あと1ヶ月余りとなりました。

WBO世界ジュニアミドル(ボクシングの水増し階級は一部団体が「スーパー」呼称していますが、リング誌やESPNなど大手メディアと同様、世界的に主流の「ジュニア」で書きます)級王者決定戦。ミゲール・コットvs亀海喜寛。

カネロ・アルバレスに完敗してから約2年もリングから遠ざかっているコットが不条理な1位、世界的な実績ゼロの亀海が摩訶不思議な5位と、今回のWBO世界戦には厳しい批判もありますが、当日は HBOがボクシング番組の最高グレード、World Championship Boxingで、全米生中継します。

そして、日本のボクシング界にとっては「世界的なビッグネームと拳を交える」という一点においては、史上最大の決戦となります。

全盛期のコット相手では到底勝ち目が無いだけでなく、試合そのものが成立しようがないカードです。

「栄光のキャリアの最後の相手(カネロともファン・マヌエル・マルケスとも噂されています)」に向けての調整試合を模索しているコットが、ジェームズ・カークランドら有力候補が怪我で脱落するなど、対戦相手は二転三転、紆余曲折の末に亀海を選んでくれました。

【2016年リング誌の年間最高試合賞のRUNNNERS UP(次点)に選ばれたヘスス・ソトカラスとの第1戦は「チケットが発売されるやいなや、一部のファンはすぐさま購入した。彼らは面白い試合になることを確信していたのだ。そして、彼らは正しかった」。】

そもそも、次の引退試合、グランドフィナーレへのチューンナップと位置付けられているわけですから、オッズも予想もコットに傾いています。

ただ、この10月で38歳、全盛期はウェルター級王者時代の2007年、まともな強豪に最後に勝ったのは2008年のジョシュア・クロッティという、とっくの昔にプライムタイムが終わっているプエルトリカンにとって、膝に大きな爆弾を抱えていたユーリ・フォアマンやセルヒオ・マルチネスよりも亀海の方が危険な相手になる可能性は否定できません。

ジュニアウェルターとウェルター級という最もレベルが高い階級で最強と評価され、ジュニアミドルではカネロやオースティン・トラウト、フロイド・メイウェザーには完敗したもののアルファベットタイトルを獲得、ミドル級では「幸運以外の何物でもない」と揶揄されながらもマルチネスからリネラル(正統)王座、リング誌王座を強奪したコットが、一発殿堂確実のグレートであることには、誰も異論はないでしょう。

しかし、意外というか、思い返せばその通りというか、コットは非常に勝負弱い面も持ち合わせています。特に、西海岸のビッグファイトでは痛すぎる敗北を重ねて、1勝4敗。唯一の勝利は、ポンコツ状態のリカルド・マヨルガだけです。

この痛い4敗、悪夢の西海岸を振り返ると…。

無敗の快進撃に急停車を余儀なくされた2008年7月のアントニオ・マルガリート戦。この対決は誰もが認める当時のウェルター級最強決戦。メイウェザーもオスカー・デラホーヤも対戦を避けたティファナの竜巻の猛威に、プエルトリコの英雄は完全に飲み込まれてしまいます。

さんざん打ちのめされた末に、最後はパンチではなく、凶暴なメキシカンの追撃から逃れるべく自ら膝を折ってしまう姿には「クイッター(試合を諦めたヤツ、ボクサーにとって最も屈辱的な言葉の一つ)」の烙印まで押されてしまいました。

それまで難攻不落とみられていたコットが、3−1のオッズが嘘のようにマルガリートの暴風雨になすすべもなく敗れ去った光景は世界に衝撃を与えました。

この試合でコットが失ったものは、無敗のキャリアだけではありません。体格で勝る相手を捌ききれない欠点を露呈、浜田剛史が「デヘンスNo.1」と太鼓判を押した八の字ガードはマルガリートの見にくい角度とタイミングで飛んで来るアッパーにはザルでした。何より、弱々しくリングを逃げ惑う姿によって、無敵のベールは完全に剥ぎ取られてしまいました。

八の字ガードは現在では閉じられているものの、メイウェザー戦ではガードが外れた側頭部にパンチを集められ、デフェンス面での欠陥は改善されていません(この変則パンチについてメイウェザーが語っている技術論が秀悦ですが、それはまた別の機会に)。

そして、大柄な相手を持て余すのは今も同じです。リーチ、身長でコットを上回る亀海のフレームは、コットにとってやりやすいものではないでしょう。

2008年に凡庸な英国人、マイケル・ジェニングスと空位のウェルター級王座を争い、WBOバージョンのベルトを取り戻したコットですが、2009年にはマニー・パッキャオの「史上初の7階級制覇」の生贄に供されます。この試合は、コットが味合うキャリア初のアンダードッグ(オッズは3〜4−1でパッキャオ)、フィリピン人に有利なキャッチウェイトまで飲まされます。

当時のパックマンは鬼神の勢いでしたから、敗北は無理もありませんが、ここで勝っていれば人生変わってました。そんなタラレバ言い出したらきりがありませんが。

【パッキャオ、メイウェザー、カネロ。大番狂わせを狙ったキャリア最大の勝負は、3つとも完敗。2007年には光速ザブ・ジュダー、全盛期バージョンのシェーン・モズリーに勝ってるだけでも偉大すぎるのですが、超人気者の3人にはいいところなく全敗というのが残念です。コットの方が全盛期を過ぎていたというイクスキューズは出来るにしても…。】

マルガリートとパッキャオにつけられた二つの黒星は、一人のボクサーのキャリアを幕引きさせる心身ともに深いダメージを残す、こっぴどい敗北でした。それでも、コットはジュニアミドル、ミドル級に活路を見出し、2012年5月にはメイウェザーとのメガファイトに漕ぎ付けます。しかし、この試合もパッキャオ戦同様、Bサイドのアンダードッグ。試合も善戦したものの、予想通りに進み、終わってしまいました。

そして2015年11月、カネロ戦。ここでもオッズと予想通りに敗退。この試合からコットは約2年もの間、リングから遠ざかっているのです。