先日のMGCに先立ち、日本記録保持者の大迫傑は抱負を漢字一文字で「傑」と記し「傑作を出したい」と語りました。

…マラソンにおける「傑作」とはどんなレースなのでしょうか。

傑作と呼ばれる名勝負は、あらゆるスポーツに宝石の如く散りばめられています。

野球ファンで知られたフランクリン・ルーズベルト大統領(ボクシングをこよなく愛したセオドアとは違うもう1人のルーズベルト)は「8対7で決着するゲームが最も面白い」と話したと伝えられています。

取られたら取り返す、白熱した打撃戦です。さすがに二桁得点の争いになると、ゲームは大味になってしまいますが、8対7は確かに緊張感のある鬩ぎ合いが楽しめそうです。

スタンドで生観戦するか、テレビで見るかでも傑作の尺度は変わってきそうです。

テレビなら窒息しそうなくらいのギリギリの投手戦は最高に見応えがありますが、投手をはじめ選手やベンチの表情まではっきり見ることの出来ないスタンド観戦には向きません。

ボクシングにおいても激しい打撃戦が好まれ、欧米の年間最高試合に選ばれるのはこのタイプの激戦で、生観戦でもこっちの方が圧倒的に面白いものです。

「モハメド・アリvsジョー・フレイジャーのトリオロジー」「シュガー・レイ・レナードvsトーマス・ハーンズ第1戦」「イベンダー・ホリフィールドvsマイク・タイソン第1戦」など不朽の名作から、最近では「デオンティ・ワイルダー vsタイソン・フューリー」などは短絡な打撃戦を超越した《2人の矜持が火花を散らす》文句無しの傑作でした。

「マービン・ハグラーvsトーマス・ハーンズ」「マニー・パッキャオvsリッキー・ハットン」も《期待を超える戦慄の結末》として傑作に数えて差し支えないでしょう。

マラソンでは全盛期の瀬古利彦のようにスタートから常に勝負を仕掛けられるポジションをキープして、終盤のスパートで一気に決着をつけるようなレースが前者でしょうか。

中山竹通や高橋尚子のような、早い段階でちゃぶ台をひっくり返すようなカタストロフィーなレースが後者になります。

日本マラソン史上に燦然と輝く最高傑作は、1983年の東京国際マラソンです。

個人的にマラソンのテレビ観戦の面白さに気づいた頃でしたが、このレースは野球部の早朝練習が終わった昼休みに監督がラジオで聞いていました。

レースはまだスタートしたばかりでしたが、監督が「すげーな。瀬古は」と感心していたのをよく覚えています。

「1日練習を休むと取り戻すのに1週間かかる」と言われるほどブランクの影響が深刻だと考えられていた競技で(実際はそんなことありません)、故障から2年近くもレースから離れていた瀬古が先頭グループにしっかりついている…これは走れない時期でも心身をしっかり鍛えてなければ到底出来ない芸当だ、というようなことを説明してくれて、僕らもひたすら感動しました。

レースはタンザニアのジュマ・イカンガーが驚異的なペースで集団を牽引。

世界歴代2位の日本最高記録2時間09分5秒の時計を持つ宗茂、やはり世界トップクラスの2時間09分49秒の双子の弟・猛、それに瀬古の〝幻のモスクワ代表〟の3人に、81年大会優勝のロドルフォ・ゴメスがイカンガーの影を追います。

終盤、サバイバルレースが動きます。イカンガーが首位を譲るとゴメスがスパート。

「ここでゴメスが満を持してスパート!付いたのは、瀬古だ!瀬古だ!」。

それまで集団の中で全く目立たなかった瀬古が、ゴメスの仕掛けにしっかり反応したことを伝えるラジオの実況に僕らは「おおー!」だか「あー!」だか興奮の声をあげました。

監督だけが口を真一文字に結んで、ラジオを睨みつけていました。

満を持していたのはゴメスではなく、瀬古だったのです。

瀬古は〝多段式ロケット〟と形容されたスパートでゴメスを振り切り日本最高記録の2時間08分38秒で優勝。

世界記録を上回るハイペースでレースを引っ張ったイカンガー。タフで抜け目のないゴメス。一時はゴメスのスパートに反応出来なかった宗猛が粘りの走りで2時間08分55秒の日本歴代2位でゴール。

そして瀬古の強さの際立つことといったら!

プロレスのパドルロイヤルのように、個々の選手が個性と強みを存分に発揮した最高傑作でした。

翌日の新聞スポーツ欄には「復活の瀬古、世界最強の証明」の大文字が踊っていました。

当時の男子マラソンがプロ野球に並ぶ注目を集めていたのは、日本人が世界で戦う数少ないスポーツだっただけではありません。

モスクワ五輪のボイコットで悲劇の主人公になった瀬古と宗兄弟がロサンゼルスで鬱憤を晴らす物語を見たい、きっとそうなるはずだという膨らむ期待でした。

1983年はデレク・クレイトンの絶対不滅と思われた世界記録2時間08分33秒をアルベルト・サラザールがニューヨークで20秒更新(のちに距離不足が判明して抹消)、ロバート・ド・キャステラも福岡国際で2時間08分18秒の歴代2位をマーク(実質世界記録でした)するなど、世界のマラソンが音を立てて動き出したエポックでした。

そんな世界の大波に、瀬古を筆頭とした日本人もしっかりと乗っていたのです。

2時間斬りが現実味を帯びている中、2時間06分を割ることで精一杯というのが現状の〝マラソン日本〟。

「世界記録とは無関係」と諦め「勝負を争い落伍した選手を後方待機で拾って入賞、あわよくばメダル」という負け犬戦法でしか結果が見通せない今は、そもそも日本人が主人公になれる傑作が生まれる土壌がないのかもしれません。

それでも、来年の東京では勝負に挑む代表選手を心の底から声が枯れるまで、応援したいです。