箱根駅伝だけでなく、世界の主要なマラソン大会でも席捲している「ナイキ ズームヴェイパーフライ4%」。


このシューズの特徴を整理すると…。

外見上で目が行くのがやはりその厚底です。

重量は26.5㎝で約180g。

レース用の薄底シューズが150g前後であることを考えるとけして軽くはありませんが、アップシューズの見た目とは異なり、重さでは間違いなくレースシューズです。

アッパー部分は細い長方形の切り込み穴がいくつも開いています。これはシューズ内の蒸れを防ぐというよりも、軽量化のためでしょう。

この厚底にカーボンプレートが内蔵、その反発で推進量が増すということです。
IMG_1267
NHK「クローズアップ現代〜日本新の秘密はシューズにも!?」

従来のレースシューズの常識は「軽量」「ソールが薄い」という二点に集約できます。

ナイキは、この常識の後者「ソールは薄い方が良い」という常識を覆そうとしているのです。


ナイキのこの魔法の厚底シューズは、今回の箱根駅伝、そしてマラソン世界ランキングの上位を独占的に支配しています。


…では、このシューズがかつて水泳界を震撼させ、その後、使用禁止処分となった「レーザーレーサー」や、スピードスケートに革命をもたらした「フラップスケート」と同じような〝明らかに有利となるギア〟なのでしょうか?

現時点では「レーザーレーサー」や「フラップスケート」のような明白な優位性は認められていません。

もし、そう見えるとしたら「すでに十分な実績を積んだランナーが履いて、その実績に見合った結果を出している」だけです。

設楽悠太は、昨年の東京マラソンで2時間6分11秒の日本記録を出しました。しかし、福岡国際では2時間10分25秒と平凡な記録に沈んでいます。

設楽の記録を2時間5分50秒に更新した大迫傑もナイキの厚底シューズを使いましたが、この厚底がなければ出なかったタイムか?となると疑問です(もちろんプラシーボ効果は期待できます)。

また、この厚底のインナーがやや前方に角度を持っていることからフォアフット(前足部)で着地する走法を補助するというメリットも喧伝されています。

「フォアフット走法」というと、最新のランニング技術のように聞こえますが、遥か大昔から言われていることです。

元マラソン日本記録保持者の系譜だけを辿っても、宇佐美彰朗(1970年2時間10分37秒)は「土踏まずの前の部分が踵の感覚で走れ」と指導していましたが、これはまさにフォアフットの考え方です。

中距離出身の瀬古利彦(1983年2時間8分37秒)はもちろん、中山竹通(1985年2時間8分15秒)もフォアフット、それも相当前に意識を置いて着地していました。

ただし、本人はフォアフット、つま先着地で走っているつもりでも、動画撮影すればわかるように、多くの場合、実際には足の裏全体、あるいは踵から着地しています。

これは「フォアフット着地」はフォーム(外見・見た目)ではなく、メカニクス(重心移動)の問題だということです。

踵重心ではなく、前足(母子球あたり)に重心を置くのは、ランニングの常識です。

そして、それがメカニクスの問題である限り、シューズの形状にサポートされるのは矯正期間だけにとどめるべきで、レースでは現実の感覚を大切にできる「薄底シューズ」が最も適していると確信しています。

これまでもナイキは革新的なマーケティングで市場をリードしてきました。

ミッドソールに空気の袋を装填した「ナイキ AIR」は、アシックスの「αゲル」をはじめミズノやリーボック、プーマ、アディダスもインスパイアし「ソールに何か仕掛けをしよう」という短絡的な思考が浸透しました。

しかし、五輪などのビッグゲームでエアやαゲルなどが装填されたシューズを履く選手がほとんどいないことからも、その効果がどこまで信憑性があるのか、はなはだ疑問です。

もちろん、それが商品である限り、様々な付加価値は大切ですし「エアやαゲルはマヤカシだ」というのは「ボジョレーヌーボーは美味しくない」というのと同じで、それらはけしてマヤカシなどではなく「マーケティングの偉大な成功例」なのです。

すでにアシックスなど他社が〝厚底のレースシューズ〟を売り出していますが、これが薄底を駆逐して主流になることはないでしょう。

ああ、ただここまで書いてきて、フルマラソンに関しては厚底はありかもしれません。

42㎞の間、アスファルトに叩かれ続ける足の裏、脚のダメージは甚大です。あれを考えると、従来の画一的なロードレースのシューズは、フルマラソンは少し厚めなど、距離によってもう少しバリエーションがあるべきかもしれません。

酔っ払いの思いつくままに書くと、瀬古は1984年のロス五輪に「マラップ」というアシックス製のシューズで走りました。

これは、私も実物は部室に放置されていた先輩の古い一足しか見たことがありませんが、体育館シューズのような布製・ゴム底の重く粗末なものでした。

すでに、アッパーは軽量ポリエステルやビニール、ソールは反発度の高い新素材のシューズが一般市場に出回っていたにもかかわらず、瀬古はこれまでの成功体験から新しいシューズに足を通すのを拒んだのです。

高橋尚子や野口みずきら〝金メダルシューズ〟(それらいずれもαゲルは内蔵されていません)を量産する三村仁司は「給水の水を吸ったり、急な雨でシューズが重くなるリスクもある」と忠告しましたが、瀬古は聞かなかったそうです。

恐れ多いですが、私には瀬古の気持ちがよくわかります。

現状、何の不自由もないシューズを何故変える必要があるのか、と。

瀬古が敗れた原因も、シューズには1mgもありませんでした。

そう思うと、あのとき、あらためて、マラップで勝って欲しかったですね…。あのロス五輪男子マラソンほど、他人事で敗北感に打ちのめされたことは未だにありません。

ま、私事では敗北感に打ちのめされるのは、いつものことですが。



新しいギアを拒否した、という点ではスピードスケート堀井学の「フラップスケート」も印象的でした。瀬古のケースとは全く違い「迷ってる場合じゃない!」という問題でしたが。

世界記録をひっさげて1998年長野五輪に臨んだものの、前年の欧州選手権で採用が認められたフラップスケートへの対応が遅れて惨敗。

五輪前年に、従来とは全く構造の違う、明らかな優位性が認められるスケート靴が、それもオランダメーカーの商品が公式に認可されるなんて、こんな不条理はありません…明らかに狂っています。

しかし、世界と戦うということはそんな不条理もひっくるめてのことです。

その意味で、耐え難い不条理と理不尽と欧州のエゴを、木っ端微塵に打ち砕いた清水宏保は、偉大でした。


なんだか支離滅裂で、読みにくい話になって申し訳ありません。

裸足のアベベや、素手の落合を偏愛する、酔っ払いの戯言です。

機会とやる気があれば、書き直します。 

まあ、ナイキの厚底シューズには「明らかな優位性はない」(あったらレーザーレーサー同様、禁止です)、「今後レースシューズが厚底主流になる、なんてこともない」「フォアフットなんて言葉が新しいだけで太古の大昔から同じことをやっていた」ということです。