ジョンリール・カシメロ。

粗削りな時代のパッキャオの香りを漂わせた、Quadro Alasはもう31歳。

31歳は粗削りと言ってる年齢ではありません。軽量級としては若くはありません。

中量級に進出したとはいえ、パッキャオの31歳といえばアントニオ・マルガリートを切り刻んで史上初の8階級制覇を成し遂げた頃の円熟期です。
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カシメロの4つの敗北は格下相手に喫したポカが2つ、アンダードッグのオッズの通りに敗れた格上相手が二つですが・・・・。


カシメロ、31歳。パッキャオ、31歳。

オスカー・デラホーヤやジョシュア・クロッティ、マルガリートら〝ゴリアテ〟を相手に勇敢な〝ダビデ〟の戦いを繰り広げながら世界中のボクシングファンを魅了していた時代のパッキャオの巧妙さを、〝永遠の原石〟カシメロの中に探すのは不可能です。

番狂わせで撃沈されたゾラニ・テテのケースも、命取りになったのは南アフリカ人の不注意なダッキング。カシメロは幸運でした。


ただ…。不気味ですね。本当にカシメロは幸運だったのでしょうか?本当にテテは運悪く油断しただけだったのでしょうか?

ヤツは永遠の原石でしょうけど、石コロではありません。

井上のキャリアで危険な強打者といえばノニト・ドネアただ一人だけですが、カシメロはスピードも加味すると、過去最強の相手と言って差し支えないでしょう。

4つの敗北にはモルティ・ムザラネとアムナット・ルエンロンという軽量級屈指のやりにくい強豪につけられた二つの黒星が含まれています。

カシメロを語るとしたらアムナットとの2試合で十分でしょう。ダーティファイトの応酬となった初戦と、左一撃で試合をひっくり返した再戦。

要は、怖いもの知らずで、荒っぽい喧嘩屋です。どこにでもいる、腕っぷし自慢のB級ボクサーです。

このフィリピンの原石と、研磨された宝石に近い井上尚弥との共通点は、ほとんどないように見えます。

しかし、クアドロ・アラスもモンスターも、ジュニアフライ級で最初の世界タイトルを獲り、一つの階級=ジュニアバンタムをスキップ(井上はフライをスキップ)してバンタムまで3階級制覇したこと、4つ目のクラスにもかかわらず一発で試合を決めるパンチャーであり続けていることは酷似しています。

野球やサッカーならどんなスラッガーの本塁打でも、どんなストライカーのシュートでもそれで試合が決するシーンは限定されていますが、ボクシングの場合は別です。

野球なら例え満塁本塁打であっても、それがサヨナラ本塁打でない限り、勝負が決することはなく試合は続きます。

しかし、ボクシングはそうはいきません。

パンチャーの一発は試合開始1秒から12ラウンド最後の1秒まで、それがどの瞬間であっても、当たればそこで全てが、どんな劣勢でも精算されてしまいます。

「軽率なミス」とカシメロに倒されたアムナットとテテは同じセリフを吐きました。

「あれだけは注意する」と最大の警戒をしていたはずのドネアの左を、2ラウンドで被弾した井上も「油断してしまった」と悔やみました。


それにしても…。

アムナットとテテは本当に「軽率なミス」を犯したのでしょうか?

井上は本当に「油断」のせいで、ドネアの左をもらってしまったのでしょうか?

カシメロの相手には、理由もなく「軽率なミス」を繰り返すボクサーが偶然集まるのでしょうか?

井上の「左だけは注意」という唯一の厳戒態勢が早々に破られたのは、油断ではなく警戒網がザルだった、防御に欠陥があったと考えるのは的外れでしょうか?

もちろん、粗探しをしだしたら、全盛期のパックメイでも穴はいくらでもあります。

そもそも、あちこち瑕疵だらけのカシメロの粗探しをしたら、それこそキリがありません。

しかし、それにしても不気味な相手です。

パッキャオとは次元が違うとはいえ、カシメロも格上の絵札をひっくり返す能力に長けているのは認めざるを得ません。

3階級制覇を達成したにもかかわらず、軽量級の低報酬に悩み「呼ばれたらどこでも行く」と世界8か国で戦ってきたカシメロの逞しさ、野生は日本人がずっと昔に忘れ去ったものです。

井上戦もカシメロは「さいたまで戦いたい」と希望したものの、井上の意向でラスベガスになりました。

マニラで行われた壮行会で井上について「結構なご身分だ。ビジネスとして成立しないのにラスベガスでやりたいと希望したらそれが通るんだから、羨ましいよ。私が井上の立場なら興行的に大きく報酬も高い日本から一歩も出ないけどね」と皮肉り、敵愾心を燃やしています。

エマヌエル・ロドリゲスよりもはるかに精神的に強靭で、ドネアよりもはるかに若くて反射に優れ、そして速い。

何よりも、とにかく、一発で試合を決める武器を持っている。

さらに、3階級制覇してもまだまだハングリー。

現在のバンタム級では、最も危険な相手かもしれません。