20歳のサニブラウン・ハキームが100m9秒97の日本新記録を樹立しました。

全米大学選手権の決勝。苦手のスタートはこのレースでも出遅れ。それでも中盤から加速して桐生祥秀の持つ日本記録9秒98を0秒01更新しました。

サニブラウンは先月11日、キャリア初の9秒台(9秒99)を記録、1ヶ月足らずで自己記録を塗り替えました。日本人で9秒台を2度マークしたのも史上初です。
 
東京2020の男子100mの代表選考は、今月末開催の日本選手権で優勝したら確定です。

追い風0.8mの9秒97…。すごいです。

鈍足中長距離ランナーだった私は大学時代、100mの公式記録が欲しくて「恥ずかしからやめてくれ」と同僚が止めるのを制して100mの記録会に出場、念願の12秒突破、11秒98(追い風1.9m=公認)を叩き出し大げさに喜んでさらに同僚を赤面させました。

公認ギリギリの追い風に乗った私でも2秒も突き放されてしまうなんて…10秒台が羨望と憧憬の領域だった私には9秒台なんて理解を超える世界です。

さて、サニブラウンの快挙から何が読み取れるのか?


① サニブラは日本選手権で勝てるか?➡︎YES

最大のライバルは前日本記録9秒98の時計を持つ桐生祥秀です。 持ちタイムの差はわずか0秒01しかありません。

しかし風と安定感、勝負度胸を考慮すると桐生はサニブラの敵ではありません。

まず、風です。

風は競技場のトラックの位置や、どの角度で吹き付けるか、風が舞っていないかなどその影響は同じ風速でも大きく異なります。さらに、風だけでなくスタート時の気温や湿度も記録に影響する要素です。

それだけに単純な計算は禁物ですが「風1mで0.1秒違う」 というのが通説です。

今日のサニブラ(追い風0.8m)と、9秒98をマークした桐生(同1.8m) 。2人をいわゆる〝無風換算〟すると、サニブラは10秒05、桐生は10秒16となります。2人が走れば0秒1の明白な差がつくことになります。

その意味では日本歴代3位の山縣亮太(10秒02=追い風0.2m=無風換算10秒04)、9位のケンブリッジ飛鳥(10秒08=向かい風0.9m=無風換算9秒99)の二人の方が桐生よりも強敵になるかもしれません。

さらに、安定感です。桐生がキャリア唯一の9秒台を出してから22ヶ月が経過していますが、まだ2度目の9秒台には手が届いていません。

1ヶ月足らずで2度9秒台で走ったサニブラは、条件さえ整えば日本選手権でも9秒台を出すでしょう。

また、勝負弱い桐生をはじめ繊細な100m走者はスタートで先行されると硬くなるのが普通です。「スタートで出遅れるのが当たり前」のサニブラは心理的にも非常に強い状態で日本選手権のスタートラインに立つはずです。

実力的にも心理的にも、どう考えてもサニブラが優勝候補の筆頭です。



②サニブラはボルトを上回る逸材か➡︎現段階では明らかにNO 
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サニブラは高校二年生で 世界ユースの100m/200m二冠を制しました。

ウサイン・ボルトも16歳で世界ユース200mで優勝していることから、日本のメディアではサニブラとオーバーラップさせています。

さらに、キャリア初の9秒台を出したのがボルトは21歳8ヶ月、サニブラはそれより1歳6ヶ月も若い20歳2ヶ月。

ただし、これをもって「ボルトよりもサニブラの方が才能がある」というのはあまりにもお粗末です。

サニブラが先月初めて手に入れた9秒台は、首の皮一枚ギリッギリの9秒99。ボルトが初めて9秒台を出したのは2008年、そのタイムは9秒76、なんと世界歴代2位の大記録でした。

そして、その年の北京五輪で100m決勝でラストを流すという戦慄のパフォーマンスで9秒69の世界記録で金メダルを獲得するのです。

「1歳6ヶ月」がどうのという差ではありません。まるっきりステージの違うアスリートです。

しかし、これはあくまで「現段階」の話です。

昨日のサニブラを未来のスポーツファンが「最初は10秒切るのも精一杯だったんだ、意外と遅かったんだな」と振り返る日が来ないとは誰も言えません。

なにしろ、サニブラはまだ20歳3ヶ月なのです。

 
③サニブラは東京2020で男子100m 優勝できるか?➡︎現段階ではNO

来年に迫った東京2020 。サニブラ、桐生に山縣らも9秒台を出すと、全員が9秒台の男子ヨンケイ(400メートルリレー)チームは金メダル候補です。

しかし、個人種目の100mとなるとその山はまだまだ峻厳です。

サニブラの9秒97は決勝進出を逃しても不思議なタイムではありません。決勝進出を確実にするのは、もう一段上のステージに上がらなければなりません。

サニブラが日本記録を樹立した今年の全米大学選手権男子100mは、確かにハイレベルでした。

しかし、サニブラは3位なのです。タイムは素晴らしいとはいえ、インカレで3位。五輪で金なんて口が裂けても言えません。

優勝はテキサス工科大のディバイン・オドゥドゥル(9秒86)、2位はオレゴン大のクレイボン・ギレスピ(9秒93)。ちなみに200m決勝の結果も100mと同じメンツ、順位でした。

インカレで優勝できないで五輪で金なんて寝言に過ぎません。

しかし、サニブラは先月「9秒台クラブ」に入会したばかりの新参者です。

小さな大会で日本人初の9秒台を出して小躍りしていた桐生には厳しい比較になりますが、100mと200mで自己ベストを出してもサニブラは全く無表情でした。負けて悔しかったんでしょう。

100mスタートの反応時間はオドゥドゥル0秒151、ギレスピ0秒154に対してサニブラは0秒198。

0秒100より速い反応は人間の知覚能力を超越しているとのことでフライングになりますが、それにしても0秒2近くかかってるのは遅い、遅すぎます。

こんなこと言い出すとキリがありませんが、仮にオドゥドゥルと同じ反応なら0秒047、約0秒05速く走ることが出来ました。 

スタートに改善の余地が大きく残されているのは確かですが、そこを精密に追求しないことで中盤の加速につながっているのもまた事実です。 

矛盾する表現になりますが、プリミティブなスポーツは本当に奥が深い、です。 

とりあえずは日本選手権、めっちゃ楽しみです。桐生や山縣らも燃えてるでしょう。

何人も9秒台を出して、今月2度目の日本記録更新も拝めるもの凄いレースを期待しています!!!