2時限目からいよいよ本編です。

英国で、1868年クイーンズベリー・ルールが発表されます。近代ボクシングの誕生です。

「(近代)ボクシング120年の歴史」とよく耳にしますが、正確には「150年」ですね。
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1868年はクイーンズベリー・ルールが発表された年であって、現実にこの新ルールに則って行われた世界ヘビー級タイトルマッチは24年後の1892年まで待たねばなりませんでした。

1892年9月7日ルイジアナ州ニューオーリンズ。世界ヘビー級タイトルマッチ。ロンドン・プライズ・リング・ルール、つまりベアナックル最後の世界王者ジョン・L・サリバンは、のちに「近代ボクシングの父」と呼ばれるジェームス・J・コーベットを迎え撃ちます。

サリバンは212ポンド(約96kg)、コーベットは180ポンド(約81kg)。オッズは4−1でサリバン有利でした。

レフェリーが試合前の注意事項を両者にインストする途中で、コーベットがグローブでサリバンの喉元を押し「これは反則ですか?」と挑発しました。

怒り狂ったサリバンは第1ラウンドから猛攻を仕掛けますが、コーベットの軽快なフットワークとジャブの連射に翻弄されてしまいます。

一方的なラウンドが続いて21ラウンド、鼻と口から血を吹き出しながらサリバンがついにダウン。カウント1ですっくと立ち上がるも、コーベットの激しい連打に顔面からキャンバスに崩れ落ちて失神、テンカウントが数えられます。

この試合はニューオーリンズのオリンピッククラブで開催されたボクシング・フェスティバルのメインイベントで1万人を超える大観衆が近代ボクシングの夜明けを目撃したのです。

当時の米国ではメジャーリーグ・ベースボールは現在の雛形を形成、すでにプロ野球選手も存在しましたが、ボクシングが観戦スポーツの花形であり、選手報酬も野球選手とボクサーでは比較にもなりませんでした。

クイーンズベリー・ルールによってスポーツとして整備されたボクシング市場はここから半世紀あまりの間、キングオブスポーツとして右肩上がりの高度成長を続けていくことになります。