。
①世界的なパンデミック下の中で、練習環境は悪化、リオデジャネイロ2016やドーハ世界陸上2019と比較しても、レベルは大きく上がらないと見られていました。
実際に参加選手のシーズンベストで山縣は6位。準決勝進出枠の18人に残れないことはない、と考えていました。
しかし、現実は予選から3人が9秒台で走り、プラスで拾われるラインはドーハの10秒23を0秒1も上回る史上最もハイレベルな予選となってしまいます。
山縣と予選3組を走ったジェイコブスは「最初の2組が予想以上に速かったから、簡単じゃないと気持ちを引き締めた」と、レベルが高いことを確信、9秒94で駆け抜けました。
敗退した後も「10秒0台で走っていたら」という山縣とは意識の差が大きかったように思われます。
②3人ともに語った「いつもの走りが出来なかった」という最大の原因は、決勝進出への重圧だったでしょう。
大谷翔平も「(地元の異様なまでの大声援は)ドーピング、普通じゃない力が出る」と語っているように、五輪でも地元開催がホームの選手に有利に働くのは当然です。
しかし、観客のいないスタジアムではそのメリットは少なく、苛烈に濾過された純度100%の嫌な重圧だけが3人の精神と肉体にのしかかっていたのかもしれません。
そして、そのプレッシャーが野球やサッカーのような団体競技よりも、個人競技の方が増幅されるであろうことは想像に難くありません。
これは、10秒で終わってしまう〝取り返しのつかない〟競技です。
自国開催の五輪。
大きな注目を浴びながらも、スタジアムは無人…。
そこで、いつも通りの走りをするなんて、超人技です。
③9秒台ラッシュで日本選手権にも大きな注目が集まる中で、世界へ向けるべき集中力が散漫になっていなかったか?
男子100mはメジャー種目です。さらに、原始的で爆発的な能力が求められることから「日本人が活躍するのが最も難しいスポーツ」と考えられてきました。
9秒台ラッシュの中で五輪切符をつかんだ3人が、何かをやってくれると期待するのは当然で、彼らも手応えを感じていました。
しかし、日本国内では一気にレベルが上がったとはいえ、世界との実力差は歴然としています。
強豪国としての長い歴史と経験を持ち、国内に世界的なライバルが存在する柔道とは全く違うのです。
淡々とインタビューに答えた彼らの誠実さと正確な自己分析は、さすがでした。
しかし、「銀メダルで申しわけありません」と悔しさに泣く柔道とは意識が違います。
この惨敗は、無駄ではありません。9秒台フィーバーでは、予選突破もおぼつかない現実を突きつけてくれました。
わたしも、五輪前に「レベルが下がったから活躍できたなんて言うなよ!」という趣旨のことを書きましたが、あれは男子100mを主に意識したものです。
3人とも準決勝には進むかもしれないと、期待していました。ただ、確信ではありません。
何よりも、この惨敗劇を目の当たりにしても、多くのメディアが使った「まさか」という思いは全くありませんでした。
「そういうことか」。
そんな思いでした。
甘かった。ただ、ただ、甘かった。