今年も「controversial decision(物議を醸す判定)」がいくつも噴出してしまいました。

直近3か月だけでもゲンナディ・ゴロフキンvsカネロ・アルバレス2、タイソン・ヒューリーvsデオンティ・ワイルダー、そして先日のジャーメル・チャーロvsトニー・ハリソンと、世界的に注目を集めた3試合でも大きな議論を呼んでしまいました。

議論を醸す判定が起きる最大の原因を突き詰めると、ジャッジの質の低さと、教育体制の欠落です。

一方、承認団体以上に採点基準が乱立していることも、この問題をに深い不治の病にしています。

採点基準は世界共通ではありません。


①採点基準は、当然のことながら統括団体によって違います。


プロボクシングに世界的な統括団体は存在しません。各国、米国なら各州のコミッションが統括しているのです。

当然、JBC(日本)と NSAC(ネバダ州体育協会)の採点は違います。

ボクシングのコミッションを持つ国の数だけ、米国の州の数だけ採点基準が存在しているのです。

つまり、ホームタウンデジションは抜きにしても「日本なら勝利でもラスベガスでは負け」ということが当たり前にあるのです。


②採点基準は、個々のジャッジによっても誤差が出ます。

主審やジャッジは、日本の場合は承認団体から恣意的に派遣されていますが、米国では各州がライセンスを与えています。これはボクサーのライセンスも同じです。

つまり、ラスベガスではNSACがライセンスを与えた10人の主審と、22人のジャッジが独占している〝ギルド〟によってレフェリングとスコアリングがなされるのです。

ルイス・ネリはJBCでは永久追放ですが、他国のコミッションが管轄する試合に出場することは全く問題ないのです。

米国が州単位で独立して管轄していることは、様々な問題を孕んでいます。これが国同士なら、公平を期すために第三国のレフェリーやジャッジを起用するなど様々な施策が打たれます。

しかし、村田諒太vsロブ・ブラントはレフェリーもジャッジも全員がNSACお抱えの米国人です。逆がありえないことを考えると、スポーツとして異常な状態と言えます。

さらに、米国のコミッションは「〜州体育協会」です。「ボクシング専門の統括団体」JBCとは違うのです。

トニー・ウィークスは、スボクシングで主審もジャッジもつとめていますが、MMAやキックボクシングの試合でも同じ仕事をしているのです。

「格闘技の審判ならなんでもござれ」な状態なのです。



①ついては国と州の数だけ採点基準がある、とはいえ基本的には共通しています。

その解釈が国や州によって違うのです。

アジアではアグレッシブとダメージを重視し、ラスベガスではジャブが異様に高く評価される傾向があるとはいえルールブック上は大きな差異はありません。

よく誤解されているのが「10ポイントマストシステム」です。このブログでもリング誌の特集を紹介したと思いますが「各ラウンドで必ず優劣をつけなければならない」なんてルールはどこにもありません。

どちらか(あるいは両者に)10点を与えなければなりませんが(10ポイントマスト)、イーブン10−10は問題ないのです。

WOWOWエキサイトマッチでも毎回紹介されているように「各ラウンドは(一つの試合とみなして)独立した単位で判定する」のです。つまりドローはありです。

もちろん、特に序盤で10−10をつけるのは相当な勇気が必要です。例えば1ラウンドで10−10を付けてしまうと、もっと接近したラウンドが続くと10−10だらけになってしまいます。

しかし、これは採点競技の宿命で体操でもフィギュアスケートでも最初の選手に大胆なスコアをつけるのは非常に難しいものです。

だからといって「10−10を怖がるジャッジは無能」(リング誌)です。

「議論を呼ぶ判定」が起きる原因には、スター選手への忖度もあるのかもしれませんが、そんな馬鹿げたことは論外です。

ここでは性善説で話を進めます。

多くの「議論を呼ぶ判定」は、無能なジャッジが無理やり10−9に振り分け続けることで矛盾が噴出してしまった結果です。

本当なら、現実の試合でドローが生まれるのと同じ程度の確率で「10−10」と判定されるラウンドがあるはずですが、そうなっていません。

無能なジャッジが罹患する〝10−10恐怖症〟という厄介なウィルスの源流を辿ると、その支流の一つはシュガー・レイ・レナードに行き着きます。

ボクシング界に深く転移した癌「キャッチウェイト」「いたずらな複数階級制覇」「スターの傲慢」…そんな欺瞞のペイブメントを舗装したレナードは、まさしく諸悪の根源です。

「スポーツマン・オブ・ザ・イヤー」を受賞した最後のボクサーという名誉に浴したレナードでしたが、彼の後のボクシング界はまさに死後硬直を起こして現在に至っています。
IMG_1871
レナードvsドニー・ラロンデ。シュガー・レイが犯した数々の悪事の代表作の一つです。〜リング誌2019年1月号から




実はJBCもNSACも、採点基準は以下の4つを重視するとルールブック上は共通して謳っているのです。

【クリーンヒット】ナックルパートで正確かつ有効にヒットしたパンチ。有効度は与えたダメージで判定する。

【アグレシッブ】攻勢であること。ただしクリーンヒットを狙わない単なる突進は攻勢とは認めない。

【ディフェンス】相手の攻撃を無効とし、攻撃に切り替わる防御。攻撃に結びつかない防御のための防御(ロープに詰まって固めたガードの上を打たれっぱなしなど)は評価しない。

【リングジェネラルシップ】試合の主導権を掌握すること。巧みな攻撃と防御によって、相手と空間をコントロール下に置くこと。
 



多くの「議論を呼ぶ判定」が生まれる背景には、NSACをはじめ米国での【ディフェンス】の独特な解釈が横たわっています。

ルールブック通りに解釈すると、村田諒太のようなガードを固めてプレッシャーをかけるスタイルはまさに「攻撃につながる防御」のはずです。

しかし、②の背景からラスベガスをはじめ米国では、けして攻撃に結びつかないジャブを異様に高く評価する〝ギルドの採点法〟が歴然として存在します。

WOWOWでも解説をつとめる浜田剛史は、今や名トレーナーのロニー・シールズを迎えてのWBCジュニアウェルター級王座の初防衛戦を僅差で成功しましたが、あの試合のリングがラスべガスなら大差判定負けでした。

当時の「シールズは所詮アマの名花だった」というボクシングマガジンの見方は、日本の採点基準からは身贔屓と決めつけることは出来ません。

この、日本では理解しにくいジャブを評価する正体こそ「ボクシングは Sweet Science 」という考え方です。

日本では「ボクシングは結局は喧嘩。勝つという思いが強い方が勝つ」「ジャブしか打たないで下がりっぱなし、それで『勝ったのは自分』なんて言うシールズは図々しい」と攻勢と根性が奨励されがちですが、それはSweet Scienceから最も乖離した考え方でスタイルなのです。

身もふたもないことを言っちゃうと、浜田や村田のボクシングは科学的じゃないと見られているわけです。


このSweet Science論の急先鋒が、ESPNの解説者もつとめる名トレーナー、テディ・アトラスです。

米国でも〝誤審〟と見る向きが多いジャーメルvsハリソンについてアトラスが昨日、語り尽くしていますが、その発言内容からこの問題の本質が非常にわかりやすく伝わってきます。

そして、ラスベガス裁定は時間とともにどんどんSweet Science寄りに変節していることも、メデイアやファンを戸惑わせる大きな理由になっています。

そして、Sweet Scienceに傾く潮流は、本来真逆のアジア、日本も飲みつつあります。

浜田剛史は「日本だから勝てた」のではなく、正確には「30年前の日本だから勝てた」のです。


…レナードの話で脱線しかかりましたが、続きまーす。