私の高校時代、80年代中盤まではビールの世界はキリンの一強時代でした。

1987年に発売されたアサヒの「スーパードライ」が保守的なビール業界の風景を一変させました。

それまで、各社とも基幹ブランドに集中するだけだった戦略を一気に転換、新商品ラッシュの時代に突入します。

マイク・タイソンがCMキャラクターをつとめたサントリーの「モルトドライ」などもその一つでした。

市場寡占から公正取引委員会が目を光らせていた、難攻不落に見えたキリンの牙城が脆くも崩壊。

もっと正確に言うと「キリンラガー」の失墜でした。

スーパードライの「生」「辛口」の新潮流に飲み込まれた「キリンラガー」は終売を余儀なくされます。

後継は「生」を前面に出した「新」ラガーでした。

キリンのHPをざっと見ると、この辺りの「敗北」の歴史は完全に黒塗りされている模様で「ラガーの終売」という大事件は見当たりません。

長らく続いた王朝は完全に没落しましたが、かつて7割近いシェアを誇ったラガーのファンの失望は想像に難くありません。

「ラガーは終売すべきではない」というのは、業界でも一致した意見でしたが、キリンは経営遠略を完全に見誤りました。

キリンが迷走しても、ラガー復活が待たれました。

「いつクラシックラガーを出すのか?」。もうすでに業界内でも、その製品名までが勝手に決め付けられ、2001年に「クラシックラガー」として〝新発売〟されたのでした。
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成功体験にしがみつくのは「失敗の本質」ですが、巨大な打撃を蒙ったパニックから成功体験を根こそぎ捨てて退散するのも「失敗の本質」です。

中高生の頃、時間を見つけては入り浸った小さな名画座。

高校に入ると授業をサボって銀幕の世界に耽溺することもあった私でしたが、平日にもかかわらず、怪しい大人たちもガタのきた古いシートに日がな座って映画を見ていました。

当時は、自分のことを棚に上げて「あの大人達は何の仕事をしているのだろう。きっとろくな人間じゃないな」と、どこかで軽蔑していた気もします。

彼らは、私に「学校はどうした?」と聞くことなど一度もなく、コーラやポップコーンをおごってくれたというのに。

「仁義なき戦い」シリーズを一挙上映していた時期があり、あるおっさんがキリンラガーの瓶を持ち込んでポップコーンをつまみに飲んでいました。

映画の中にもそのビールがよく登場するので、それにひっかけて洒落込んだのでしょう。その気持ちは私にもよくわかります。

映画が終わると、近くに座っていた私に「ゴッドファーザーの方がおもろいか?」と聞いてきました。

「そりゃ比べものにならない」。私はそんなふうに答えた記憶があります。

おっさんは「お子ちゃまやのう」と笑うと、たすきがけしたクーラーボックスから新しいキリンラガーの栓を抜くと、私がコーラを飲んで空になった紙コップにとくとくと注いでくれました。

ビールを飲んだのは初めてではありませんでしたが、好んで飲むことはなく、ぐしゃっと潰れたような苦味に、私は顔をしかめてしまったのかもしれません。

おっさんはまた「お子ちゃまやのう」と大笑いました。

あの頃、場末の名画座でほんの一言二言しか言葉を交わしませんでしたが、印象に残っている大人達が何人かいました。

30年以上も前の話ですが、また彼らと会ったら相当に楽しいなと思うこともありますが、もはや彼らを探す手がかりも、その映画館もありません。

今ならメール交換をしたりするのかもしれませんが、そもそもそんな場末の映画館も少なくなりました。

高校時代、けして面白いと思えなかった、低俗とさえ感じた「仁義なき戦い」が素晴らしい映画だと気付いたのは10年ほど前のこと、あれから四半世紀も経っていました。

あのとき、おっさんはどうして私に「仁義なき戦い」の面白さ、特別さを説かなかったのか、ぜひ聞いてみたいと思うのですが…。

よくよく考えると、あのおっさんは今の私よりも年下だったかもしれません。


お中元にいただいたクラシックラガーをいただきながら、徒然なるままにそんなことを思い出してしまいました。