現在、メキシコ・シロアナ州出身で最も出世しているボクサーは、16日に世界タイトルに挑戦するレイムンド・ベルトランではありません。

出世頭は、レイより10歳年下のWBOスーパーミドル級王者のヒルベルト・ラミレスです。

つい今しがた、ガーナのハヒブ・アハメドを序盤から圧倒、6ラウンドKOで3度目の防衛に成功しました。

いやはや、過小評価されていますが、ラミレスは強いですね。

とはいえ、減量に苦しみ、前日計量で全裸になってリミットをクリア、身長189㎝、リーチ191㎝の筋肉質の肉体です。スーパーミドル(76㎏)で戦うのは限界ですね。

テキサス州コーパスクリスティのアメリカンバンクセンター(2012年2月18日に石田順裕がポール・ウィリアムス相手に大健闘を見せた舞台です)で行われたこの興行には、セミファイナルにジェルウィン・アンカハスも登場、〝パッキャオ2世〟が10ラウンドKOで防衛成功しています。

さて、このメキシコ史上初のスーパーミドル級王者も、レイ以上に劣悪な治安の街で育ちました。

シロアナ州マサトラン。メキシコ最大の港湾都市にして、治安は最悪のエリアです。

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【「Matar o morir(殺るか、殺られるか)。〝ZURDO(サウスポー)〟ラミレスのバラード)」のタイトルでESPNが行ったインタビュー。静謐な声と言葉で語られるがゆえに、悲惨な記憶は憂鬱で重い説得力を帯びて伝わってきます。】

「殺るか、殺られるか」、大げさに使われることの多いフレーズですが、マサトランの街では全く日常のことでした。

「〝殺さなければ、殺される〟、それがあの街の掟だった」

「少年時代は、いつもポケットに大きな折りたたみナイフを護身用に忍ばせていたんだ。使ったこと?もちろんあるさ、あの街で生き残るってことは、そういうことなんだよ」。

「何かになりたかったかって?…殺し屋、ヒットマンになりたかったな」 。

「どうしてそんなヤクザ者になりたかったのか?殺し屋のお兄ちゃんたちはみんな優しかったから、みんなとてもいい人だったんだ。お金もいっぱい持ってて、いろんなことを教えてくれて、いろんなものを買ってくれて、とにかく格好良かったんだ…こんなことはあの街で育った人間じゃ無いと、全く理解できないんだろうけどね」。

…ラミレスが殺し屋にならなくて良かったです。世界が認めるボクシングの才能を無駄にしてしまうから、ではありません。きっと腕利きのヒットマンになっていたでしょうラミレスは、大勢の命を殺めてしまったはずですから。

「プロボクサーになってなかったら今頃どうしてたかって?無残に殺されてたか、刑務所の中にいるだろうね、これだけは100%間違いないよ」。

しかし、傷一つ無いハンサムなルックスと、優しい物腰からは、殺し屋になりたかった少年時代なんて想像もできません。 


-Ray-‘Sugar’-Beltrán
◼︎WBO世界ライト級王者決定戦 ネバダ州リノ グランドシエラ カジノ&リゾート

1位:レイムンド・ベルトランvs2位:パウルス・モーゼス。

さあ、次はレイムンド・ベルトランの世界ライト級タイトルマッチです。

ベルトランの目の前に賭けられてるのは、WBOのチャンピオンベルトだけではありません。

この試合に勝てば、Employment-Based Immigration: First Preference EB-1、「アーティストグリーンカード」と呼ばれるアメリカ永住権の申請が認可される公算が大きいのです。

EB-1を手に入れた瞬間から、ベルトランは違法移民ではありません。いつ逮捕・強制送還されるかビクビクしながら不安な毎日を過ごす必要がなくなるのです。 

芸術家や学者、研究者、それぞれの分野でextraordinary ability(専門的かつ卓越した能力)を持ち、 その技能が米国の発展に寄与すると認められた時、EB-1は発行されます。

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【2011年5月12日リング誌電子版から〜空位のUSBAライト級タイトル戦を前にしたベルトランとその妻子。パッキャオが激励に訪れました。試合は3−0で勝利。】

まともな教育も受けることができずに貧困に喘いでメキシコから脱出した移民たちにとって、
extraordinary ability など おいそれと証明できるものではありません。

 しかし、レイには二つの拳がありました。

「パッキャオのスパーリングパートナーになれたときは夢みたいだった。そのへんのチャンピオンよりもずっと報酬が高いし、いろんなメディアから数え切れないほどインタビューも受けた。新聞やネットに載った自分の写真を見せて友人に自慢したよ。聞かれたのは私のことじゃなく、パッキャオの状態のことばかりなんだけどね(笑)」。

「でも、すぐに気づいたよ。パッキャオのスパーリングパートナーになるってことは、この世界で最も過酷な仕事だってことが。対戦相手なら叩きのめされたら病院のベッドで休めるけど、俺はそうはいかないからね。たいていのパートナーは体が持たなくてリタイアするから…いつも〝スパーリングパートナー募集中〟だったのはそういうことさ。でも、俺は8年間もこの仕事を勤めあげたんだ。ハットンは6分、デラホーヤでさえ24分しか持たなかった仕事を、なんと8年間も勤め上げたんだぜ!」。

今回の相手、パウルス・モーゼスは、リング誌(ベルトランは3位)では10位にも入っていない39歳のベテランです。

チャンスは大いにあります。