ESPNの2018年ベスト・ストーリーから、ヘザー・ハーディーのドキュメンタリーの紹介です。


その前に、このユニークな、ボクサーであり、MMAファイターであり、キックボクサーの略歴です。

ヘザー〝ザ・ヒート〟ハーディ。

1982年ブルックリン生まれのアイルランド系米国人。今月25日で37歳。身長165㎝/リーチ163㎝のサウスポー。

幼少期からスポーツ万能だった彼女は、男の子に混じって野球にも興じ、当時の夢は「ニューヨークヤンキース史上初の女子ピッチャーとなること」でした。

ジョン・ジェイ・カレッジに進学、法医学・心理学を学び、22歳で卒業。すぐに2004年に高校時代から付き合っていた男性と結婚するも、2010年に離婚。

この2010年、ハーディーにとって激動の年となりました。

元夫が子供の養育費を払わなかったため、いくつもの仕事を掛け持ちしながら、3週間のトレーニングでプロボクサーとしてデビューします。

「とにかく、何もかもを殴り倒したかっただけ」。

28歳のルーキーはプロ初戦を白星で飾ると、ほどなくキックボクシングでもタイトルを獲ります。
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Victoria Will, Clay Patrick McBride for ESPN
 
 'I'm a fighter'

ザー・ハーディーの職業はファイターだ。

しかし、彼女はそんな自己紹介を必要としない。彼女の傷だらけの顔を見れば、そんなことはすぐにわかるからだ。

ハーディーはボクサーとして(2018年2月13日:このドキュメンタリー上梓当時)20戦無敗だったが、報酬の低さと、テレビで放送されることの少なさ、注目度の低さに不満を募らせてきた。

36歳のシングルマザーがPPVの舞台で6フィギュア(6桁=10万ドル)を稼ぐために、MMAの金網の中に入るのは、生きるため、そして彼女の存在証明のためには当然の選択だった。


「みんな『気でも狂ったのか』って驚いたけど、私はファイター。迷いもなかったし、怖くもなかった」。

ハーディーはベラトール194で、史上初の「MMA+ボクシング」のダブルヘッダーに挑む。

アナ・フレイトンと2月16日にMMAルールで戦い、年末にボクシングで決着を付けるというのだ。

「人々の記憶に私の存在を焼き付けなきゃならないの。私はここにいるぞって」。

※試合は3−0の判定で勝利。年末予定されていたボクシングマッチはまだ行われていない。



ウ・ディベラが私を気に入ってくれて、彼と契約を結んだ。

私は選手だけど、チケットも売った。おかしな話でしょ。

チャンスを作ってくれた彼には感謝してる。でも5連勝、10連勝、勝利を重ねていくうちに、感謝の感情はおかしいんじゃないかって思うようになったわ。

私はもっともらうべきだと、男子ボクサーとの間にある不当な差別にも…。

いろんなことに気づかされた。

「とにかく、なにもかも殴り倒したかっただけ」。

金網の中に入ったのは、お金が欲しかっただけ。

大好きなボクシングでは、10ラウンドの世界戦でもファイトマネーは7000ドル。しかも、イベントの前座に組まれてしまうから、露出も限られてしまう。

私はそんなイベントでも4万ドル分ものチケットを売ったのに。4万ドル売るセールスマンが、リングにも上がって、受け取るのは7000ドル、おかしくない?

私はもう35歳、ファイターとして残された時間は砂時計の砂のように、サラサラとどんどん落ちて無くなっていく。

MMAで大きな仕事をやって、ボクシングのリングに戻れば、大好きなボクシングに何か還元できるはず。

MMAは、女性をボクシングよりもはるかに正当に扱ってくれる。

より多くの報酬が約束され、より多くの注目が集まり、より多くのスポンサーがついてくれて、何よりもリスペクトされる。
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ンダ・ラウジーになろうなんて思っちゃいないけど、MMAにはその可能性があるの。

マジソンスクエアの2万人の大観衆が私の名前を連呼しているなんて、想像するだけで最高。

ヤンキースタジアムに私の名前がアナウンスされて、ブルペンからピッチャーズマウンドに向かって走り出す、それが少女時代の夢だったけど、今はマジソンスクエアの夢がある、同じくらいかずっと大きな夢が。

しかも、その夢は、もっともっと現実で手に届きそうなところまで来ているんだから。

私の背中のヤンキースのタトゥーは15歳のときに彫ったの。


あのときは、誰も私の球は打てなかったし、ヤンキースで活躍できると信じてた。

ワールドシリーズ第7戦9回裏、絶体絶命の大ピンチ。ヤンキースのリードはわずか1点、そこで私がマウンドに上がるの。わくわくするでしょ?

チームの男子は「そんな場面は最悪、絶対に嫌だ。信じられない。もっと楽な展開で勝利に貢献したい」と呆れ果ててたけど、私の方が信じられない。

今、思い返してみると、私は味方投手が滅多打ちにされて、そこに出て行って相手をねじ伏せたかった。

私は先発投手で、いっつも最初からねじ伏せてたから、そんな場面に巡りあうことはできなかったけど。

それにカーブを投げるのが嫌で、とにかく一番速いファーストボールをバッターの胸元に力一杯投げ込みたくて、いつもその衝動を抑えることが出来なかった。



キャッチャーがマウンドに来て「少しだけ変化球も混ぜよう」なんて言いだしたら「私の変化球の分は別の投手で投げさせろ」と蹴り飛ばしてた。

そう、最初に私が蹴り倒した相手はリングでもオクタゴンでもなくて、野球のフィールドで味方キャッチャーだった。


そう…本当は野球が大好きで、野球がやりたいんじゃなくて……。


「とにかく、なにもかも殴り倒したかっただけ」。だけなのかもしれない。


私はここにいるぞ。私を見ろ!

先日の計量ではメガネをかけて、思い切り真っ赤な口紅を塗って、真っ黒のバスローブで秤に乗ってやった。

男どもは口汚く罵りあって、ときには乱闘騒ぎも起こして計量を盛り上げるけど、そのやり方は女には向いていなかった。

女のファイターにしかできないこと、男のファイターには絶対にない魅力が絶対にあるはず。それを、いろいろ考えている。

今は、まだ研究の途中だけど。

私はファイター。

でも、13歳の娘の母親でもある。

この世で最も難しいことを教えてあげる。

責任を持って子供を育てること、健康ですこやかに、栄養のあるものを美味しく楽しく食べさせて、毎日力強く学校に通わせること。

娘は私の仕事を知っているけど、彼女はそれを特別だとは思っていない。

私がでかけるとき「行って来るね」と声をかける。

彼女は不安な顔ひとつ見せずに「いってらっしゃい」と送り出してくれる。

彼女にとっては、ファイターも医者も弁護士も学校の先生も、一緒。何も変わらないのだ。それは私も一緒。

世間じゃ、私たち二人が特別なのかもしれないけど、冗談じゃない。

それは、私たち二人にとって、世間が特別なだけ。
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クシング。

私は、やっぱりボクシングが天職なんだと、今更だけど痛感してる。

ボクシングの戦い方には、ものすごく広い幅がある。

相手を傷つける、痛めつける、あるいは殺す…そんな故意がなくても、スコアを積み重ねるスポーツとしてボクシングはパフォーマンス出来る。

ただ、MMAはそうはいかない。

「とにかく、なにもかも殴り倒したかっただけ」なんて、生まれた瞬間から考え続けてるヤツが、何を言ってるんだって思われるかもしれないけど、私の中では全く矛盾していない。

「とにかく、なにもかも殴り倒したかっただけ」。

だけど、殴り倒したい相手、それだって愛してる。心の底から愛してる。

傷つけたいとか、痛めつけたいとか、そんなことは思ってもいない。



先日の試合が終わって、私は娘にテレビ電話したんだ。お仕事が終わったママの顔を見てもらいたくて。

驚かせるつもりなんて全くなかったし、もし万一、驚かれたり泣かれたら、こんなことするんじゃなかったと後悔しただろうけど…。

モニターの中の娘は自然に「ママ、ひどい顔〜〜」と笑ってた。
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Victoria Will, Clay Patrick McBride for ESPN

人生なんて誰にとっても簡単なもんじゃない。

誰だって、いっつもピンチの連続。そんなときにどうするか?

そんなとき、私はいつだって戦ってきた。

最近「世界を代表する女子アスリート」と紹介されたり、面と向かっても言われたりするけど、その度にレポーター連中に教えてやらなきゃならない、面倒だけど。

I always tell people, I'm not an athlete, I'm a fighter.

私はアスリートじゃない、私はファイターだ、と。



よく聞きなさい。

女がプロスポーツの世界に足を踏み入たれたら、男のようにアスリートでござい、じゃ済まない。

ファイターになるしかない。

敵はリングやオクタゴンの中だけじゃない、世界中を敵に回すようなものだから。

女性のプロスポーツ選手がアスリートになれるまで、私は戦う、ファイターなんだから。

だからといって、同情無用。

私はアスリートなんかじゃなくて、ファイターであることが誇りだから。それが、私の存在証明になるから。

正直に言うと「私は何をしてるんだろう?」って疑問に迷うこともある。

でも、きっとそんなことは誰の人生でも同じでしょ?

私が、ちょっと違うのは、そんな疑問や迷いが跡形もなく吹っ飛んでしまう瞬間と場所を持ってるってこと。

When the bell rings and after the first punch is my favorite thing in the whole wide world.

ゴングが鳴る!そして最初のパンチをお見舞いする!

ああ、なんて素敵なことなの。私は、この世界が好きで好きでたまらない… 。